移築されてここに在る建物
箱根湯本ホテル暁亭は、神奈川県足柄下郡箱根町湯本茶屋字観音沢182-7にある木造平屋建の別荘建築で、文化庁のデータベースは年代を大正末期、移築を昭和62年(1987年)とし、平成17年(2005年)7月12日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。現在はそば店「箱根暁庵本店 暁亭」として営業している。三つの名がいずれも現役で使われている点に注意したい。登録名は2005年当時の所有者であったホテルの名を残し、看板は「暁亭」、所有者は箱根暁庵株式会社である。
建物は須雲川の右岸に建ち、対岸に湯坂山を望む。登録上の要目は簡潔である。木造平屋建、桟瓦葺、寄棟造、建築面積150平方メートル。文化庁の解説文はその均衡を評価し、「たちを低く抑えた端正な外観」と記す。玄関から正面に延びる廊下の南側に部屋が連続して配され、内部は杉皮張の腰壁などをあしらった数寄屋風のつくりである。
登録内容のうち一点、注意を促しておきたい。本稿と同じ神奈川県の5件のうち、登録基準を「造形の規範となっているもの」とするのはこの建物だけである。他は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」もしくは「再現することが容易でないもの」による登録であった。前者は文脈ではなく質そのものへの評価であり、大工仕事の水準が保存に値すると判断されたことを示している。
由来と、決着していない建築年
所有者側が伝える来歴は次のとおりである。明治40年(1907年)、古希を迎えた元勲・山縣有朋が小田原の西郊、板橋の地に別荘「古稀庵」を建てた。その一郭に、貞子夫人のために設けられたのがこの離れ家であった。昭和末期に取り壊される運命にあったところ、当時建物を取得した箱根湯本ホテルが、須雲川に面し湯坂山を望む現在地へ移築し、「暁亭」として今日に至る。
これにさらに一層を重ねる伝承もある。その離れ家自体が移築されたもので、もとは東京・日本橋にあった商家の離れを、古材を生かして古稀庵に組み直したものだという。天井高が低めで柱もやや細いという来店者の指摘は、先行する建物の部材を転用したという説明と整合する。
ただし文化庁データベースは最初の年代を支持していない。時代を「大正」、年代を「大正末期」、西暦を1912年から1925年の幅で記録し、移築を昭和62年としている。所有者側の説明は明治40年、すなわち明治期の建築である。この差は端数の処理では埋まらない。およそ20年の隔たりがある。この建物の建築年を引用する際には、どちらの資料に拠ったかを明記すべきである。本稿は一次資料である文化庁データベースを採り、所有者側の説明は伝承として併記する立場をとる。
古稀庵との関係そのものは、建築年ほどには争われていない。ただしこれも伝承に基づくものであって、登録記載事項ではない。古稀庵は小田原に現存し、斜面地に借景を組み込んだその庭園は、複数の邸宅で自ら作庭に関与した山縣有朋にゆかりの作として知られている。
もう一点、訂正しておきたいことがある。二次資料でほぼ例外なく生じている誤りである。飲食店情報のほとんどが、この建物を国の文化財に「指定された」と記す。正しくは「登録」である。指定は文化財保護法に基づく重要文化財等への措置で、現状変更に強い規制がかかる代わりに手厚い保護がなされる。登録は平成8年(1996年)に創設された、活用を続ける建造物のための緩やかな制度であり、この建物が置かれている状況そのものにあたる。重要文化財の内部で昼食をとれる例は稀だが、登録有形文化財ではそれが通常であり、制度が想定するところでもある。
食べながら見る
暁亭は令和5年(2023年)10月1日、修繕工事を経てリニューアルオープンし、隣接していた旧店舗に代わって箱根暁庵の本店となった。蕎麦は毎朝石臼で自家製粉し、箱根の水で打つ。
営業は11時から20時、ラストオーダー19時30分、定休日は水曜日。予約は夜営業のみ受け付けるため、昼は先着順となり、繁忙期には待ちが出る(整理券の発券機が置かれている)。ざる蕎麦が1,200円。セットは暁庵セット3,500円から、夜の部限定のそば御膳4,500円、暁夕膳5,500円へと上がる。暁夕膳は箱根西麓牛のローストか神奈川県産やまゆりポークのつゆしゃぶを強肴に据える。英語・中国語のメニューが公式サイトからPDFで公開されており、日本語を解さない同行者を案内しやすい文化財でもある。
南側の席に着けば、解説文が書いていることが目の前で起こる。玄関から廊下がまっすぐ延び、その南側に部屋が並ぶ。ガラスの向こうで庭が須雲川へ下り、背後に湯坂山が立つ。座ったら壁の足元を見てほしい。杉皮張の腰壁は文化庁の解説文がわざわざ挙げた部分で、繊維質のやわらかく不揃いな面を、着座した客の目線がちょうど落ちる高さに置く数寄屋の手法である。
アクセスは徒歩ではなく短いバス移動になる。箱根湯本駅から箱根登山バス・オレンジバスの滝通り行きに乗り「遊心亭」下車、徒歩1分。または箱根旧街道線の畑宿行・元箱根港行に約5分乗車して「台の茶屋」下車、徒歩10分。車の場合、混雑時には第二駐車場が用意されている。営業中の飲食店であるため入館料の設定はなく、そばの代金が入場料にあたる。店内の撮影は、他の客への配慮の範囲で常識的に行いたい。
Q&A
- 箱根湯本ホテル暁亭の内部に入ることはできますか。
- 食事をすれば入れます。建物はそば店「箱根暁庵本店 暁亭」として営業しており、11時から20時(ラストオーダー19時30分)、水曜定休です。別途の拝観料やガイドツアーはなく、最も手軽なのはざる蕎麦1,200円です。予約は夜営業のみ受け付けています。
- 箱根湯本駅から箱根湯本ホテル暁亭へはどう行けばよいですか。
- 箱根湯本駅からオレンジバス・滝通り行きに乗り「遊心亭」下車、徒歩1分です。または箱根登山バス旧街道線の畑宿行・元箱根港行に約5分乗車し「台の茶屋」下車、徒歩10分。駐車場があり、混雑時には第二駐車場も利用できます。
- 箱根湯本ホテル暁亭はいつ建てられたのですか。
- 資料によって約20年の開きがあります。文化庁の国指定文化財等データベースは大正末期(西暦1912年から1925年の幅)とし、現在地への移築を昭和62年(1987年)とします。一方、所有者側は明治40年(1907年)、小田原の山縣有朋別邸「古稀庵」の離れ家として建てられたと説明しています。一次資料は前者です。引用の際はどちらに拠ったかを明記してください。
- 箱根湯本ホテル暁亭は重要文化財ですか。
- 重要文化財ではありません。登録有形文化財(建造物)で、登録番号14-0119、平成17年(2005年)7月12日登録、同年8月2日告示です。飲食店情報の多くが「指定」と記していますが、正しくは「登録」です。登録は平成8年に創設された、活用を続ける建造物のための制度です。
- 箱根湯本ホテル暁亭で見るべき点はどこですか。
- 文化庁の解説文が挙げる三点です。たちを低く抑えた寄棟造桟瓦葺の外観の均衡。玄関から正面に延びる廊下と、その南側に連続する部屋の配置。そして杉皮張の腰壁をはじめとする数寄屋風の内部意匠です。南側の席からは庭越しに須雲川と湯坂山が望めます。
基本情報
| 名称 | 箱根湯本ホテル暁亭(はこねゆもとほてるあかつきてい)/現・箱根暁庵本店 暁亭 |
|---|---|
| 所在地 | 神奈川県足柄下郡箱根町湯本茶屋字観音沢182-7 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)登録番号14-0119、登録基準「造形の規範となっているもの」 |
| 指定年 | 2005年(平成17年)7月12日登録、同年8月2日告示(第46回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造平屋建、寄棟造桟瓦葺、建築面積150平方メートル。文化庁記載の年代は大正末期(1912年~1925年)、昭和62年移築 |
| 所有者 | 箱根暁庵株式会社 |
| 公開状況 | そば店として営業(11時~20時、ラストオーダー19時30分、水曜定休)。拝観料の設定なし。予約は夜営業のみ。英語・中国語メニューあり |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)箱根湯本ホテル暁亭
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004733
- 文化遺産オンライン(国立文化財機構)箱根湯本ホテル暁亭
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/184643
- 箱根暁庵 公式サイト「箱根暁庵 暁亭」
- https://akatsukian.jp/shop-akatsukitei/
- 箱根暁庵本店 暁亭/箱根ナビ(箱根町観光)
- https://www.hakonenavi.jp/spot/1188
- 暁亭リニューアルオープンのお知らせ/箱根ナビ
- https://www.hakonenavi.jp/event/20391
最終更新日: 2026.08.13