世界の映画を日本に運んだ人の別邸

旧川喜多家別邸(石島家住宅)主屋(きゅうかわきたけべってい(いしじまけじゅうたく)おもや)は、神奈川県鎌倉市雪ノ下一丁目にある昭和17年(1942年)頃建築の木造2階建洋館で、令和3年(2021年)2月4日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

この別邸の主は川喜多長政である。

20世紀に日本映画とヨーロッパ映画がどう出会ったかに関心を持つ人なら、この名を知っている。川喜多は妻・かしこと共に、外国映画を輸入・配給し、日本映画を海外の映画祭や配給網へ送り出した。世界が見ることになった日本映画の相当部分、そして日本の観客が見ることになった各国の映画の相当部分が、この夫妻の仕事の先にある。

川喜多家の鎌倉の所有地は雪ノ下にあった。本邸の跡地には、平成22年(2010年)4月1日に鎌倉市川喜多映画記念館が開館している。本稿の別邸はそのはす向かいに建ち、現在も個人の所有である。

建物のかたち

木造2階一部平屋建、屋根は石綿セメント板葺の一部鉄板葺。建築面積133平方メートルで、名前の知られ方に比べれば小ぶりな住宅といえる。

注目すべきは玄関である。北東隅に置かれ、半円アーチの開口をつくってポーチとしている。玄関を隅に振り、そこにアーチを抜くという操作は、動きとしては小さいが効き方は大きい。参入の軸が正面からではなく斜めになり、平坦なモルタル壁に一点だけ格式が与えられる。

主要な居室は南側に配される。採光を考えれば日本の住宅計画の定石で、それ自体は特筆する点ではない。ただ結果として、意匠の見せ場である北東面が居間の側ではなく玄関の側にくることになる。

壁面はモルタル仕上げ、窓枠は白。文化庁の解説はこの外観を「瀟洒」と評し、戦前の鎌倉の住宅の姿を示すものと位置づけている。登録原簿の年代は昭和17年頃、平成6年(1994年)に改修。

ここで、資料間の食い違いを黙って処理せずに記しておきたい。二次資料のなかには、この建物を「大正末から昭和初期に建てられた」とするものがある。登録原簿より10年から20年早い年代である。本稿は一次資料である文化庁データベースの「昭和17年頃」を採るが、他の資料に当たる読者は早い年代の記述にも出会うことになる。

二つの制度、二つの名前

この建物は二段階の保護を受けており、それぞれ別の名で呼ばれている。混乱が起きやすい点である。

鎌倉市は平成9年(1997年)に、当時からの所有者である石島家の名をとって「石島邸」として景観重要建築物等の指定第15号とした。国の登録はずっと後になる。文化審議会の答申が令和2年(2020年)7月17日、登録は令和3年(2021年)2月4日。このとき用いられたのが、川喜多家との関わりと石島家の双方を含む複合的な名称だった。登録番号14-0285、登録基準は「造形の規範となっているもの」である。

登録有形文化財は、日本の建造物保護の二系統のうち緩やかなほうにあたる。平成8年(1996年)創設、建設後50年以上の建物を対象とし、届出制と税制優遇によって成り立つ。国宝・重要文化財のような強い規制と手厚い公費投入は伴わない。人が住み続けている私有の住宅にとって、この緩やかさこそが制度の要点である。

なお、同じ令和2年7月17日の答申では、若宮大路に面する昭和11年(1936年)建築の看板建築・湯浅物産館も登録が答申されている。

見学について、そして代わりに行くべき場所

出かける前にはっきりさせておきたい。この建物は法人が所有する私有物件で、一般公開されていない。拝観制度も公開日もなく、内部に入ることはできない。門と樹木があるため、道路から外観を見通すことすら難しい。訪ねた人の記録によれば、鎌倉市の景観重要建築物等に付けられる銅版プレートは所有者の意向で設置されておらず、この家が何であるかを示すものは何もない。

正直に言えば、この建物を目的に旅程を組むことはおすすめしない。雪ノ下を歩く途中に前を通るのは構わないが、私邸の外に立って塀の向こうを覗こうとするのは筋が違う。路上からの撮影にも節度が要る。

足を運ぶ値打ちがあるのは、はす向かいの鎌倉市川喜多映画記念館である。川喜多本邸の跡地に建ち、夫妻の仕事と映画史をめぐる上映や展示を行っている。敷地内には哲学者・和辻哲郎ゆかりの建物が移築されている。川喜多の名に惹かれてここまで来たのなら、閉ざされた門の前よりはるかに得るものが多い。

雪ノ下はJR鎌倉駅から徒歩5分から10分、鶴岡八幡宮のすぐ東側にあたる。八幡宮の境内には鎌倉国宝館がある。同時代の登録有形文化財で、実際に訪ねて中に入れる旧華頂宮邸は、バスで浄明寺まで行った先にある。この二つを組み合わせれば、戦前の鎌倉建築をめぐる一日の筋が通る。

Q&A

Q旧川喜多家別邸(石島家住宅)主屋は見学できますか。
Aできません。法人所有の私有物件で一般公開されておらず、拝観制度も公開日もありません。門と樹木があるため道路から外観を見ることも難しく、建物を示すプレートも設置されていません。私邸としてご配慮ください。
Q川喜多長政とは誰で、旧川喜多家別邸になぜその名がついているのですか。
A川喜多長政は妻・かしこと共に外国映画の輸入・配給を手がけ、日本映画を海外へ送り出した実業家です。雪ノ下のこの住宅は長く夫妻の別邸として使われており、国の登録原簿では川喜多家の名と現所有者である石島家の名が併記されています。
Q旧川喜多家別邸の近くで見学できる場所はありますか。
Aはす向かいに鎌倉市川喜多映画記念館があります。川喜多本邸の跡地に平成22年4月1日に開館し、夫妻の仕事と映画史に関する上映や展示を行っています。鶴岡八幡宮と鎌倉国宝館も徒歩圏内です。
Q旧川喜多家別邸はいつ建てられたのですか。
A国の登録原簿は昭和17年(1942年)頃、平成6年改修としています。二次資料には大正末から昭和初期とするものもあり、10年から20年の開きがあります。本稿は一次資料である文化庁データベースの年代を採りますが、資料を比べる際は留意してください。
Q旧川喜多家別邸に二つの名称があるのはなぜですか。
A鎌倉市が平成9年に「石島邸」の名で景観重要建築物等の指定第15号としたのに対し、国は令和3年の登録にあたって川喜多家と石島家の双方を含む名称を用いたためです。二つの制度が同じ建物を別の名で呼んでいることになります。

基本情報

名称旧川喜多家別邸(石島家住宅)主屋
所在地神奈川県鎌倉市雪ノ下一丁目155
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号14-0285 登録基準「造形の規範となっているもの」。鎌倉市景観重要建築物等 指定第15号(平成9年)
指定年令和3年(2021年)2月4日登録・告示(答申は令和2年7月17日)
員数1棟
寸法木造2階一部平屋建、石綿セメント板葺一部鉄板葺、建築面積133平方メートル。昭和17年頃建築、平成6年改修
所有者株式会社石島企画
公開状況非公開。私有住宅で拝観制度なし。道路からの外観確認も困難

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「旧川喜多家別邸(石島家住宅)主屋」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013512
文化遺産オンライン「旧川喜多家別邸(石島家住宅)主屋」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/580106
タウンニュース鎌倉版「2件が国有形文化財に」
https://www.townnews.co.jp/0602/2020/07/24/535734.html
鎌倉PRESS「旧川喜多家別邸(石島邸・石島家住宅)」
https://kamakura.press/cal/ishijimatei/
鎌倉市「鎌倉市内指定文化財一覧」
https://www.city.kamakura.kanagawa.jp/treasury/shiteibunkazai-kensu-list.html

最終更新日: 2026.08.13