昭和7年、逗子海岸近くの平明な住宅

須藤家住宅主屋は、神奈川県逗子市新宿二丁目2132にある昭和7年(1932年)建築の木造2階建住宅で、令和4年(2022年)2月17日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。登録番号は14-0308。現在も個人の住宅であり、見学はできない。

逗子海岸から少し内陸に入った位置に建つ。建築面積138平方メートル、屋根はスレート葺。外観は意識的に抑制されている。軒の出を押さえ、窓庇を水平に連続させる。文化庁の解説文はこれを「意匠平明」と表現する。建築評価の語彙において、この語は否定ではなく肯定である。

内部の平面が興味深い。東を玄関とし、建物を中廊下が貫く。玄関脇に洋室の応接、南面中央には続き座敷と広縁を配して庭を臨み、南西に洋室の書斎を置く。二階は洋室と和室を東西に並べる。

この組み合わせに、戦前期の中流住宅史が凝縮されている。中廊下型の平面は大正期の住宅改良運動が推したもので、各室が廊下から独立して出入りできる構成は、部屋から部屋へ通り抜ける旧来の続き間形式より合理的かつ衛生的だとされた。ところが南面は旧来のままである。続き座敷と広縁が庭に向かって開く。須藤家住宅主屋は二つの方式のどちらかを選ばなかった。両方を同時に走らせた。そして当時の多くの家がそうしていた。

主屋の背後に建つ8.8平方メートル

同じ日に、敷地内のもう一棟が登録されている。須藤家住宅旧ボイラー室、登録番号14-0309。木造平屋建、鉄板葺、建築面積8.8平方メートル。昭和21年(1946年)頃の建築で、切妻造平入の東西棟、南に戸口を設け、三面に高窓を開き、外壁は下見板張とする。内部はかつて西にボイラーと貯湯槽、東に石炭庫を配していた。

これを建てたのはGHQである。須藤家が住宅として接収された際に、連合国軍がボイラー室として設けたものだった。逗子は横須賀と鎌倉の間に位置する。横須賀に海軍施設が集中していたため、この一帯では占領軍要員とその家族の住居として民間住宅の接収が広範に行われた。アメリカ人の生活習慣は給湯を前提としていたが、昭和7年の日本家屋にその設備はない。そこで裏庭にボイラー小屋が現れた。

8.8平方メートルの石炭庫は、壮大な意味での建築ではない。史料である。文化庁の解説文は、この小屋を戦後史の証跡として簡潔に位置づけている。主屋と並べて登録したという判断は、記録のうち居心地の悪い部分を、優美な部分から切り離さずに残そうとしたものだと読める。

非公開である、ということ

逗子市は両棟について「見学はできません」と明記している。文化庁データベースの所有者名欄は空欄で、個人所有である。公開日も予約制度も外観ツアーも存在しない。個人の住宅の前に立って写真を撮る行為は歓迎されるものではなく、本稿もそれを勧めない。

須藤家住宅主屋の意義は史料的なものである。昭和7年の日本の海浜近郊住宅がどのようなものであったかを、年代と登録番号を伴って比較的完全な形で示す実例であり、加えて、そうした住宅が1945年以降に何を経験したかの物証を敷地内に留めている。価値は記録の側にあり、訪問の側にはない。

ただし逗子には、実際に入れる同種の建物がある。旧脇村家住宅主屋。平成22年(2010年)登録、桜山の蘆花記念公園内に建つ。JR逗子駅から徒歩20分ほど、または路線バス「富士見橋」下車徒歩3分。昭和9年(1934年)、三井物産常務取締役だった藤瀬政次郎の夫人・秀子の別邸として清水組の設計施工で建てられ、のちに経済学者の脇村義太郎が購入して終の棲家とした建物である。木造2階建、瓦葺、建築面積247.53平方メートル。西側のベランダ、北側玄関の丸窓と暖炉煙突、内部の洋間など、数寄屋造を基調としながら随所に洋風意匠を取り入れている。

外観は公園の一部として通年公開されており、内部は平成29年(2017年)から年に1日だけ特別公開されている(コロナ下の2021・2022年を除く)。令和8年(2026年)は2月28日に実施され、318人が訪れた。開催日は逗子市緑政課が告知するため、訪問前に確認されたい。

計画の際に知っておくとよいのは全体像である。逗子市内の登録建造物は8棟あり、その大半は非公開である。明治33年(1900年)頃の長島孝一家住宅主屋、令和4年に一括登録された旧正力家別邸の主屋・蔵・表門、久米権九郎の設計による久米式耐震木骨構造の旧本多家住宅主屋(昭和13年)。これらを並べて読むと、明治の別荘地から戦前の住宅地へと変わっていった町の輪郭が浮かぶ。須藤家住宅主屋は、その後半に属している。

Q&A

Q須藤家住宅主屋は見学できますか。
Aできません。逗子市は主屋・旧ボイラー室ともに「見学はできません」と明記しています。現に人が暮らす個人住宅であり、公開日も予約制度も外観ツアーもありません。建物前での長時間の滞在や撮影はお控えください。
Q逗子市内で内部を見学できる登録有形文化財はありますか。
A桜山の蘆花記念公園内にある旧脇村家住宅主屋です。外観は公園の一部として通年公開され、内部は2017年から年に1日だけ特別公開されています。2026年は2月28日に実施されました。JR逗子駅から徒歩20分ほど、または路線バス「富士見橋」下車徒歩3分。開催日は逗子市緑政課の告知をご確認ください。
Q須藤家住宅主屋の建築上の特徴を教えてください。
A昭和7年の建物に二つの住宅方式が同居している点です。大正期の住宅改良運動が推した中廊下型平面を採り、洋室の応接と洋室の書斎を廊下から独立して配置する一方、南面には続き座敷と広縁という旧来の構成を残して庭に開いています。外観は軒の出を押さえ、窓庇を水平に連続させた平明な意匠です。
Q須藤家住宅にボイラー室が登録されているのはなぜですか。
AGHQが建てたものだからです。昭和21年頃、須藤家が住宅として接収された際に、連合国軍がボイラーと貯湯槽を収めるため主屋北側に設けた建築面積8.8平方メートルの小屋で、2022年に主屋と同日、登録番号14-0309として登録されました。横須賀周辺で行われた民間住宅接収の物証にあたります。
Q須藤家住宅主屋は重要文化財ですか。
A重要文化財ではありません。登録有形文化財(建造物)で、登録番号14-0308、令和4年(2022年)2月17日に「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録されました。平成8年創設の登録制度は活用を前提とした緩やかなもので、公開義務は伴いません。

基本情報

名称須藤家住宅主屋(すどうけじゅうたくおもや)
所在地神奈川県逗子市新宿二丁目2132
指定区分登録有形文化財(建造物)登録番号14-0308
指定年2022年(令和4年)2月17日登録・同日告示(第101回登録)
員数1棟
寸法木造2階建、スレート葺、建築面積138平方メートル。昭和7年建築、昭和41年・平成12年改修
所有者個人(文化庁データベースの所有者名欄は空欄)
公開状況非公開。逗子市は主屋・旧ボイラー室(登録番号14-0309)ともに見学不可と案内している

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)須藤家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014150
登録有形文化財建造物/逗子市公式サイト
https://www.city.zushi.kanagawa.jp/shiminkatsudo/bunkazai/1004548/1004549.html
文化遺産オンライン(国立文化財機構)須藤家住宅主屋
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/592520
旧脇村邸1日特別限定公開/逗子市公式サイト
https://www.city.zushi.kanagawa.jp/shiminkatsudo/bunkazai/1004548/1004551.html
旧脇村邸とは/逗子市公式サイト
https://www.city.zushi.kanagawa.jp/shiminkatsudo/bunkazai/1004548/1004550.html

最終更新日: 2026.08.13