屋根が二つ、家は一つ

横峯家住宅主屋は、鹿児島県南九州市知覧町永里にある明治10年(1877年)頃の茅葺民家で、平成19年(2007年)に国の登録有形文化財となった。敷地のほぼ中央に東を向いて建ち、観光客の集まる知覧の武家屋敷通りからは離れた農村部にある。

注目すべきは平面である。二つの棟が並び、棟の向きを直交させ、しかも軸をわずかにずらして連結する。大きい方の棟をオモテといい、桁行4間半・梁間4間、およそ8メートル×7メートル。接客と就寝の場である。小さい方はナカエで、桁行4間・梁間3間。土間の台所と囲炉裏がここに置かれた。いずれも木造平屋建、寄棟造の茅葺で、文化庁の登録データは建築面積を121平方メートルとする。

二棟を離して建てれば、南九州から南西諸島に広く見られる分棟型民家になる。オモテ、ナカエ、ウマヤ、便所、風呂場がそれぞれ独立した形式だ。これを寄せて屋根でつなげば「二つ家」。さらに二つの屋根のあいだに小棟と呼ぶ短い棟を差し込んで結べば、知覧の大工が生み出した「知覧型二つ家」になる。

農家が登録文化財になる理由

登録は平成19年7月31日、告示は同年8月13日、登録番号46-0044。適用された基準は「造形の規範となっているもの」で、文化庁の用語では、その形式を代表し基準となりうるほど明確に示している、という意味になる。

この文言には実質がある。知覧型二つ家はほとんど残っていない。南九州市の資料によれば、現存するのは伝統的建造物群保存地区内に2棟、市内のその他の地域に1棟の計3棟。横峯家住宅主屋は、そのうち保存地区の外にある1棟にあたる。移築されて文化財施設になったのではなく、建てられた場所にそのまま建っている。案内板も券売所もない集落の中である。

制度上の位置づけも整理しておきたい。登録は指定ではない。平成8年(1996年)に始まった登録制度は、重要文化財の基準には届かないものの、放置すれば失われる明治・大正・昭和初期の膨大な建物群を対象としている。所有者は現状変更にあたって許可ではなく届出をすればよく、代わりに税制上の軽減や修理費の補助を受けられる。個人が住み続ける茅葺民家にとって、この軽さは残るか壊されるかの分かれ目になりうる。茅は数十年ごとに葺き替えねばならず、その費用は世帯にのしかかるからだ。

形を読む

建築年代は明治10年頃。薩摩が新政府と戦った西南戦争の年にあたる。その直後の鹿児島の農村は豊かとは言えず、この規模の家は、豪農というより地に足のついた自作農の住まいと見るのが妥当だろう。

知覧型二つ家を実際に眺める機会があれば、見てほしいのは接合部だ。全国の分棟型住宅では、二つの屋根がそのままぶつかるか、谷樋を渡して雨を落とす例が多い。知覧の大工はそこに低い小棟を横向きに挟み込んだ。結果として、正面から見たとき三つの屋根形が一つの輪郭にまとまる。棟をずらしてあるのも意図的で、継ぎ目には風雨をよける奥まった一角ができ、そこが台所の出入口になる。

この形式の内部では、オモテに畳の部屋が列をなし、いちばん奥の座敷が客間と仏壇の場になる。ナカエは土間のまま、竈と囲炉裏を据えて煙が満ちる。その煤が小屋組と茅の裏を守る。火と煙を寝所から切り離すのが分棟という発想の出発点であり、高温多湿で台風の通り道でもあるこの土地では理にかなっていた。

見学について―できることと、できないこと

横峯家住宅主屋は個人所有の住宅で、公開されていない。鹿児島県の登録有形文化財一覧でも所有者は「個人」と記載されるのみで、南九州市の文化財紹介ページにも観光ルートにも載らない。駐車場も受付もなく、内部見学の仕組みもない。人が暮らす場所なので、敷地に近づいたり、門越しに撮影したりすることは控えていただきたい。

ただし、同じ形式そのものは見られる。車で15分ほどの知覧武家屋敷通りには、近隣から移築された知覧型二ツ家民家が通りのほぼ中ほどに立っている。昭和57年(1982年)に市指定文化財となったもので、建具を開け放して内部の配置が外から読み取れるようにしてある。訪問者の記録によれば、庭園の共通入園券なしでも通りから見学できるという。国の名勝である知覧麓庭園の7庭園は9時から17時まで年中無休で、大人530円、小・中学生320円。同じ保存地区内の旧高城家住宅も、この地方の住まいを知るもう一つの手がかりになる。

知覧へのアクセスは、鹿児島中央駅から鹿児島交通のバスで約70〜75分、「武家屋敷入口」下車すぐ。車なら指宿スカイラインの知覧インターチェンジから10分ほど。保存地区の通りでの撮影に制限はないが、生垣の奥の屋敷はいずれも現役の住宅であり、永里の横峯家と同じ配慮が必要になる。

Q&A

Q横峯家住宅主屋は見学できますか。
Aできません。知覧町永里にある個人所有の住宅で、公開制度も駐車場も受付もありません。市の文化財紹介ページや観光ルートにも掲載されていないため、敷地への立ち入りや接近はお控えください。
Q横峯家住宅主屋の「知覧型二つ家」とはどのような形式ですか。
A居住棟のオモテと炊事棟のナカエがもともと別棟だったものを連結した民家形式で、知覧では二つの屋根のあいだに小棟という短い棟を挟んでつなぎます。横峯家住宅主屋では、桁行4間半・梁間4間のオモテと桁行4間・梁間3間のナカエを、棟を直交させ、軸をずらして結んでいます。
Q横峯家住宅主屋はいつ建てられ、いつ登録されましたか。
A文化庁の登録データでは建築年代を明治10年(1877年)頃としています。登録は平成19年(2007年)7月31日、告示は同年8月13日、登録番号は46-0044です。
Q横峯家住宅主屋が見られない場合、知覧型二つ家はどこで見られますか。
A知覧武家屋敷通りのほぼ中ほどに、移築された知覧型二ツ家民家(昭和57年市指定)があり、外から内部の配置を見られるように開放されています。周辺の知覧麓庭園7庭園は9時から17時まで年中無休、大人530円、小・中学生320円です。
Q横峯家住宅主屋は重要文化財なのですか。
Aいいえ。国の登録有形文化財であり、重要文化財や国宝の「指定」とは制度が異なります。登録は平成8年に始まった近代建造物向けの緩やかな枠組みで、現状変更は届出制です。所有者が修理や活用を進めやすい点に特徴があります。

基本情報

名称横峯家住宅主屋(よこみねけじゅうたくしゅおく)
所在地鹿児島県南九州市知覧町永里1226
指定区分国登録有形文化財(建造物) 登録番号46-0044
指定年平成19年(2007年)7月31日登録(同年8月13日告示)
員数1棟
寸法木造平屋建、寄棟造茅葺、建築面積121平方メートル。オモテ桁行4間半・梁間4間、ナカエ桁行4間・梁間3間
所有者個人
公開状況非公開。個人の住宅であり見学設備はない

参考文献

国指定文化財等データベース「横峯家住宅主屋」(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006563
鹿児島県「国登録有形文化財(建造物)一覧」
https://www.pref.kagoshima.jp/ba08/documents/101223_20221118115125-1.pdf
南九州市「【市指定有形】知覧型二ツ家民家」
https://www.city.minamikyushu.lg.jp/sport_bunka_kyoiku/rekishi_bunkazai/2/3/4161.html
南九州市「知覧地域の文化財」
https://www.city.minamikyushu.lg.jp/sport_bunka_kyoiku/rekishi_bunkazai/2/3/index.html
全国伝統的建造物群保存地区協議会「南九州市知覧」
https://www.denken.gr.jp/archive/minamikyushu-chiran/index.html
鹿児島県観光サイト かごしまの旅「知覧武家屋敷庭園群」
https://www.kagoshima-kankou.com/guide/11053

最終更新日: 2026.08.11