重要文化財から国宝まで52年
絹本著色一遍上人絵伝〈法眼円伊筆〉は、神奈川県の清浄光寺が所有する絵巻で、1900年(明治33年)4月7日に重要文化財となり、1952年(昭和27年)3月29日に国宝に指定された。
重要文化財から国宝まで52年が経っている。ここまで扱った絵画の多くは重要文化財の欄が空欄で、重要文化財を経ずに国宝へ指定されていた。この物件は両方の欄が埋まっている。
1900年という指定年は、ここまでで最も古い部類にあたる。北野天満宮の1897年に次ぐ古さである。
全十二巻のうち、巻第七だけが別の所有者のもとにある
この絵巻には、別に記録された巻がある。
絹本著色一遍上人絵伝〈法眼円伊筆/巻第七〉という物件で、東京国立博物館にあり、所有は独立行政法人国立文化財機構である。1巻、鎌倉時代の1299年とされる。
その解説に、次の記述がある。全十二巻のうち、本図は近江の関寺から京都で念仏を広める巻第七にあたる。
十二巻のうち一巻だけが、別の所有者のもとにある。しかも国宝の指定日は本件と同じ1952年3月29日である。
絹本著色夏景山水図と絹本著色秋景冬景山水図も、同じ日に指定されながら所蔵先が分かれていた。この例は、一つの絵巻の途中の一巻だけが分かれている点が異なる。
制作の年が明記されている
巻第七の記録は、制作の事情も記す。
時宗開祖である一遍の伝記を描いたもので、一遍の没後十年にあたる正安元年(1299年)の作、法眼円伊筆とある。
年が特定され、しかも没後十年という基準まで示されている。作者名も名称の山括弧に入っている。
ここまで扱った絵画では、紙本金地著色松に草花図のように作者欄が空のものもあれば、紙本著色西行法師行状絵詞のようにト書に記されるものもあった。本件は名称そのものに作者が入る形式である。
作風については、やまと絵に宋元画技法を加味した作風で、精細に活写された背景描写も注目される、とされる。ただしこれは巻第七についての記述であり、本件の記録にあるものではない。
同名で巻数の違う絵巻がある
注意を要する点がある。「一遍上人絵伝」という名の絵巻は、これだけではない。
神戸市立博物館が所蔵する一遍上人絵伝断簡は、鎌倉時代のもので紙本著色、28.6センチメートル×49.1センチメートル、1幅である。その解説は、全十巻のうち第四巻第五段前半の断片とする。
本件が全十二巻であるのに対し、こちらは全十巻である。巻数が違う。名は同じでも、別の絵巻ということになる。
絹本と紙本という材質も異なる。本件は絹に描かれ、断簡は紙に描かれている。
絹本著色普賢延命像で同名の作品が三件あったのと同じく、名前だけでは物件を特定できない。巻数と材質、所有者で区別する必要がある。
模本は十二巻が揃っている
この絵巻には模本もある。
東京国立博物館が所蔵する一遍上人絵伝(模本)は、江戸時代の天保11年(1840年)、12巻である。
原本は巻第七だけが別の所有者のもとにあるが、模本は12巻が一つの記録にまとまっている。
模本の作者欄には、晴山養実、養福、糺晴岱養承、狩野藤太養長、岩崎如淵信盈、伊教模と六名が連記される。原本の作者が法眼円伊ひとりであるのに対し、写しは複数の手による。
絹本著色六道絵でも、模本が滋賀県の指定を受けていた。原本と写しがそれぞれ記録される例が、これで二件目になる。
所有は清浄光寺で、神奈川県藤沢市にある。寺が所蔵する絵巻であり、常設で公開される性格のものではない。絵巻は光に弱く、12巻すべてが同時に展示されるとは限らない。巻第七は東京国立博物館にあるため、全巻が一堂に会する機会はさらに限られる。
Q&A
- 絹本著色一遍上人絵伝はいつ指定されましたか。
- 1900年(明治33年)4月7日に重要文化財、1952年(昭和27年)3月29日に国宝へ指定されました。両者のあいだは52年で、所有は神奈川県の清浄光寺です。
- 全部が同じ場所にあるのですか。
- いいえ。全十二巻のうち巻第七だけが東京国立博物館にあり、所有は独立行政法人国立文化財機構です。国宝の指定日は本件と同じ1952年3月29日です。
- いつ描かれたものですか。
- 巻第七の記録に「一遍の没後十年にあたる正安元年(1299)の作で、法眼円伊筆」とあります。年が特定され、没後十年という基準まで示されています。
- 同じ名前の絵巻が他にもあるのですか。
- あります。神戸市立博物館の一遍上人絵伝断簡は全十巻のうちの断片とされ、紙本著色です。本件は全十二巻で絹本著色ですから、巻数も材質も異なる別の絵巻になります。
- 模本もあるのですか。
- あります。東京国立博物館の一遍上人絵伝(模本)は天保11年(1840年)の12巻で、作者欄に六名が連記されます。原本の作者が法眼円伊ひとりであるのに対し、写しは複数の手によります。
基本情報
| 名称 | 絹本著色一遍上人絵伝〈法眼円伊筆〉(けんぽんちゃくしょくいっぺんしょうにんえでん) |
|---|---|
| 所在地 | 神奈川県。所有者は清浄光寺 |
| 指定区分 | 国宝(絵画)/巻第七は東京国立博物館にあり別の物件/模本も別に記録される |
| 指定年 | 1900年(明治33年)4月7日 重要文化財/1952年(昭和27年)3月29日 国宝 |
| 員数 | 全12巻のうち、巻第七は別の物件として記録される |
| 寸法 | 文化庁は寸法を記していない。巻第七の記録によれば、一遍の没後10年にあたる1299年の作で法眼円伊筆、やまと絵に宋元画技法を加味した作風とされる。鎌倉時代 |
| 所有者 | 清浄光寺 |
| 公開状況 | 寺が所蔵する絵巻で、常設の公開ではない。巻第七は所蔵先が異なる |
参考文献
- 文化遺産オンライン 絹本著色一遍上人絵伝〈法眼円伊筆/巻第七〉
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/149621
- 文化遺産オンライン 一遍上人絵伝(模本)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/484242
- 文化遺産オンライン 一遍上人絵伝断簡
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/410835
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/
最終更新日: 2026.09.05