蛭川家住宅(旧遠矢家住宅)とは

蛭川家住宅(旧遠矢家住宅)(ひるかわけじゅうたく(きゅうとおやけじゅうたく))は、鹿児島県曽於市大隅町恒吉にある江戸時代末期の郷士の屋敷で、慶応3年(1867年)に建てられた蔵を含む主屋・蔵・門の3件が、平成27年(2015年)8月4日に登録有形文化財となった。

屋敷があるのは大隅半島の付け根、恒吉の集落である。文化庁の解説はここを「恒吉城下」の郷士の家と書き、鹿児島県教育庁文化財課の『かごしま文化財事典』は「恒吉麓」の郷士宅と呼ぶ。言い方は違っても、指しているのは同じ屋敷町である。

名称は、いまの持ち主である蛭川家の名を先に置き、括弧の中にかつての持ち主、遠矢家の名を残している。読みは文化庁のふりがなで「ひるかわけ」「とおやけ」。

遠矢家から蛭川家へ

曽於市の紹介によると、恒吉の遠矢家は、島津義弘に仕えた遠矢下総守良堅の子、良長を初代とする家である。慶長4年(1599年)に都城を舞台に起きた庄内の乱が収まったあと、薩州吉田から恒吉に移り住み、そのまま幕末まで続いた。大正時代には恒吉村の村長を務めた遠矢長が出ている。

蛭川家住宅(旧遠矢家住宅)の主屋・蔵・門は、昭和40年(1965年)頃、遠矢家の親戚にあたる蛭川家に譲られた。文化庁のデータベースは主屋の改修時期も昭和40年頃としており、持ち主が替わった時期とちょうど重なる。

改修の内容までは公表資料に書かれていない。ただ、登録の解説が描く間取りは江戸末期の武家住宅のものであり、骨格は遠矢家の時代のまま受け継がれたと読める。

恒吉という土地

蛭川家住宅(旧遠矢家住宅)の所在地は字馬場566番地。データベースの座標で見ると、恒吉地区公民館(恒吉599番地)から東へおよそ130メートルの位置にある。

公民館の背後の山には、中世の山城である恒吉城の跡が残る。曽於市によれば、恒吉城は慶長4年(1599年)の庄内の乱で攻められて開城し、乱の後には寺山久兼が恒吉郷の最初の地頭となった。遠矢家が恒吉へ移ってきたのも、同じく乱の後のことである。曽於市は恒吉城跡の場所を「恒吉麓」と書いており、『かごしま文化財事典』が屋敷を「恒吉麓の郷士宅」と呼ぶときの「麓」も、この城山の下の一帯を指している。

3件の登録

蛭川家住宅(旧遠矢家住宅)の3件は、平成27年(2015年)8月4日の第81回登録で登録有形文化財になった。登録番号は46-0116から46-0118までの連番で、基準はいずれも「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁のデータベースが示す年代と規模は次のとおり。

  • 主屋:江戸末期の建築で、昭和40年(1965年)頃に改修。木造平屋建、瓦葺、建築面積180平方メートル
  • 蔵:慶応3年(1867年)。木造、瓦葺、建築面積23平方メートル。階数は構造欄が平屋建、解説文が二階建と書き分かれている
  • 門:江戸末期。木造、瓦葺、間口1.9メートル

データベースは江戸末期を1830年から1868年の幅で示す。3件のうち建築年がはっきりしているのは蔵だけで、小屋束に書かれた墨書が根拠になっている。主屋と門は「江戸末期」とされ、蔵の慶応3年はその幅の終わり近くにあたる。

屋敷の配置

蛭川家住宅(旧遠矢家住宅)の表は南側にある。敷地正面の南辺には石垣が続き、その石垣の切れ目に門が建つ。

主屋は庭に面して縁をめぐらせる。蔵は主屋の東側に、西を正面に向けて建っている。データベースの座標では、3件は互いに20メートル足らずの範囲に収まっている。

見学と行き方

蛭川家住宅(旧遠矢家住宅)は個人の住宅で、曽於市は非公開と明記している。敷地には立ち入らないでほしい。建物の姿は、文化庁の国指定文化財等データベースに載る主屋・蔵・門の写真と、曽於市のページに掲げられた写真と主屋の平面図で確かめられる。

所在地は曽於市大隅町恒吉字馬場566。恒吉には鉄道が通っておらず、最寄りのJR日豊本線の駅(財部駅など)からは直線でおよそ18キロメートル離れる。東九州自動車道の曽於弥五郎インターチェンジからは西へ直線約5キロメートルで、恒吉地区公民館が目印になる。路線バスの停留所と所要時間は、確認した資料からは特定できなかった。集落の道は住民の生活道路なので、車を止める場所には気を配りたい。

参考文献

国指定文化財等データベース 蛭川家住宅(旧遠矢家住宅)主屋(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00010708
国指定文化財等データベース 蛭川家住宅(旧遠矢家住宅)蔵(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00010709
国指定文化財等データベース 蛭川家住宅(旧遠矢家住宅)門(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00010710
蛭川家住宅(旧遠矢家住宅) 主屋・蔵・門(曽於市)
https://www.city.soo.kagoshima.jp/kankou_event/rekisibunnka/siseki/hirukawakezyuutaku.html
史跡・文化財 曽於市の文化財一覧(曽於市)
https://www.city.soo.kagoshima.jp/kankou_event/rekisibunnka/siseki/index.html
恒吉城跡(曽於市)
https://www.city.soo.kagoshima.jp/kankou_event/rekisibunnka/siseki/tuneyosijyou.html
かごしま文化財事典 蛭川家住宅(旧遠矢家住宅)主屋(鹿児島県教育庁文化財課)
https://k-bunkazai-school.com/cultural/f-q-60111/
文化遺産オンライン 蛭川家住宅(旧遠矢家住宅)主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/265602

最終更新日: 2026.10.03

基本情報

名称蛭川家住宅(旧遠矢家住宅)
所在地鹿児島県曽於市大隅町恒吉字馬場566
所有者個人
指定登録有形文化財 3件
座標31.58678, 130.90865