別荘建築が本堂になるまで

正眼寺本堂(旧今村繁三別荘)は、神奈川県足柄下郡箱根町湯本にある臨済宗大徳寺派正眼寺の本堂で、明治37年(1904年)頃に銀行家・今村繁三の別荘として建てられ、昭和7年(1932年)に現在地へ移築されたのち、平成14年(2002年)2月14日に国の登録有形文化財となった。

旧東海道の南側、湯本の集落から一段上がった傾斜地に建つ。木造平屋建、銅板葺、建築面積207平方メートル。平面は正方形で、屋根は入母屋造とする。

正眼寺は慶応4年(1868年)の箱根の戦火で堂宇の大半を失っている。以後どのような建物を本堂に充てていたのかは判然としない。昭和7年、湯本にあった今村家の別荘が解体され、境内へ運び上げられて組み直された。避暑のために設計された住宅が、そのまま仏事の場に転用されたことになる。

今村繁三(1877年生、1956年没)は、同時代の日本の銀行家としては珍しい経歴を持つ。英国ケンブリッジのリース校からケンブリッジ大学へ進み、明治35年(1902年)に父・清之助の死を受けて帰国、26歳で今村銀行の頭取に就いた。中村彝ら画家の支援者として知られ、中村春二・岩崎小弥太とともに成蹊学園の創立にも関わっている。箱根の別荘は、その経済力と趣味が重なった位置にある。

「指定」ではなく「登録」であること

国宝・重要文化財は指定制度によるもので、現状変更には許可を要し、修理にも国が直接関与する。これに対し登録有形文化財は平成8年(1996年)に始まった別系統の制度で、おおむね築50年以上の建造物を対象とし、改変は許可ではなく届出で足りる。建物を使い続けながら残すことに主眼がある。

正眼寺本堂の登録番号は14-0066、第32回登録にあたる。官報告示は平成14年3月12日。適用された登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。西隣に並ぶ庫裏も同日付で14-0067として登録された。

文化庁の解説は、この建物の外観を寺院建築ではなく別荘建築として説明している。登録の理由もそこにある。明治期の別荘がこの規模と仕上げのまま現役で残る例は箱根でも限られ、残ったものの多くは、なんらかの形で第二の用途を得ることで生き延びている。

建物を読む

三方に一間幅の畳廊下をめぐらせ、その外側にさらに半間幅の縁を設ける。仏堂であれば板縁一列で用は足りる。ここでは内と外の境界が二重に引かれ、しかも内側の一列は畳敷きで、そこに座ることを前提としている。庭を眺めるための構えであり、この一点で建物の出自が知れる。

外装は真壁とし、一部に押縁下見板を張る。柱と貫を見せる真壁の面と、細い押縁で横板を押さえた下見の面が並び、壁面に質の異なる二つの表情が生まれる。

内部では欄間に意匠が凝らされている。座敷の連なりは本格的な書院造の作法に従い、上段下段の格を意識した室の配置をとる。武家住宅の接客形式が、明治の実業家の別荘を経て、そのまま禅寺の本堂に持ち込まれた形である。

堂内には金箔彩色の襖絵がある。「唐美人図」「四季草花図」各4面からなり、平成12年(2000年)12月8日に箱根町の指定文化財となった。地元では江戸時代の狩野派の筆と伝わるが、国のデータベースはこの点に触れておらず、伝承として扱うのが妥当だろう。公開は春秋の彼岸の期間に限られる。

訪ねる

境内は無料で開放されており、本堂は外から間近に見ることができる。箱根ナビの案内では開門は午前8時から午後4時、無休。ただし同じサイトの別ページには午前9時と記載があり、記述が一致しない。時間に余裕のない場合は寺(0460-85-5638)に確認しておきたい。

箱根湯本駅からは南西へおよそ850メートル、徒歩15分ほど。終盤に上り坂がある。箱根登山バスK路線なら「曽我堂上」まで約4分、下車してすぐ門前に着く。車では西湘バイパス箱根口インターチェンジから10分程度。

本堂は現役の堂宇である。法要が営まれる建物であり、平常時に内部は公開されない。襖絵を見るなら彼岸の公開に合わせるほかない。境内からの外観撮影を制限する掲示は見当たらないが、法要中は控えるべきで、当日の寺の案内に従うことになる。

本堂の背後から山道が曽我堂へ続く。建久4年(1193年)の曽我兄弟の仇討ちを供養する堂で、安置される二軀の木造地蔵菩薩立像は神奈川県指定(昭和38年)と箱根町指定(平成6年)を受けている。参道脇の石造大地蔵は、小田原城主稲葉氏の菩提寺だった紹太寺から移されたもの。境内には寺としては珍しい足湯があり、4月上旬には枝垂れ桜が咲く。旧街道を少し下れば、北条早雲の菩提寺である早雲寺に至る。

Q&A

Q正眼寺本堂(旧今村繁三別荘)は拝観できますか。拝観料はかかりますか。
A境内は無料で開放され、本堂の外観は間近に見学できます。堂内は法要に使われる現役の建物のため、平常時は公開されていません。箱根ナビの案内では開門は午前8時から午後4時、無休ですが、同サイトの別ページには午前9時とあり記述が分かれます。0460-85-5638へ事前確認をおすすめします。
Q正眼寺本堂はなぜ「旧今村繁三別荘」と呼ばれるのですか。
Aもともと銀行家・今村繁三(1877年生、1956年没)の別荘として明治37年(1904年)頃に建てられた建物だからです。昭和7年(1932年)に正眼寺が譲り受け、解体して現在地に移築し、本堂としました。国の登録名称も両方の名を併記しています。
Q正眼寺本堂の金箔彩色襖絵はいつ見られますか。
A春と秋の彼岸の期間に一般公開されます。「唐美人図」「四季草花図」各4面からなり、平成12年12月8日に箱根町指定文化財となりました。公開日は彼岸の日付に合わせて動くため、訪問前に寺へ問い合わせてください。
Q正眼寺本堂へは箱根湯本駅からどう行きますか。
A徒歩なら南西へ約850メートル、15分ほどです。終盤に上り坂があります。バスは箱根登山バスK路線で「曽我堂上」下車、所要約4分で門前に着きます。車の場合は西湘バイパス箱根口インターチェンジから約10分です。
Q正眼寺本堂は重要文化財ですか。
Aいいえ、登録有形文化財です。登録制度は平成8年に始まった制度で、築50年程度以上の建造物を対象とし、改変は許可ではなく届出によります。使いながら残すことを前提とする点が、許可制の重要文化財・国宝とは異なります。登録番号は14-0066です。

基本情報

名称正眼寺本堂(旧今村繁三別荘)
所在地神奈川県足柄下郡箱根町湯本562
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号14-0066 第32回登録
指定年平成14年(2002年)2月14日登録/同年3月12日告示
員数1棟
寸法木造平屋建、銅板葺、建築面積207平方メートル
所有者宗教法人正眼寺
公開状況境内は無料開放(開門8時から16時、無休。別記載に9時開門あり)。堂内は平常非公開、襖絵は春秋の彼岸に公開。電話0460-85-5638

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)正眼寺本堂(旧今村繁三別荘)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00002622
文化遺産オンライン(文化庁)正眼寺本堂(旧今村繁三別荘)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/167932
箱根町「箱根の文化財一覧」
https://www.town.hakone.kanagawa.jp/www/contents/1100000001775/index.html
箱根町「文化財指定・登録状況」(PDF)
https://www.town.hakone.kanagawa.jp/www/contents/1748314597192/simple/20250527_1317.pdf
箱根ナビ「正眼寺」
https://www.hakonenavi.jp/spot/1149

最終更新日: 2026.08.13