四将像の一幅 ― 1966年に国宝
絹本著色金沢貞顕像は、神奈川県横浜市金沢区の称名寺が所有する鎌倉時代の肖像画で、1900年(明治33年)4月7日に重要文化財となり、1966年(昭和41年)6月11日に国宝に指定された。
重要文化財から国宝まで66年が経っている。同じ称名寺に伝わる北条実時像、北条顕時像、金沢貞将像も、指定の日はすべて同じである。
四幅は「四将像」と呼ばれ、金沢北条氏の一門四代を描く。本件はそのうちの貞顕像にあたる。
一つの記録が、群全体を代表している
四将像は四幅とも別々の物件として記録されている。ところが解説は、そのうちの一つにしか書かれていない。
文化遺産オンラインで検索できるのは北条実時像の記録のみで、そこに四将像全体の説明がある。本図は「四将像」の名で金沢北条氏の菩提寺、称名寺に伝わったもので、歴史上著名な武人の一門四代にわたる肖像画として、文化史的にもきわめて価値の高いものである、とある。
本件を含む他の三幅について、同じ内容の解説は見当たらない。四幅を代表して、実時像の記録が群全体を語っている。
紙本墨画鳥獣人物戯画では、本体の記録が一文で、断簡の記録に詳しい説明があった。紙本著色西行法師行状絵詞でも同じ構造だった。この例は、同格の四幅のうち一幅だけが説明を担っている点で異なる。
どれか一つを読まなければ、群の性格が分からないことになる。
附指定の人物が、この像の人物を基準に説明される
実時像の記録には、附指定についての記述がある。
なお、附指定された顕弁像は貞顕の兄に当たり、鶴岡八幡宮の別当として僧正にまでなった人である、とある。
顕弁が誰であるかを説明するのに、貞顕が基準として使われている。貞顕の兄、という位置づけである。
四将像には実時、顕時、貞顕、貞将の四人がいる。そのうち貞顕が、附指定の人物を説明する基準に選ばれている。
顕弁は僧であり、四将が武人であるのに対して唯一の例外にあたる。血縁で四将とつながることが、指定の範囲に加えられた理由と考えられるが、記録は理由を述べていない。
「像主の生存年代に近く」
評価の言葉は四幅に共通する。
画像の製作時期はいずれも像主の生存年代に近く、描写もすぐれ、鎌倉時代の代表的作品である、とある。
いずれも、という語が使われている。四幅すべてについて、制作の時期が描かれた人物の生存年代に近いとされている。
四代にわたる一門を描くのだから、四幅の制作時期にも幅があるはずである。それぞれが像主の生存年代に近いということは、代ごとに描かれたことを意味する。
一度にまとめて描かれたのではなく、代を重ねながら描き足されたことになる。ただし文化庁は制作の年を記していない。
鑑賞
所有は称名寺で、神奈川県横浜市金沢区にある。寺が所蔵する絵画であり、常設で公開される性格のものではない。
絵は光に弱く、公開期間が限られるのが通例である。四将像は四幅が別々の記録をもつため、揃って展示されるとは限らない。
附指定の顕弁像を含めれば五幅になる。すべてが一堂に会する機会はさらに限られる。
同じ寺の称名寺境内は史跡に指定されており、称名寺聖教/金沢文庫文書も別に記録されている。絵画、境内、文書がそれぞれ別の物件として扱われている。
Q&A
- 絹本著色金沢貞顕像はいつ指定されましたか。
- 1900年(明治33年)4月7日に重要文化財、1966年(昭和41年)6月11日に国宝へ指定されました。両者のあいだは66年で、所有は神奈川県横浜市金沢区の称名寺です。
- 四将像とは何ですか。
- 北条実時像の記録に「本図は『四将像』の名で金沢北条氏の菩提寺、称名寺に伝わったもので、歴史上著名な武人の一門四代にわたる肖像画」とあります。実時、顕時、貞顕、貞将の四人を描き、本件はそのうちの貞顕像です。
- なぜ実時像の記録を引くのですか。
- 四幅は別々の物件として記録されていますが、四将像全体の説明は実時像の記録にしか見当たりません。四幅を代表して、一つの記録が群全体を語っています。
- 附指定されているものはありますか。
- 顕弁像が附として指定されています。実時像の記録は「顕弁像は貞顕の兄に当たり、鶴岡八幡宮の別当として僧正にまでなった人」とし、顕弁を説明するのに貞顕を基準としています。
- 四幅は同時に描かれたのですか。
- 文化庁は「画像の製作時期はいずれも像主の生存年代に近く」と記します。四代を描く以上、制作時期にも幅があるはずで、代ごとに描かれたことになります。ただし制作の年は記されていません。
基本情報
| 名称 | 絹本著色金沢貞顕像(けんぽんちゃくしょくかねさわさだあきぞう) |
|---|---|
| 所在地 | 神奈川県横浜市金沢区。所有者は称名寺 |
| 指定区分 | 国宝(絵画)/四将像のうちの一幅で、他の3幅も別に記録される/顕弁像が附指定 |
| 指定年 | 1900年(明治33年)4月7日 重要文化財/1966年(昭和41年)6月11日 国宝 |
| 員数 | 1幅 |
| 寸法 | 文化庁は寸法を記していない。実時像の記録によれば、四将像は金沢北条氏の一門4代にわたる肖像画で、製作時期はいずれも像主の生存年代に近いとされる。鎌倉時代 |
| 所有者 | 称名寺 |
| 公開状況 | 寺が所蔵する絵画で、常設の公開ではない。4幅が揃って展示されるとは限らない |
参考文献
- 文化遺産オンライン 絹本著色北条実時像(四将像の記述を含む)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/188686
- 文化遺産オンライン 称名寺境内
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/171785
- 文化遺産オンライン 称名寺聖教/金沢文庫文書
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/390121
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/
最終更新日: 2026.09.05