五十嵐商店第一号倉庫―モルタルに刻まれた石の目地
秦野市本町、商家の敷地の後方中央に南を向いて建つ。木造二階建、建築面積27平方メートル。桁行三間、梁間二間の切妻造で、長い側の平から出入りする平入である。
外壁はモルタル仕上げ。ただし塗りっぱなしではない。まだ柔らかいうちに横と縦の線が引かれ、石を積んだような目地が刻まれている。石造ではない。石造に見せている。
扉口は三重になっていて、外側がモルタル仕上げの片引戸、その内側に板戸、さらに格子戸の片引きが入る。二階の南面には窓がひとつ、二本の柱に横木を渡した鳥居枠の形で穿たれている。
小屋組は登梁形式。梁を水平に架けて上に束を立てるのではなく、屋根の勾配に沿って梁そのものを傾けて架ける。小規模な建物を無駄なく架け渡すやり方で、内部から屋根裏の構成がそのまま読める。
国指定文化財等データベースは時代を昭和前、年代を昭和初期とし、西暦は1926年から1934年の幅で記す。年次を一点に絞っていない。
登録の理由と、登録という制度そのもの
登録は平成29年(2017年)10月27日、第88回登録で、登録番号は14-245。区分は登録有形文化財(建造物)である。国宝や重要文化財の「指定」とは別の法的枠組みだ。
文化財登録制度が創設されたのは1996年(平成8年)。指定が現状変更に文化庁長官の許可を要する強い規制であるのに対し、登録は築50年以上の建造物を対象に、外観の大きな変更について事前の届出を求めるにとどめる。設計の自由度を残したまま、税制上の優遇や修理の技術指導を用意する。急速に失われつつあった近代の建物を、指定の重い手続きを待たずに救い上げるための仕組みだった。
この倉庫に適用された登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。単体の造形的完成度ではなく、その建物が周囲とともにつくる景観を評価する基準である。
ここでいう「周囲」には来歴がある。大正12年(1923年)の関東大震災で、秦野の商業地・本町四ツ角周辺は火災により多くの建物を失った。復興にあたっては道路が拡幅され、土蔵や塗屋を焼かれた商人たちは耐火を意識してモルタルを選び、西洋古典様式やアールデコの意匠を取り入れた店舗を建てていった。敷地正面に建つ五十嵐商店店舗兼主屋は、木造三階建にモルタル洗出し、柱形と柱頭飾を備えた、その代表格として知られる。
第一号倉庫は、その論理を敷地の裏側で、はるかに安価に実行した建物といえる。柱形もなければ柱頭飾もない。目地を刻んだモルタルだけがある。
見どころ―表と裏の落差
秦野は丹沢の山裾に開けた町で、江戸末期から昭和初期にかけて葉たばこの生産で栄えた。その富が本町の街並みを整え、戦後も神奈川県内の他の町中心部に比べれば、古い建物がよく残った。近年の登録によって、五十嵐商店から歩いてまわれる範囲に登録有形文化財が増えている。
敷地は私有地であり、倉庫の内部は公開されていない。
一方で、店舗兼主屋の一階は喫茶店として使われてきた。荒物商だった当時の籠や日用雑貨が棚に並んだままの空間で、二階・三階は貸しスペースとして活用され、状況が合えば見学できると報じられている。個人が営む店であり、営業日や条件は変わりうる。訪ねる前に確認しておきたい。
注目したいのは、表と裏の落差そのものだ。正面はモルタル洗出しの端正な仕上げに柱形、彫るに値する柱頭飾。裏庭は同じ材料、同じ耐火意識でありながら、定規で目地を刻んで石造風に見せたところで手を止めている。
見られるための建物と、炭俵を湿らせずに置くための建物。その差が、同じ敷地に同じ材料で並んでいる。
目地に近づくと、仕掛けは崩れる。線が整いすぎている。段の高さが揃いすぎている。石工なら当然入れる隅の噛み合わせがない。それでいい。地方町の大工が、モルタルの桶と手道具だけで、十メートル離れれば石に見え、二メートルまで寄れば正直な左官仕事に戻る壁をつくった。
Q&A
- 第一号倉庫の内部は見学できますか。
- できません。敷地は個人所有で、後方に建つ倉庫群は非公開です。同じ敷地の正面にある店舗兼主屋の一階が喫茶店として営業してきたため、そちらが現実的な手がかりになります。
- 登録有形文化財と重要文化財はどう違うのですか。
- 登録は1996年に始まった比較的緩やかな保護制度で、築50年以上の建造物が対象です。外観の大きな変更は許可ではなく届出で足り、税制優遇や修理の技術指導が受けられます。重要文化財の指定は規制がはるかに厳格で、国家的に価値の高いものに限られます。
- 建てられた年は特定できていますか。
- 国のデータベースは昭和初期とし、西暦を1926年から1934年の幅で示すにとどめています。秦野市の解説も「昭和初期竣工」です。なお同じ敷地の店舗兼主屋の竣工年は資料によって大正14年とも昭和3年とも記され、一致していません。
- 鳥居枠の窓とは何ですか。
- 二本の縦材に横材を渡した、神社の鳥居に似た形の枠を持つ窓のことです。この倉庫では二階南面に一か所設けられ、その面で唯一まとまった開口部になっています。
- ほかの倉庫も登録されているのですか。
- はい。2017年の登録は「五十嵐商店店舗兼主屋ほか倉庫4棟」として行われ、第一号・第二号・第三号、そして第四号及び第五号(2棟で1件)が対象です。第四号・第五号のみ昭和12年(1937年)竣工で、ほかより新しくなります。
基本データ
| 名称 | 五十嵐商店第一号倉庫(いがらししょうてんだいいちごうそうこ) |
|---|---|
| 区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 2017年(平成29年)10月27日/第88回登録/登録番号 14-245 |
| 登録基準 | 国土の歴史的景観に寄与しているもの |
| 員数 | 1棟 |
| 構造及び形式 | 木造2階建、建築面積27平方メートル。桁行三間、梁間二間、切妻造、平入。外壁モルタル仕上げに目地を刻み石造風とする。小屋組は登梁形式 |
| 時代・年代 | 昭和前/昭和初期(1926年〜1934年) |
| 種別 | 産業3次/建築物 |
| 所在地 | 神奈川県秦野市本町二丁目2687 |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 内部非公開。敷地は私有地。正面の店舗兼主屋一階は喫茶店として営業してきたが、営業日等は事前確認が必要 |
| アクセス | 小田急小田原線 秦野駅から北東へ徒歩約5分 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)/五十嵐商店第一号倉庫
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00011906
- 文化遺産オンライン/五十嵐商店第一号倉庫
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/247351
- 秦野市公式ホームページ/五十嵐商店
- https://www.city.hadano.kanagawa.jp/soshiki/4/1019/8/5/3/2/1891.html
- 文化遺産オンライン/五十嵐商店店舗兼主屋
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/294810
最終更新日: 2026.07.16