富士屋ホテルアイリー:日本最初期のリゾートホテルを今に伝える、ひそやかな最古の建物
箱根・宮ノ下にある富士屋ホテル。その敷地のなかでも、ひときわ華やかな「花御殿」の裏手の斜面に、ひっそりと佇む木造2階建ての建物があります。これが「アイリー(Airī/英語名 Aerie)」です。一般のお客様の目に触れる機会は決して多くありませんが、富士屋ホテルの全建造物のなかで最も古い由緒を持つのが、実はこのアイリーなのです。明治17年(1884年)、宮ノ下大火で創業当初の建物を失った直後に最初に建てられた復興建築であり、平成9年(1997年)12月12日には国の登録有形文化財に登録されました。
富士屋ホテルといえば、シンボリックな「花御殿」、明治24年竣工の「本館」、明治39年完成の「西洋館」など、いずれも壮麗な建築が思い浮かびます。しかし、それらすべての建物に共通する「正面両端の突出部」と「中央の唐破風玄関」という富士屋ホテル独特の意匠は、すでにこのアイリーの段階で確立されていました。アイリーの前に立つということは、日本のリゾートホテル建築のルーツに立ち会うということでもあるのです。
大火からの復興 ― アイリー誕生の歴史
富士屋ホテルは明治11年(1878年)、福沢諭吉に国際観光業の重要性を説かれた青年実業家・山口仙之助によって創業されました。仙之助は、温泉が湧き、東京や横浜から近く、外国人にとって美の象徴である富士山に近い箱根・宮ノ下の地を選び、この地に5年もの歴史をもつ「藤屋」を買収して宿屋を開いたのです。しかし、そのオリジナルの洋館はわずか5年で姿を消すことになります。明治16年(1883年)、宮ノ下のとある一軒の家から出火した火が瞬く間に燃え広がり、富士屋ホテルは建物だけでなく、開業以来6年間の記録までも失ってしまいました。
仙之助は、養父・山口粂蔵の援助を得てただちに再建に取りかかります。そして翌明治17年(1884年)7月、客室12室の平家建洋館一棟が完成します。これが後に「アイリー」と呼ばれる建物です。横浜から木製のベッドを取り寄せるなど、本格的な西洋ホテルとしての歩みは、まさにこのアイリーから始まったといえます。
アイリーは創業以来、その場所を一度も変えなかったわけではありません。明治24年(1891年)に新たな本館が竣工すると、本館の場所を譲るかたちで南方へと移築されました。明治39年(1906年)の西洋館(1号館・2号館)建設時にも再び動かされ、最後となる昭和10年(1935年)には、新たに完成した花御殿の裏手、現在の場所へと移されました。この昭和10年の移築の際には、それまで木造平屋建てだったアイリーの下に鉄筋コンクリート造の地階が新設され、もとの木造部分が2階となって、現在の2階建ての姿が形作られたのです。
登録有形文化財に指定された理由
平成9年(1997年)12月12日、富士屋ホテルアイリーは国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。同日に登録されたのは本館、1号館、2号館、食堂、花御殿、菊華荘の6件で、アイリーを加えた計7件が、「再現することが容易でないもの」として、富士屋ホテル建築群を構成する不可欠な要素として認められたのです。
文化遺産オンライン(文化庁)に掲載された解説によれば、アイリーは「敷地南方の斜面に北面して建つ。創業間もない時期の建物で,昭和10年に現在地に移築された。正面両端に突出部をつくり中央に唐破風屋根を設ける点は,本館,一・二号館と共通する。現存する数少ない我が国最初期のリゾートホテル施設として価値がある」とされています。本館や西洋館に共通する富士屋ホテル独特の意匠が、創業間もない明治17年の時点ですでに完成していたという事実は、この建物が富士屋ホテル建築の原型・ひな型としての性格をもっていることを物語っています。
建築面積は約160平方メートル、構造は木造2階建、屋根は鉄板葺き、棟数は1棟。140年以上にわたる歳月のなか、3度の移築、関東大震災、太平洋戦争、そして数度の大改修を乗り越えて今に伝わっている事実そのものが、ひとつの奇跡であるとも言えるでしょう。
アイリーの魅力と見どころ
富士屋ホテル建築の「原型」としての価値
明治建築を愛する方にとって、アイリーは見逃せない存在です。富士屋ホテルを象徴する「左右対称の正面両端に突出部、中央に唐破風玄関」というデザインが、本館や西洋館に先立って、すでにこの建物で結実していたからです。後の建物たちが、より大きく、より華やかに展開していくその出発点を、このひそやかな建物にみることができます。
名前に込められた物語
「アイリー(Aerie)」は英語で「鷹の巣」を意味し、明治期の富士屋ホテルが外国人客を強く意識していたことを物語る命名です。創業当時のアイリーは宮ノ下の高台に位置し、まさに「鷹の巣」のような眺望をもっていたと伝えられています。富士屋ホテルの建物にはそれぞれ英語の愛称があり、1号館は「カムフィ・ロッジ(Komfy Lodge)」、2号館は「レストフル・コテージ(Restful Cottage)」と呼ばれてきました。
静かな生き残り
本館や花御殿のように華やかな表舞台に立つことはなく、アイリーは現在、社員寮として使用されており、内部の一般公開は行われていません。それでも、富士屋ホテル建築の出発点であることを知ったうえで庭園を散策し、花御殿の裏手にその姿を見出すことができれば、富士屋ホテル全体への理解は格段に深まります。
見学情報
ご注意:アイリーは現在、富士屋ホテルの社員寮として使用されており、内部の一般見学はできません。富士屋ホテルにご宿泊・ご利用の際、敷地内の散策の途中で、花御殿の裏手付近からその外観を望むことは可能です。
アイリーを含む富士屋ホテル建築群の魅力を最も深く味わっていただくには、ご宿泊あるいは館内レストランのご利用をおすすめします。富士屋ホテルは、登録有形文化財建築の耐震性能向上を目的とした2年以上におよぶ大改修を経て、令和2年(2020年)7月15日にグランドオープンしました。日帰りでも、メインダイニングルーム「ザ・フジヤ」、レストラン・カスケード、あるいは旧宮ノ下御用邸を活用した日本料理「菊華荘」でのお食事を通じて、アイリーから始まった富士屋ホテルならではの空気を味わうことができます。
また、館内の「富士屋ホテル史料展示室(ホテル・ミュージアム)」のご見学も大変おすすめです。創業者・山口仙之助のアメリカでの経験から、宮ノ下大火、アイリーの建設、そして本館以下の建物の竣工へと至る道のりが、貴重な資料とともに紹介されており、アイリーを歴史的な文脈のなかで正しく位置づけて理解する助けとなります。
- 所在地:神奈川県足柄下郡箱根町宮ノ下359
- 最寄駅:箱根登山鉄道 宮ノ下駅から徒歩約7分
- バス:箱根登山バスまたは伊豆箱根バス「ホテル前」バス停から徒歩1分
- お車:小田原厚木道路 小田原箱根口ICから約20分/東名 御殿場ICから約35分
- 駐車場:宿泊・レストラン利用者向けの無料駐車場あり
周辺の見どころ
宮ノ下温泉は、江戸時代から知られる「箱根七湯」のひとつ。富士屋ホテル周辺には、徒歩や短時間の移動で訪れることのできる魅力的なスポットが数多く点在しています。
富士屋ホテル敷地内の文化財建築
アイリーのほかにも、本館(明治24年)、西洋館1号館・2号館(明治39年)、食堂棟(昭和5年)、花御殿(昭和11年)、別館「菊華荘」(旧宮ノ下御用邸・明治28年建築)の6件の登録有形文化財が同じ敷地内に立ち並んでいます。庭園を一巡することで、アイリーから始まる富士屋ホテル建築の発展を辿ることができます。
箱根彫刻の森美術館
富士屋ホテルから車で約20分。ヘンリー・ムーアやピカソをはじめ、日本人作家の作品も多数収蔵する野外彫刻美術館で、雄大な箱根の山々を背景に芸術鑑賞を楽しめます。
芦ノ湖と箱根神社
芦ノ湖の遊覧船と、湖上に朱の鳥居がそびえる箱根神社の参拝は、箱根を訪れた多くの方が定番として組み合わせるコースです。
大涌谷
箱根ロープウェイで訪れることができる活火山地帯。立ち上る噴煙と、温泉の熱で茹で上げる名物の「黒たまご」が広く親しまれています。
仙石原のすすき草原
秋には黄金色のすすきが一面に広がり、箱根を代表する季節の風景として写真愛好家にも人気のスポットです。
Q&A
- アイリーの内部を見学することはできますか?
- 残念ながら、アイリーは現在、富士屋ホテルの社員寮として使用されており、内部の一般公開は行われておりません。ホテル敷地内の花御殿裏手付近から、外観をご覧いただくことは可能です。
- この小さな建物がなぜそれほど重要なのですか?
- 明治17年(1884年)に建てられたアイリーは、富士屋ホテル現存最古の建物であり、わが国最初期のリゾートホテル建築のなかでも数少ない遺構のひとつです。後の本館や西洋館を象徴する「正面両端の突出部と中央の唐破風玄関」という意匠は、すでにこの建物で完成していました。
- 「アイリー(Aerie)」とはどんな意味の名前ですか?
- 英語で「鷹の巣」、特に山の高い場所にある巣を意味する言葉です。富士屋ホテル自身の社史にも、アイリーが「鷹の巣の意」で命名された旨が記されています。
- アイリーは創建当初から同じ場所に建っているのですか?
- いいえ、創建以来3度ほど移築されています。最後の移築は昭和10年(1935年)で、花御殿裏手の現在地へと移されました。この際、既存の木造部分が2階となるよう、新たに鉄筋コンクリートの地階が設けられました。
- 内部に入れない場合、どのようにアイリーを楽しむのがおすすめですか?
- 富士屋ホテルへのご宿泊、または館内レストランやホテル・ミュージアムのご利用とあわせて、その意匠的特徴をあらかじめ理解したうえで庭園を散策するのが最もおすすめです。本館や西洋館にも共通する「唐破風と突出部」の意匠を意識すれば、アイリーが富士屋ホテル建築群の出発点にあたることがいっそう実感できます。
基本情報
| 名称 | 富士屋ホテルアイリー(ふじやほてるあいりー) |
|---|---|
| 文化財種別 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 1997年(平成9年)12月12日 |
| 建築年 | 明治17年(1884年) ※昭和10年(1935年)に現在地へ移築 |
| 構造 | 木造2階建、鉄板葺、建築面積約160㎡、1棟 |
| 所有者 | 富士屋ホテル株式会社 |
| 所在地 | 神奈川県足柄下郡箱根町宮ノ下359 |
| アクセス | 箱根登山鉄道 宮ノ下駅から徒歩約7分 |
| 公開状況 | 内部非公開(社員寮として使用中)。外観はホテル敷地内から望見可能 |
参考文献
- 富士屋ホテルアイリー|文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/113477
- 国指定文化財等データベース|富士屋ホテルアイリー(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000397
- 建築|THE FUJIYA HOTEL BRAND SITE
- https://www.fujiyahotel.jp/brand/architecture/
- 歴史|THE FUJIYA HOTEL BRAND SITE
- https://www.fujiyahotel.jp/brand/history/
- ホテルヒストリー|富士屋ホテルズ&リゾーツ
- https://www.fujiyahotel.co.jp/history/
- 富士屋ホテル|Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/富士屋ホテル
- ときやど|富士屋ホテル/アイリー
- https://www.tokiyado.net/posts/fujiya-hotel-eyrie
最終更新日: 2026.04.29