逸見の丘に立つ二基の供養塔と三浦安針の数奇な生涯

横須賀の港を見下ろす塚山公園の奥、樹々に囲まれた一画に、二基の石塔が並んで立つ。右が凝灰岩、左が安山岩。形は江戸期に多く造られた宝篋印塔である。日本名で三浦安針と呼ばれた英国人ウィリアム・アダムスと、その妻女の供養塔である。アダムスは慶長5年(1600年)に日本にたどり着き、徳川家康に仕えて旗本格の処遇を受け、この三浦郡逸見村に領地を与えられた。

大正12年(1923年)3月7日、「墳墓及び碑」として国の史跡に指定された。指定名称は「三浦安針墓」だが、地元の解説板や駅名などでは「按針塚」と書かれる場合が多い。「按針」とは、当時の日本語で水先案内人を指す呼称である。

ケントの船大工から家康の顧問へ

アダムスは1564年、イングランド南東部ケント州のジリンガムに生まれた。12歳から船大工に弟子入りし、のちに海軍に身を投じて航海長や船長を務めた。1598年、オランダの東洋探検船隊の水先案内人としてリーフデ号に乗り組み、ロッテルダムを発って大西洋から太平洋を横断する大航海に挑んだ。出発時5隻あった船団のうち、日本沿岸にたどり着いたのはリーフデ号一隻のみ。慶長5年、生き残った24名と共に豊後国臼杵の佐志生(現在の大分県臼杵市)に漂着した。

関ヶ原合戦を半年後に控えた家康は、大坂城にアダムスを召し出した。ヨーロッパの政治情勢、地理、造船技術について繰り返し問いただし、ついに帰国を許さなかった。アダムスは外交・通商の顧問として信任を得て、伊豆の伊東で西洋型帆船の建造を指揮した。平戸に開かれた英国東インド会社の商館設立にも、その助言が役立っている。

三浦安針という名の由来

家康はアダムスに、領地のあった三浦半島から「三浦」の姓を、職能を表す「按針」の名を与えた。横須賀市文化財解説では、知行は逸見村に220石とされる。一方、按針塚の傍らに立つ「横須賀風物百選」の解説碑には250石とあり、史料によって数字に揺れがある。江戸日本橋にも屋敷を持ち、屋敷周辺の町は後に「按針町」と呼ばれた。

アダムスは日本橋大伝馬町の名主・馬込勘解由の娘を妻とし、ジョセフとスザンナという一男一女をもうけた。英国本国に残してきた家族との関係は今も研究の対象だが、東インド会社の記録によれば、生涯にわたって本国へ送金を続けていたという。

江戸を望む地に建てられた宝篋印塔

元和2年(1616年)に家康が没すると、アダムスの地位は次第に弱まった。晩年は朱印船による私的な交易航海に従事し、元和6年(1620年)5月16日、平戸の豪商・木田弥次右衛門宅で病没した。享年57。

逸見の二基の宝篋印塔は埋葬墓ではなく、供養塔と考えられている。右の凝灰岩がアダムス本人の塔、左の安山岩が妻の塔である。「我死せば、東都を一望すべき高敞の地に葬るべし」というアダムスの遺言に従い、江戸を望むこの地に建てられたと伝わる。明治38年(1905年)にはこれとは別に、英文と和文を刻んだ顕彰碑が近くに建てられている。

塚山公園と按針祭

供養塔の建つ塚山公園は標高133メートル。「かながわの景勝50選」にも数えられている。見晴台や港が見える丘からは、横須賀港、猿島、対岸の房総半島まで見渡せる。春の桜、初夏のあじさい、冬の澄んだ眺望と、訪れる季節によって表情が変わる。

毎年4月初旬には「三浦按針祭観桜会」が開かれ、英国大使館関係者や地元市民が供養塔の前に集う。逸見の浄土寺にはアダムスゆかりの品々が伝わっており、合わせて訪ねたい。

京浜急行の駅名「安針塚」は、この供養塔に由来する。京急安針塚駅から徒歩約20分、京急逸見駅からは約25分。最後の登り道は傾斜があるため、歩きやすい靴で訪れたい。

Q&A

Qウィリアム・アダムスは本当にここに埋葬されているのですか。
Aいいえ。アダムスは平戸(現・長崎県平戸市)で亡くなり、遺骸もそちらにあるとされます。逸見の二基の宝篋印塔は埋葬墓ではなく供養塔で、本人の遺言により江戸を望むこの地に建てられたと伝わっています。
Q「三浦安針」と「三浦按針」、どちらが正しい表記ですか。
A水先案内人を意味する「按」の字が歴史的には正しいとされます。ただし、国による史跡指定の名称は「三浦安針墓」となっており、文化庁データベース上もこの表記です。一方、地元自治体や観光案内、京急の駅名などでは「按針」の表記が一般的です。
Q小説『将軍』のモデルになった人物ですか。
Aはい。ジェームズ・クラベルが1975年に発表した『SHŌGUN 将軍』、およびその映像化作品の主人公ジョン・ブラックソーンは、ウィリアム・アダムスをモデルにした人物です。主君トラナガは徳川家康をもとに造形されています。
Qどの季節に訪れるのがおすすめですか。
A桜が咲き「按針祭」が開かれる3月下旬から4月上旬がもっとも賑わいます。冬の晴れた日は対岸の房総半島まではっきり望めるため、眺望が目当てなら冬の訪問もおすすめです。
Qあわせて訪ねるとよい場所はありますか。
Aアダムスゆかりの品を所蔵する逸見の浄土寺、横須賀中心部のヴェルニー公園、海軍ゆかりの三笠公園などが、徒歩や短距離の移動で巡れる範囲にあります。

基本情報

名称三浦安針墓(みうらあんじんのはか)
指定国指定史跡(指定基準:七 墳墓及び碑)
指定年月日大正12年(1923年)3月7日
所在地神奈川県横須賀市西逸見町(神奈川県立塚山公園内)
形状宝篋印塔二基(右:凝灰岩、ウィリアム・アダムス/左:安山岩、夫人)
アクセス京急本線「安針塚駅」徒歩約20分/「逸見駅」徒歩約25分
開園時間塚山公園は終日開放(自由散策・入園無料)
駐車場なし(公共交通機関の利用を推奨)
主な行事三浦按針祭観桜会(4月上旬)

参考文献

国指定文化財等データベース「三浦安針墓」(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/774
横須賀市「三浦安針墓(みうらあんじんのはか)」
https://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/8120/bunkazai/kuni09.html
横須賀市観光情報「塚山公園」
https://www.cocoyoko.net/spot/tukayama-park.html
横須賀市観光情報「安針塚」
https://www.cocoyoko.net/spot/anzinduka.html
神奈川県立塚山公園 公式ウェブサイト
https://www.kanagawa-park.or.jp/tsukayama/

最終更新日: 2026.05.27