明治21年イギリス製のトラスが、箱根の谷に架かるまで

箱根登山鉄道早川橋梁は、神奈川県足柄下郡箱根町の早川に架かる単径間の鉄道橋で、明治21年(1888年)にイギリスで製作され、大正6年(1917年)に現在地へ移設、平成11年(1999年)6月7日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。「出山の鉄橋」の通称で知られ、現役の鉄道橋としては日本最古とされる。

構造はイギリス型ピン結合の200フィートダブルワーレントラス。径間長61.0メートル、河床からの高さは43メートル。塔ノ沢駅と出山信号場の間、箱根湯本から強羅へ登る路線上に位置する。

この桁はもともとここにあったものではない。イギリス中部ウェンズベリーのパテント・シャフト・アンド・アクスルトゥリー社が明治21年に製作し、設計は当時の鉄道局に招かれていたイギリス人技師チャールズ・アシェトン・ホエートリー・ポーナル。東海道本線の天竜川橋梁の1連として据えられていたものである。文化庁の解説文は「イギリス製の錬鋼混合桁と伝えられ、原形をよく留める」と記す。

この材質が希少性の核心にあたる。1880年代は橋梁材料が錬鉄から鋼へ移行する蝶番の時期にあたり、両者を併用した桁が作られたのはごく限られた期間である。現存する唯一の錬鋼混合200フィート桁とされる。

払い下げ桁と、神奈川県知事の抗議

小田原電気鉄道は当初、この渡河部にアーチ型のトラスを新造する計画を立てていた。第一次世界大戦がその計画を潰す。当てにしていた資材の輸入が途絶えたのである。同社は鉄道院に払い下げを願い出て、製造から30年を経た天竜川橋梁のトラス構体1連を得た。

神奈川県知事は不満を示した。工事着手の直前、「箱根の玄関口である早川に、使い古しの橋を架けるのは景観を損ねる」との意見が出される。後に改築するという条件のもとで、工事は開始された。

改築は行われなかった。その後この話が再燃した記録はなく、知事が飲んだ暫定措置は一世紀を超えて列車を通し続けている。平成3年(1991年)に「かながわの橋100選」に選ばれ、平成11年に登録基準「再現することが容易でないもの」により国の登録有形文化財となり、近代化産業遺産にも認定された。

架橋工事そのものが難事であった。大正4年(1915年)着工。深さ43メートル、幅60メートルの谷に61メートルのトラスを架けるため、大規模な総木製の足場が組まれた。使用された丸太は約1万本ともいわれる。ただし建設中の写真1枚を除いて資料がほとんど残っておらず、工事の詳細は今も明らかでない。竣工は大正6年5月31日。翌日から足場の解体にかかるというその夜、暴風雨で早川が氾濫し、足場は跡形もなく流失した。鉄橋本体には影響がなかった。

その頑健さは以後も変わらない。大正12年(1923年)9月1日の関東大震災で鉄道線が甚大な被害を受けたなか、この橋は橋台をわずかに損傷した程度で済んでいる。震災前、国道1号は出山信号場側で踏切による平面交差だったが、震災後に道路側を掘り下げて立体交差となった。

斜材の交差と、低いトラスがもたらしたもの

ダブルワーレントラスはラチストラスとも呼ばれ、斜材をX状に配する形式である。斜材は部材中央で交差し、その位置でピンにより互いを連結する。この構成は強い圧縮力を受けたときに斜材が折れ曲がる座屈を起こしにくく、通常のワーレントラスより細い部材で構成できる。下から見上げると重厚な骨組みというより繊細な網目に見えるのは、そのためである。ヴィクトリア朝の鉄が箱根の樹林の谷に違和感なく収まっている理由の少なくとも半分は、この細さにある。

トラスの高さに目を移すと、技術上の面白い齟齬が見つかる。明治21年の東海道本線は非電化であったから、トラス高は5,283ミリメートルしかない。電化線区の橋としては低い。このため箱根登山鉄道はこの区間に剛体架線を採用して架線位置を極力下げているが、それでも電車はパンタグラフを折り畳んだ状態に近い形で通過する。列車が渡る瞬間を見ていると、その窮屈さがはっきり分かる。

渡る、撮る、見上げる

最も素直な体験の仕方は、乗って渡ることである。箱根湯本から強羅方面へ向かう箱根登山線に乗り、塔ノ沢を過ぎてまもなく橋にさしかかる。路線自体が見どころで、最急勾配80パーミル、最小曲線半径30メートル、3か所のスイッチバックで運転士と車掌が入れ替わる。秋の紅葉時期には、鉄橋上で数秒間の停車という観光サービスが行われ、乗客は43メートル下の谷を見下ろすことができる。

撮影するなら列車を降りる必要がある。箱根湯本駅から国道1号線経由のバスに乗り「出山」で下車すると、目の前が鉄橋である。ほとんど歩かずに定番の構図が得られる。橋自体への立ち入りはできない。歩道のない現役の営業線であり、列車の運行頻度も高い。

拝観料や開館時間といったものは存在しない。鉄道施設だからである。箱根フリーパスは登山電車のほかケーブルカー、ロープウェイ、芦ノ湖の遊覧船を含むため、この橋を単独の目的地とするより、周遊行程の一点として組み込むのが自然だろう。谷を少し下れば箱根湯本の温泉街があり、橋の真下には塔之澤温泉が広がる。

Q&A

Q箱根登山鉄道早川橋梁はどこにあり、どう見学すればよいですか。
A箱根町の早川に架かり、塔ノ沢駅と出山信号場の間に位置します。箱根湯本から強羅方面行きの箱根登山線に乗れば渡ることができます。撮影する場合は、箱根湯本駅から国道1号線経由のバスで「出山」下車、目の前が鉄橋です。橋への立ち入りはできません。
Q箱根登山鉄道早川橋梁の見学に料金はかかりますか。
Aかかりません。現役の鉄道施設であり、改札も入場料も開館時間もありません。渡る場合は箱根登山線の通常運賃で、箱根フリーパスにも含まれます。
Q箱根登山鉄道早川橋梁はなぜ文化財として重要なのですか。
A材質と来歴によります。明治21年(1888年)にイギリスで製作され、東海道本線の天竜川橋梁の1連として使われた後、大正6年(1917年)に現在地へ移設されました。現存する唯一の錬鋼混合200フィート桁とされ、現役の鉄道橋としては日本最古です。平成11年6月7日、登録基準「再現することが容易でないもの」により登録されました。
Q箱根登山鉄道早川橋梁の上で列車は停まりますか。
A秋の紅葉時期には、鉄橋上で数秒間停車する観光サービスが行われます。43メートル下の渓谷を見下ろすことができます。それ以外の時期は通過します。実施時期は紅葉の進み具合に左右されるため、鉄道会社の案内をご確認ください。
Q箱根登山鉄道早川橋梁を渡る電車が窮屈そうに見えるのはなぜですか。
A明治21年当時の東海道本線が非電化だったため、トラスの高さが5,283ミリメートルしかないからです。架線位置を下げられる剛体架線を採用していますが、それでも電車はパンタグラフを折り畳んだ状態に近い形で通過します。

基本情報

名称箱根登山鉄道早川橋梁(はこねとざんてつどうはやかわきょうりょう)/通称・出山の鉄橋
所在地神奈川県足柄下郡箱根町塔之澤字臺ケ嶽192-7~大平台字吹付道下10-3
指定区分登録有形文化財(建造物)登録番号14-0026/近代化産業遺産
指定年1999年(平成11年)6月7日登録、同年7月19日告示(第17回登録)
員数1基
寸法鉄製ピン結合ダブルワーレントラス、径間長61.0メートル、トラス高5,283ミリメートル、河床からの高さ43メートル。明治21年製造、大正6年移設
所有者株式会社小田急箱根
公開状況現役の営業線として使用中。出山バス停付近から無料で見学可、通常運賃で乗車通過可。橋上への立ち入りは不可

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)箱根登山鉄道早川橋梁
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00001105
文化遺産オンライン(国立文化財機構)箱根登山鉄道早川橋梁
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/147715
選奨土木遺産「箱根登山鉄道」解説シート/土木学会
https://committees.jsce.or.jp/heritage/node/48
歴史的鋼橋集覧/土木学会
https://library.jsce.or.jp/jscelib/committee/2003/bridge/brtop.htm
早川橋梁(小田急箱根鉄道線)/ウィキペディア日本語版
https://ja.wikipedia.org/wiki/早川橋梁_(小田急箱根鉄道線)

最終更新日: 2026.08.13