七十七メートルの切石

安田家住宅門及び石垣は、鹿児島県南九州市知覧町南別府にある明治中期の石造の門と石垣で、平成19年(2007年)12月5日に国の登録有形文化財(建造物)となった。

門は屋敷地の北側、その西端に開く。間口は3.1メートル、両脇に方柱の門柱が立つ。門の左右から石垣が始まり、敷地の周囲を巡って、総延長は77メートルに及ぶ。

石垣は切石を2段から5段に積んだもの。地形に応じて段数が変わるため、高さは0.7メートルから1.4メートルのあいだで上下する。土地を削って水平を通すのではなく、傾斜に沿って積み上げていく。石垣に接して生垣が植えられている。

同時に登録された4件のうち、これだけは種別が「その他工作物」で、員数も棟ではなく1基と数えられている。門と石垣が一体として登録されているわけだが、この数え方は的を射ている。ここで守られているのは、屋敷の境界そのものだからである。

石垣と生垣―知覧の景観語彙

知覧の麓を歩いたことのある人なら、この組み合わせに見覚えがあるはずだ。重要伝統的建造物群保存地区に選定された通り沿いでは、切石の石垣の上に大刈り込みの生垣が連なり、その中央に門が開く。南九州市はこの町並みを、地域全体が一つの庭園都市のような造りだと説明している。石垣の奥にある7つの庭園は国の名勝「知覧麓庭園」である。

ただし南別府は、その保存地区ではない。市街地から南に離れた農村部にあたり、安田家住宅も藩政期の武家屋敷ではなく明治期の農家である。

登録が記録しているのは、切石と生垣という同じ取り合わせが、農村の屋敷にも現れているという事実だ。文化庁の解説は素っ気ない。石垣に接して生垣が植えられるなど、歴史的景観をつくる。それだけである。

安田家の石垣が麓の作法をどこまで踏まえたものか、両者に直接の影響関係があるのか、それとも南薩に広く行き渡った土地の作り方が別々に現れたにすぎないのか。ここで参照した資料からは判断できない。似ていることは目に見えるが、系譜は文書で裏づけられていない。

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、土蔵2棟と同じである。主屋のみが「造形の規範となっているもの」として別の基準で登録された。

制度についても押さえておきたい。登録有形文化財は、平成8年(1996年)の文化財保護法改正で設けられた枠組みで、重要文化財の指定より保護は軽い。築50年を超え、現に使われている建造物を広く対象とし、現状変更は許可ではなく届出で足りる。家人が日々くぐる門と、その門から続く石垣を守るには、この制度の設計が適している。

見える範囲と、見てはならない範囲

安田家住宅は個人の住まいで、公開されていない。拝観時間も拝観料も設定されておらず、敷地にも建物にも立ち入ることはできない。

門と石垣は、その点で唯一の例外にあたる。公道に面しているため、通りかかった人が実際に眺められるのはこの部分だけである。切石の積み方、傾斜に応じて段を変える石垣の動き、方柱の門柱、その背後の生垣。境界の外側から確かめられることは少なくない。そして、確かめてよいのもそこまでである。門をくぐらない、住人を撮影しない、ドローンを飛ばさない。

この場所は、知覧を訪れる人の一般的な動線からは外れている。バス停も駐車場も説明板もない。構造物について尋ねたいことがあれば、南九州市文化財課(0993-83-4433)が窓口となる。

石垣と生垣のあいだを心ゆくまで歩きたいなら、行き先は知覧の武家屋敷通りになる。鹿児島中央駅から知覧行きのバスで約90分、武家屋敷入口で降りればそこから保存地区が始まる。庭園の公開は9時から17時、入園料は大人530円前後だが、改定されることがあるため事前の確認をすすめたい。南薩の歴史を通して知るなら、水曜休館のミュージアム知覧(南九州市立博物館)も合わせて訪ねるとよい。

Q&A

Q安田家住宅門及び石垣は見学できますか。
A門と石垣は公道に面しているため外から眺めることはできますが、屋敷そのものは個人の住まいで公開されていません。拝観時間・拝観料の設定はなく、門をくぐって敷地内に入ることはできません。
Q安田家住宅門及び石垣の規模はどのくらいですか。
A門は石造で間口3.1メートル、方柱の門柱を建てます。石垣も石造で、切石を2段から5段に積み、高さは0.7メートルから1.4メートル、総延長は77メートルに及びます。
Q安田家住宅門及び石垣はなぜ一件としてまとめて登録されているのですか。
A国指定文化財等データベースでは種別が「その他工作物」とされ、員数も棟ではなく1基と数えられています。門と石垣が一続きの境界を形づくっており、その境界全体が保護の対象と捉えられているためです。
Q安田家住宅門及び石垣は知覧の武家屋敷群の一部ですか。
A違います。所在地の南別府は市街地の南に広がる農村部で、重要伝統的建造物群保存地区の区域外です。切石の石垣に生垣を添える形式は保存地区の町並みと共通しますが、直接の影響関係を示す記録は確認できていません。
Q安田家住宅門及び石垣はいつ登録されましたか。
A平成19年(2007年)12月5日に登録され、同年12月19日に告示されました。登録番号は46-0054、第57回の登録です。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」でした。

基本情報

名称安田家住宅門及び石垣(やすだけじゅうたくもんおよびいしがき)
所在地鹿児島県南九州市知覧町南別府字下村25820
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 46-0054/登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」
指定年平成19年(2007年)12月5日登録、同年12月19日告示
員数1基
寸法門:石造、間口3.1メートル/石垣:石造、総延長77メートル、2段から5段積、高さ0.7〜1.4メートル
所有者個人(国指定文化財等データベースに所有者名の記載なし)
公開状況非公開。公道から視認可能

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「安田家住宅門及び石垣」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006640
文化遺産オンライン「安田家住宅門及び石垣」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/186543
南九州市「【国選定重要伝統的建造物群保存地区】南九州市知覧伝統的建造物群保存地区」
https://www.city.minamikyushu.lg.jp/soshikikarasagasu/bunkazaika/bunkazai/4/2/401.html
文化遺産オンライン「南九州市知覧」(重要伝統的建造物群保存地区)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/125357
文化庁「登録有形文化財建造物制度の御案内」
https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/shuppanbutsu/bunkazai_pamphlet/pdf/pamphlet_ja_06_ver02.pdf
知覧武家屋敷庭園 交通アクセス
https://chiran-bukeyashiki.com/pages/7/

最終更新日: 2026.07.24