1合の硯箱 ― 1951年に国宝
籬菊螺鈿蒔絵硯箱は、神奈川県の鶴岡八幡宮が所有する鎌倉時代の工芸品で、1899年(明治32年)8月1日に重要文化財となり、1951年(昭和26年)6月9日に国宝に指定された。員数は1合である。
寸法は縦28.8センチメートル、横24.2センチメートル、高さ5.5センチメートルとされる。文化庁データベースの所在地の欄は空で、宝相華蒔絵経箱、赤絲威鎧、天寿国繡帳残闕に続いて4件目になる。
国宝となった1951年6月9日は、古今和歌集巻第廿(高野切本)、二つの曜変天目茶碗、太刀〈銘三条〉と同じ日である。
記録に、ローマ字と表記ゆれが入っている
籬菊螺鈿蒔絵硯箱の品質・形状の欄に、二つの乱れがある。
一つ目は、蓋表は沃懸地に籬に菊を主題として、前景に岩と小草を、菊枝や空間に小鳥を配す。jこれらを螺鈿で表し、という箇所である。
「j」という文字が文の頭に入っている。日本語の文中にローマ字が紛れ込んでいる。
蝶螺鈿蒔絵手箱では、蝶とあるべき箇所が「tひょう」となっていた。ローマ字の混入は、これで二例目になる。
二つ目は覆輪の書き方である。同じ記録のなかで、銀覆輪をつけ、と書かれる箇所と、銀複輪をつけ、と書かれる箇所がある。
覆と複が混ざっている。表記が揃っていない例で、本稿は覆輪と解して記す。
取り除かなければ見えない底にも、同じ文様がある
籬菊螺鈿蒔絵硯箱の装飾が及ぶ範囲は、細かく記される。
蓋裏・身の内面は全面金梨子地とし、研出蒔絵で蓋表と同様の文様を表している、とある。
内部には、中央に銀覆輪のある硯と、枝菊の浮彫がある銀地鍍金の水滴を置く。その左右に懸子造りの筆舟があり、内底に籬に菊の蒔絵がある、と続く。
そして、懸子を取除いた身の底にも同じ図様の蒔絵がある、と記される。
懸子は箱の上段にはめ込む浅い容器をいう。それを外さなければ見えない底にまで、同じ文様が描かれている。
宝相華蒔絵経箱では蓋の裏まで文様が及んでいた。本件はさらに一段深く、部品を外した先にまで及んでいる。
失われた対の手箱が、絵として市の文化財になっている
籬菊螺鈿蒔絵硯箱に関連する物件に、絵がある。
紙本著色 籬菊螺鈿蒔絵手箱図は、江戸時代の紙本著色で全十六紙、縦39.0センチメートル、横27.3センチメートルの一巻である。2015年(平成27年)2月13日に鎌倉市の指定を受けている。
所在は神奈川県鎌倉市雪ノ下二丁目1番1号で、鶴岡八幡宮の住所にあたる。所有は鎌倉市である。
硯箱と同じ籬菊螺鈿蒔絵の名を持つが、こちらは手箱を描いた絵である。物そのものではない。
紙本墨画五部心観では原本が失われ模本が残り、喪乱帖では真筆が現存せず模本が国宝になった。それらは同じ分野のなかでの代替である。
本件は、硯箱が国宝、手箱を描いた絵が市の指定と、区分も分野も分かれている。物と、物を描いたものが、別々に文化財となっている。
鑑賞
所有は鶴岡八幡宮である。神社が保管する硯箱であり、常設で公開される性格のものではない。
形は、甲盛ある角丸の覆蓋造り、とされる。角が丸く、蓋がかぶさる造りである。
技法の重なりも記される。螺鈿で表し、部分的に螺鈿を切透かし、あるいは線刻を施して蒔絵し、花弁や羽などの細部を表現する、とある。
螺鈿を切り抜いたり線を刻んだりして、細かい部分を作っている。蝶螺鈿蒔絵手箱では技法と色が対応し、宝相華蒔絵経箱では部位で金銀が分かれていた。本件は一つの部分に技法が重ねられている。
評価は、鎌倉時代前期の蒔絵・螺鈿の代表的作品であると同時に、数少ない硯箱の遺例としても貴重である、とされる。展示の予定は変わることがあるため、訪問前に確認したい。
Q&A
- 籬菊螺鈿蒔絵硯箱はいつ指定されましたか。
- 1899年(明治32年)8月1日に重要文化財、1951年(昭和26年)6月9日に国宝へ指定されました。員数は1合、所有は鶴岡八幡宮です。
- 記録に誤りがあるのですか。
- 品質・形状の欄に「jこれらを螺鈿で表し」とローマ字が混入しています。また覆輪の表記が「銀覆輪」と「銀複輪」で揃っておらず、本稿は覆輪と解しています。
- 見えない部分にも装飾があるのですか。
- あります。文化庁は「懸子を取除いた身の底にも同じ図様の蒔絵がある」と記します。懸子は上段にはめ込む浅い容器で、外さなければ見えない底にまで文様が及んでいます。
- 同じ名の物件が他にもありますか。
- あります。紙本著色 籬菊螺鈿蒔絵手箱図が2015年に鎌倉市の指定を受けています。ただしこちらは手箱を描いた江戸時代の絵で、物そのものではありません。
- 何が評価されているのですか。
- 文化庁は「鎌倉時代前期の蒔絵・螺鈿の代表的作品であると同時に、数少ない硯箱の遺例としても貴重である」と記します。技法と、硯箱という種類の残り方の両方が挙げられています。
基本情報
| 名称 | 籬菊螺鈿蒔絵硯箱(まがきにきくらでんまきえすずりばこ)/鎌倉市指定の籬菊螺鈿蒔絵手箱図は手箱を描いた絵 |
|---|---|
| 所在地 | 文化庁データベースの所在地の欄は空。所有者は鶴岡八幡宮とされる |
| 指定区分 | 国宝(工芸品) |
| 指定年 | 1899年(明治32年)8月1日 重要文化財/1951年(昭和26年)6月9日 国宝 |
| 員数 | 1合 |
| 寸法 | 縦28.8センチメートル、横24.2センチメートル、高さ5.5センチメートル。甲盛ある角丸の覆蓋造りで銀覆輪をつける。蓋表は沃懸地に籬と菊を螺鈿で表し、蓋裏と身の内面は金梨子地に研出蒔絵。内部に硯・水滴・筆舟を備える。時代は鎌倉 |
| 所有者 | 鶴岡八幡宮 |
| 公開状況 | 神社が保管する硯箱で、常設の公開ではない |
参考文献
- 文化遺産オンライン 籬菊螺鈿蒔絵硯箱
- https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/197350
- 文化遺産オンライン 紙本著色 籬菊螺鈿蒔絵手箱図(鎌倉市指定)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/274416
- 鶴岡八幡宮 宝物
- https://www.hachimangu.or.jp/sightseeing/homotsu/
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/
最終更新日: 2026.09.06