通風を設計した昭和8年の医院建築

旧後藤医院鵠沼分院は、神奈川県藤沢市鵠沼橘1-1850-40にある昭和8年(1933年)建築の木造平屋建の医院建築で、平成22年(2010年)9月10日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。現在は藤沢市の地域コミュニティ施設「鵠沼橘市民の家」として使われている。

建物は東の街路に面する矩形の敷地に建つ。桁行20メートル、梁間8.4メートル、東西棟の入母屋造で、屋根は銅板葺。平面は明快に二分され、東半部を医院、西半部を住居とした。

開設したのは後藤秀兵。東京・小石川の「後藤内科医院」の分院として、後藤家長男である秀兵が昭和8年にこの地で診療を始めた。高齢となって閉院し、終生独身のまま昭和46年(1971年)に没している。その後は民間の所有者が建物を維持し、平成25年(2013年)9月、所有者の塩原芳雄が「景観上も貴重な建物を市が保存し、今後も多くの市民に親しんでもらいたい」として土地と建物の寄付を申し出た。藤沢市は同年10月22日に受贈を発表し、所有権移転登記の手続きを行っている。敷地面積は322.07平方メートルとされる。

何が評価されたのか

まず制度の確認をしておきたい。重要文化財は文化財保護法に基づく「指定」で、現状変更に強い規制がかかる。これに対して登録有形文化財は平成8年(1996年)創設の「登録」制度であり、築50年以上を経過した建造物について、所有者が活用を続けながら保存できるよう規制を緩やかにとどめたものである。外観の大幅な変更時に届出を求める程度で、税制優遇や技術的助言が受けられる。旧後藤医院鵠沼分院は登録番号14-0165、登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。二次資料には「指定」と記すものがあるが、正確には「登録」である。

文化庁の解説文が挙げるのは、意匠ではなく機能上の工夫である。通風のため床高を高くとること。出窓を付け、二重窓とすること。換気用の越屋根を三ヶ所設置すること。この三点が並べて記されている。

三つを並べると設計の論理が見えてくる。昭和8年当時、結核をはじめとする呼吸器疾患の療養は、新鮮な空気と日照、乾燥した環境に大きく依存していた。自らの診療所を建てる医師が、サナトリウム建築の知見を持たなかったとは考えにくい。床を高くとれば地面からの湿気が絶たれる。出窓を二重窓とすれば、採光を確保しながら患者に直接風を当てずに換気ができる。越屋根は暖まって上昇した空気の抜け道になる。医学的な合理性を大工仕事に翻訳した建物であり、その論理が読み取れる程度に原形をとどめている点が、この建物の価値である。

立地も同じ方向を指している。鵠沼は明治期以降に開かれた別荘地であり、松並木と玉石垣の街並みが今も部分的に残る。昭和初期にこの土地を選んだ医師は、患者だけでなく空気と光を選んでいた。

市民の家としての現在と、見学の実際

藤沢市はこの建物を「地域市民の家」のひとつとして運営している。地域市民の家は、各地域の運営委員と利用者が協力して管理・運営するコミュニティ施設で、昭和51年(1976年)から順次開設されてきた。鵠沼橘市民の家は41番目にして最後の施設として平成20年(2008年)2月に開設され、これをもって市内全小学校区への設置が完了した。開設年を2007年とする報道もあるが、市の公式表記は2008年2月である。

現在の設備は和室を中心とした5部屋ほどで、利用料は4時間あたり200円。予約は市の公共施設予約システムを通じて行い、対象は市内在住・在勤・在学の人に限られる。受付職員が常駐するのではなく鍵を借りて使用する方式のため、入館時間や見学料といったものは設定されていない。

それでも訪ねる価値はある。建物は公道に面しており、外観はいつでも見られる。そして登録の対象となった特徴の大半は外観に現れている。緑青の乗った銅板屋根、棟に三つ並ぶ越屋根、壁面から張り出す出窓、高くとられた床のライン。敷地内には建物の由来を記した説明板が設置されている。団体利用中に居合わせて内部を見せてもらえたという記録もあるが、あてにすべきではない。内部を見る具体的な必要がある場合は、事前に藤沢市へ問い合わせるのが筋である。

交通の便はよい。江ノ島電鉄の石上駅から徒歩3分から5分、JR・小田急・江ノ電が集まる藤沢駅からも徒歩8分ほどである。江ノ電は民家の軒先をかすめて走る区間があり、乗車そのものが目的になりうる。南へ進めば鵠沼海岸、線路をたどれば江ノ島で、この建物だけを目的に一日を割く必要はない。

Q&A

Q旧後藤医院鵠沼分院の内部は見学できますか。
A観光目的の見学は受け付けていません。建物は「鵠沼橘市民の家」として運営されており、藤沢市の公共施設予約システムを通じて市内在住・在勤・在学の方が利用する施設です(4時間あたり200円)。受付職員の常駐や見学時間の設定はありません。ただし登録対象となった特徴の多くは外観にあり、公道からいつでもご覧いただけます。
Q旧後藤医院鵠沼分院へのアクセスを教えてください。
A江ノ島電鉄の石上駅から徒歩3分から5分ほどです。JR東海道線・小田急江ノ島線・江ノ電が乗り入れる藤沢駅からも徒歩8分程度。住居表示では藤沢市鵠沼橘一丁目14番7号にあたり、文化財登録に用いられている地番表記とは異なります。
Q旧後藤医院鵠沼分院は何が評価されて文化財になったのですか。
A平成22年(2010年)9月10日に「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録有形文化財に登録されました。文化庁の解説文は、通風のために床高を高くとった点、出窓を二重窓とした点、換気用の越屋根を三ヶ所設けた点を挙げており、昭和初期の医院建築としての機能上の工夫が評価されています。
Q旧後藤医院鵠沼分院は誰が建て、今は誰の所有ですか。
A東京・小石川の後藤内科医院の分院として、後藤家長男の後藤秀兵が昭和8年(1933年)に開院しました。秀兵は昭和46年に没しています。その後の所有者から平成25年(2013年)に土地建物が藤沢市へ寄付され、現在は藤沢市が所有しています。
Q旧後藤医院鵠沼分院は重要文化財ですか。
A重要文化財ではありません。登録有形文化財(建造物)で、登録番号は14-0165です。平成8年に創設された、活用を前提とする緩やかな保護制度にあたります。「指定」と記す資料も見られますが、正しくは「登録」です。

基本情報

名称旧後藤医院鵠沼分院(きゅうごとういいんくげぬまぶんいん)/現・鵠沼橘市民の家
所在地神奈川県藤沢市鵠沼橘1-1850-40(住居表示:鵠沼橘一丁目14番7号)
指定区分登録有形文化財(建造物)登録番号14-0165
指定年2010年(平成22年)9月10日登録・同日告示(第68回登録)
員数1棟
寸法木造平屋建、入母屋造銅板葺、桁行20メートル・梁間8.4メートル、建築面積174平方メートル。昭和8年建築、平成4年・平成19年改修
所有者藤沢市
公開状況外観は公道から常時見学可。内部は市内在住・在勤・在学者による予約利用のみ(4時間あたり200円)で、観光目的の見学は不可

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)旧後藤医院鵠沼分院
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008268
鵠沼橘市民の家/藤沢市
https://www.city.fujisawa.kanagawa.jp/shisetsu/annai/shiminkatsudo/043.html
地域市民の家の利用案内/藤沢市
https://www.city.fujisawa.kanagawa.jp/jiti-s2/kurashi/shimin/chiiki/shiminnoie.html
国登録有形文化財(建造物)一覧/藤沢市
https://www.city.fujisawa.kanagawa.jp/bunkazai/tourokubunkazai/sakuseichuu.html
タウンニュース藤沢版「旧後藤医院鵠沼分院 藤沢市に寄付」(2013年11月1日)
https://www.townnews.co.jp/0601/2013/11/01/210668.html

最終更新日: 2026.08.13