一年の半分を水の下で過ごす煉瓦の発電所

旧曽木発電所本館は、鹿児島県伊佐市大口宮人地内にある明治42年(1909年)建築の煉瓦造の水力発電所施設で、平成18年(2006年)3月2日に国の登録有形文化財に登録された。鶴田ダムのダム湖・大鶴湖の湖底に位置し、おおむね5月から9月の渇水期にだけ姿を現す。

それ以外の季節は、水面の下にある。

建物は発電機棟と、それに直交する事務棟の二棟からなり、面積は約652平方メートル。外壁はイギリス積で、長手だけの段と小口だけの段を交互に積む、明治期の本格的な煉瓦造で選ばれた組積である。開口部は壁面に密に配され、上部はいずれも欠円アーチ。妻面には丸窓が開き、コーニスは直線ではなく階段状につくられている。ひとつひとつは小さな操作だが、これがなければ単調になるはずの工場の壁面に、変化が与えられている。

文化庁の解説は、九州南部の大規模煉瓦建築として最初期のものと位置づけている。建築としての評価はここにある。産業史としての意味は、さらに大きい。

この発電所は、野口遵(のぐちしたがう、1873年〜1944年)が設立した曽木電気株式会社の第二発電所として、1.5キロ上流にある曽木の滝の落差を利用し、牛尾大口金山へ送電するために建設された。最大出力は6,700キロワットとされ、当時の国内では最大級の規模だった。野口はその余剰電力を水俣でのカーバイド製造に振り向ける。そこから育った化学事業が、のちのチッソと旭化成の源流となった。地元でこの場所を日本の化学工業発祥の地と呼ぶのは、誇張ではない。

沈み、忘れられ、掘り起こされるまで

川内川に築かれた鶴田ダムが、この発電所を水没させた。ダム管理所は完成を1966年(昭和41年)としており、県の観光資料などには昭和40年とするものもある。いずれにせよ発電所は人の訪れる場所ではなくなり、三十年ほどのあいだ記憶から遠ざかっていった。

動きが起きたのは平成11年(1999年)である。検討委員会が設けられ、当時の大口市(現在の伊佐市)を中心に、県・国・NPOなどが加わって、一年周期で現れては消える建造物の扱いが議論された。

補強工事の着手は平成16年(2004年)。鶴田ダム管理所が主体となり、堆積土の掘削から始め、鉄骨補強、壁面補修、煉瓦による補修へと進んだ。補修用の煉瓦に自分の名前を書き入れる「レンガサポーター」には約1,600人が協力している。工事は平成22年(2010年)に完了した。

登録有形文化財となったのは平成18年3月2日、登録番号46-0021。告示は同月23日。登録基準は「造形の規範となっているもの」である。翌平成19年(2007年)には近代化産業遺産に認定された。築100年を迎えた平成21年(2009年)にはライトアップや遊覧船の運航が行われている。

そして令和3年(2021年)7月10日の豪雨で、機械室部分の一部が倒壊した。現在は復旧工事が進められているが、完了時期は公表されていない。伊佐市は日付入りの現況写真を随時掲載しており、実際に何が見えるかを知るにはこれが最も確実な手がかりとなる。

所有者は国、所管は国土交通省である。水没させたダムを管理する官庁が、その水底の登録文化財を所有している。この関係が、保存工事が河川管理事業として実施されてきた背景でもある。

訪ねるときの準備

見学は対岸の曽木発電所遺構展望公園から行う。通年開放されており、無料の駐車場がある。遺構へ下りる道はなく、対岸へ渡る手段もない。眺めるための場所であって、立ち入るための場所ではない。展望所からの撮影に制限はなく、中望遠のレンズがあると使いやすい。

時期の見極めがすべてを決める。洪水調節のためにダムの貯水位が下がる5月から9月ごろ、煉瓦の壁が水面から現れる。10月から4月にかけては水位が上がり、建物は下から順に隠れていく。鶴田ダム管理所は貯水位と遺構の見え方を対応させた図を公開し、リアルタイムの貯水位も確認できるようにしている。伊佐市のページには最近の写真が並ぶ。出発の一両日前に、両方を見ておきたい。

半分沈んだ状態にも、それなりの見どころがある。緑色の水が欠円アーチの足元を洗い、上部の壁だけが水面に残る光景は、完全に露出した遺構では味わえないものだ。

アクセスは車が前提になる。鶴田ダムから国道267号または県道404号を経由して約30分。1.5キロ上流の曽木の滝公園と組み合わせるのが自然だろう。この滝の落差こそ発電所が利用した水頭であり、二つの場所は互いを説明し合う関係にある。滝周辺の紅葉は地元でよく知られているが、その頃には遺構は水に入り始めている。

大鶴湖の遊覧船は過去に何度か運航され、水上から壁面に近づくことができた。定期運航ではなく伊佐市の告知によるため、旅程に組み込むより、巡り合えたら幸運と考えるのがよい。

Q&A

Q旧曽木発電所本館はいつ見ることができますか。
Aおおむね5月から9月です。洪水調節のため鶴田ダムの貯水位が下がる時期に、煉瓦の建物が水面上に現れます。10月から4月は水位が上がり順に隠れていきます。出発前に鶴田ダム管理所の貯水位情報と、伊佐市が掲載する日付入りの現況写真をご確認ください。
Q旧曽木発電所本館に近づいたり内部に入ったりできますか。
Aできません。見学は対岸の曽木発電所遺構展望公園からとなります。展望公園は通年開放で無料駐車場があります。遺構へ下りる道はなく、令和3年(2021年)7月に機械室部分の一部が倒壊して現在も復旧工事中です。
Q旧曽木発電所本館は何のために建てられたのですか。
A明治42年(1909年)、野口遵が設立した曽木電気株式会社の第二発電所として、曽木の滝の落差を利用し牛尾大口金山へ送電するために建設されました。余剰電力は水俣でのカーバイド製造に用いられ、そこから発展した化学事業がチッソと旭化成の源流となりました。
Q旧曽木発電所本館はどの区分の文化財ですか。
A国の登録有形文化財(建造物)です。平成18年(2006年)3月2日に登録番号46-0021で登録され、同月23日に告示されました。登録基準は「造形の規範となっているもの」。平成19年(2007年)には近代化産業遺産にも認定されています。所有者は国(国土交通省)です。
Q旧曽木発電所本館へのアクセスと、あわせて回れる場所を教えてください。
A鶴田ダムから国道267号または県道404号を車で約30分、展望公園の駐車場が起点になります。1.5キロ上流の曽木の滝公園が組み合わせやすく、この滝の落差が発電所の利用した水頭にあたります。
Q旧曽木発電所本館の建築上の特徴は何ですか。
A発電機棟とそれに直交する事務棟からなり、面積は約652平方メートルです。外壁はイギリス積、開口部は密に配され上部を欠円アーチとし、妻面には丸窓、コーニスは階段状につくられています。文化庁は九州南部の大規模煉瓦建築として最初期のものと評価しています。

基本情報

名称旧曽木発電所本館(きゅうそぎはつでんしょほんかん)
所在地鹿児島県伊佐市大口宮人地内
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号46-0021/登録基準「造形の規範となっているもの」。平成19年に近代化産業遺産認定
指定年平成18年(2006年)3月2日登録・同年3月23日告示
員数1所
寸法煉瓦造、面積約652平方メートル
所有者国(国土交通省)
公開状況対岸の曽木発電所遺構展望公園から通年見学可(無料駐車場あり)。建物が現れるのはおおむね5月〜9月。令和3年7月の一部倒壊により復旧工事中、完了時期未定

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース — 旧曽木発電所本館
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00005389
文化遺産オンライン — 旧曽木発電所本館
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/118467
国土交通省九州地方整備局 鶴田ダム管理所 — 曽木発電所遺構
https://www.qsr.mlit.go.jp/turuta/go/sogi.html
伊佐市 — 曽木発電所遺構の状況
https://www.city.isa.kagoshima.jp/blog/info-prompt/72942/
鹿児島県観光サイト — 曽木発電所遺構
https://www.kagoshima-kankou.com/guide/10957

最終更新日: 2026.08.12