醤の郷の中心で発酵を担う明治の蔵
山吉醤油諸味蔵は、香川県小豆郡小豆島町苗羽字今坂にある明治21年(1888年)建設の醤油醸造施設で、平成17年(2005年)2月9日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。
屋敷地を横切る水路の南側、離れ屋の北側に、南北に長い棟を見せて建つ。桁行24メートル、梁間10メートル。切妻造、桟瓦葺の木造平屋建で、建築面積は238平方メートルある。細長く、背は低く、装飾らしい装飾はない。この形は意匠ではなく、中で行われる作業が決めたものだ。
内部は南北で役割が分かれる。南半には諸味桶が据えられている。蒸した大豆と炒った小麦に麹をつけ、塩水とともに杉の大桶へ仕込んで、一年以上かけて発酵熟成させる。北半は瓶詰場である。片方の端で醤油が生まれ、もう片方の端から出荷されていく。ひとつ屋根の下に、醸造の始まりと終わりが同居している。
山吉醤油は平成14年(2002年)に廃業した。近所の同業者として古くから親交の厚かった正金醤油がその蔵を引き継ぎ、製造を再開した。同社ではこの一角を「山吉蔵」と呼ぶ。周囲より小高い場所にあるぶん蔵内の温度がやや低く、淡口醤油の仕込みに向くという。廃業した醸造所の建物が、そのまま別の蔵元の生産設備として動き続けている例は、そう多くない。
登録の理由と、黒と白の外壁
登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。登録番号は37-0258、第45回登録として平成17年2月28日に告示された。
この基準が何を指しているかは、外壁を見れば説明がいらない。腰まわりは焼杉の縦板張り、その上は白漆喰塗。下が黒く、上が白い。同じ仕上げの蔵が細い路地を挟んで肩を寄せ合うように並ぶ光景が、小豆島東部の「醤の郷(ひしおのさと)」の顔になっている。
小豆島の醤油醸造は、通説では文禄年間(1592〜1595年)にさかのぼるとされる。大坂城築城の石材を切り出しに来た採石部隊が紀州湯浅の醤(ひしお)を持ち込み、島の者が湯浅へ渡って製法を学んだと伝わる。島には製塩の伝統があり、島内で採れない大豆や小麦は海運で運び込めた。小豆島醤油協同組合によれば、明治11年(1878年)から19年(1886年)ごろにかけて島の醸造家は約400戸に達し、仕込石数は35,000石を数えたという。現在は20軒あまりが残る。山吉醤油諸味蔵はその最盛期の末尾に建てられ、稼働状態のまま今日まで残った。
周辺の技術そのものも評価を受けている。令和3年(2021年)9月、小豆島を含む香川県内の「讃岐の醤油醸造技術」が、全国で第1号となる国の登録無形民俗文化財となった。
路地から見える細部
屋根まわりに二つ、目を留めたい箇所がある。南半の壁の上部には高窓が並ぶ。装飾ではない。発酵中の諸味には直射日光を当てずに空気を動かしたい。頭上に開けた窓は、通風と拡散光を同時に確保する。北半の棟には煙出しが上がっている。瓶詰の工程で立つ蒸気と熱を、屋根の上へ抜くための仕掛けだ。
壁板に近づくと、焼杉の表面に細かなひび割れ模様が残っているのが分かる。焼杉は年月とともに真っ黒から灰みを帯びた黒へ移っていく。上の白漆喰との対比は、曇天の朝と晴れた夕方とでかなり印象が変わる。
この一帯には石が多い。小豆島の花崗岩は大坂城へ運ばれたが、同じ石は諸味桶の蓋を押さえる重石にも加工された。戦後まで使われた重石が今も蔵の周りに置かれており、醤の郷が瀬戸内の「石の島」を主題とする日本遺産の構成文化財に数えられているのは、この結びつきによる。
実用面を一つ。ここは稼働中の醸造所であって、見学施設ではない。内部は自由に立ち入れず、桶は日々使われている。正金醤油は平日・事前予約で蔵見学に応じてきた実績があるため、内部を見たい場合は当日訪ねるのではなく、あらかじめ同社へ連絡するのが確実だ。外観は公道から見え、道路上からの撮影が制限されているわけではないが、敷地は私有地であり作業場には立ち入らない配慮がいる。
見学設備の整った施設を求めるなら、同じ苗羽地区にマルキン醤油記念館がある。開館は9時から16時、入館は有料。明治41年から42年(1908〜1909年)に建てられた醸造工場を転用したもので、それ自体が登録有形文化財である。徒歩圏の天然醸造蔵には木桶を上から見下ろせるギャラリーが設けられている。記念館へは坂手港から車で約3分、草壁港から約10分、土庄港から約30分。オリーブバス坂手線の「丸金前」で降りればすぐだ。山吉醤油諸味蔵は、同じ醤の郷の徒歩圏内にある。
Q&A
- 山吉醤油諸味蔵は見学できますか。内部に入れますか。
- 自由見学はできません。正金醤油が使用する稼働中の諸味蔵で、受付や見学者入口はありません。同社は平日・事前予約で蔵見学に応じてきた実績があるので、内部を見たい場合は事前に連絡してください。外観は公道からいつでも見られます。
- 山吉醤油諸味蔵では今も醤油を造っているのですか。
- 造っています。山吉醤油は平成14年(2002年)に廃業しましたが、正金醤油が蔵を引き継いで製造を再開しました。周囲より小高い場所にあり蔵内の温度がやや低いため、淡口醤油の仕込みに使われています。
- 山吉醤油諸味蔵はいつ建てられ、どのくらいの大きさですか。
- 明治21年(1888年)の建設です。桁行約24メートル、梁間約10メートルの木造平屋建で、切妻造・桟瓦葺、建築面積は238平方メートルとされています。
- 山吉醤油諸味蔵の「登録有形文化財」は国宝や重要文化財とどう違うのですか。
- 登録有形文化財は平成8年(1996年)に始まった制度で、築およそ50年以上の建造物を対象に、使いながら守ることを主眼とします。大幅な改変時に届出が必要になる一方、指定文化財ほど強い規制はかかりません。この蔵が発酵中の諸味を抱えたまま現役でいられるのは、その柔軟さによります。
- 山吉醤油諸味蔵のある苗羽地区へはどう行けばよいですか。
- 小豆島へはフェリーで渡ります。神戸や高松からの便が着く坂手港、あるいは草壁港が近くて便利です。苗羽地区は島の東側にあり、オリーブバス坂手線の「丸金前」が最寄り。醤の郷は散策路として整備されています。マルキン醤油記念館までの所要は坂手港から車で約3分、草壁港から約10分、土庄港から約30分です。
基本データ
| 名称 | 山吉醤油諸味蔵(やまよししょうゆもろみぐら) |
|---|---|
| 所在地 | 香川県小豆郡小豆島町苗羽字今坂甲710 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号 37-0258 |
| 指定年 | 平成17年(2005年)2月9日登録/同年2月28日告示(第45回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行約24メートル、梁間約10メートル/建築面積238平方メートル/木造平屋建、切妻造、桟瓦葺 |
| 所有者 | 文化庁データベースに所有者名の記載なし。現在は正金醤油株式会社が使用 |
| 公開状況 | 稼働中の醸造所のため一般公開なし。外観は公道から見学可。蔵見学は平日・事前予約で受け付けられてきた実績あり |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース — 山吉醤油諸味蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00004666
- 文化遺産オンライン — 山吉醤油諸味蔵
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/180886
- 正金醤油株式会社 — 正金醤油のご案内
- https://shokinshoyu.jp/company/
- 小豆島町 — 醤の郷の近代化産業遺産群
- https://www.town.shodoshima.lg.jp/gyousei/kakuka/shogaigakushuka/2/1/3151.html
- 小豆島醤油協同組合 — 小豆島醤油の歩み
- https://shima-shoyu.com/history/
- 日本遺産ポータルサイト — 醤油蔵と石道具の街並み(醤の郷)
- https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/4568/
- 盛田株式会社 — マルキン醤油記念館
- https://marukin.moritakk.com/kinenkan/
最終更新日: 2026.08.09