百年舎主屋 ― 明治23年に建ち、大正6年頃に移された家

文化庁のデータベースには、この建物について二つの年代が並記されている。明治23年(1890年)建築、そして大正6年(1917年)頃移築。高知県香美市土佐山田町東本町、山あいの旧宿場町の一角に、この家は二度目の場所として立っている。

木造家屋の移築そのものは、日本では珍しくない。継手と仕口で組まれた軸部は、番付を振って解体し、運び、再び組み上げることができる。百年舎主屋で目を引くのは、その規模だ。

桁行7間半、梁間5間半。メートルに直せばおよそ13.6メートル×10メートルで、建築面積は201平方メートル。平屋建である。この「高さを持たない大きさ」が、この家の性格を決めている。上へ伸びず、横へ広がる。

敷地は南北に長く、主屋はそのほぼ中央に据えられている。東南隅に土蔵、北東端に門、西辺には鉄筋コンクリート造の塀。五棟が一つの屋敷地を構成している。

百年舎という名の由来については、土佐藩主・山内家の医師をつとめた家系に連なると地元で伝えられている。ただし現存する建物は明治の建築であり、一豊の時代からは三百年近い隔たりがある。この伝承は建物ではなく家筋についての言い伝えとして受け取るのが妥当だろう。

「指定」ではなく「登録」であること

国宝、重要文化財、登録有形文化財。日本の文化財制度はこの三つを明確に区別しており、法的な効果もそれぞれ異なる。

国宝と重要文化財は「指定」による保護で、現状変更には文化庁長官の許可が要る。修理にも国の関与が及ぶ。強い保護だが、その分だけ運用は重い。

登録有形文化財は、平成8年(1996年)の文化財保護法改正によって新設された、より軽い仕組みである。背景には数の問題があった。明治・大正・昭和前期の建造物が、審査を待つ間に次々と失われていく。しかも、人が現に住み、使い続けている建物に指定制度を適用するのは実際的でない。登録制度が求めるのは届出だけだ。外観を変更するとき、あるいは取り壊すときに、あらかじめ届け出る。見返りに税制上の優遇と技術的な指導が受けられる。所有はあくまで通常の所有のままである。

主屋の登録は平成15年(2003年)12月1日、第39回登録、登録番号39-0123。告示は同年12月25日。適用された登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」だった。

同じ日、同じ屋敷地の蔵・門・内塀・外塀も登録されている。文化庁はこれらを一括ではなく五件の独立した物件として扱った。調査担当者が、それぞれの構築物を個別に評価するに足ると判断したということでもある。

屋根を見る

この家の前に立った人は、たいてい見上げる。

主体部は東西に棟を通した寄棟造で、屋根は桟瓦葺。そこまでなら土佐の町家として標準的だが、周囲がちがう。軒まわりで屋根が一段下げられ、そこから低い勾配で続いていく。文化庁の解説はこれを「錣葺風」と表現している。錣とは兜の鉢から垂れて首筋を覆う板札のことで、段状に重なって下りていく。屋根が瓦で同じことをしている。

この一段の落差は、意匠として効いている。段差がなければ、201平方メートルを覆う寄棟屋根は重く単調な塊になっていただろう。段が入ることで斜面が上下二つの領域に分かれ、継ぎ目に横一線の影が走り、軒先が人の目線に近い高さまで降りてくる。

東南隅では建物が張り出しており、ここで屋根はもう一度性格を変える。寄棟を続けず、切妻造で処理している。

寄棟の主体、段を落とした錣葺風の裾、切妻の突出部。一棟の屋根に三つの形式が同居していることになる。

文化庁の解説文は、この建物を「雄大な構え」「地域の中で際だった存在」と評している。間口の慎ましい家並みの中に、平屋で201平方メートル、屋根をここまで作り込んだ住宅が一軒ある。周囲と競っているのではなく、別の等級の建物として建っている。

訪ねる ― いまは宿である

この屋敷は現在、「百年舎BASE」として一棟貸しの宿泊施設に活用されている。宿泊受入は令和4年(2022年)5月1日から始まった。

一棟貸しということは、家全体を借りるということだ。登録有形文化財の建物に触れる方法として、これはかなり贅沢な部類に入る。ロープの向こうを歩くのではなく、襖を開け、掘りごたつに足を入れて一晩を過ごす。使われている建物は、使われている姿でしか見せない表情を持っている。

アクセスはJR土佐山田駅から徒歩2〜3分。高知市中心部からは車でおよそ30分、高知龍馬空港も近い。予約と最新の営業情報は宿へ直接確認するのが確実である。

宿泊しない場合でも、外観は道路から十分に読める。北東の門、西辺のコンクリート塀、その奥に立ち上がる瓦屋根。登録基準が「国土の歴史的景観に寄与しているもの」であった以上、街路から見えるこの姿こそが評価の対象だった。ただし個人の住宅であり、宿泊中の利用者もいる。私有地への立ち入りは控え、静かに眺めていただきたい。

土佐山田は歩いて回れる町だ。江戸初期に土佐藩の奉行・野中兼山が整備した「公儀の井戸」は徒歩数分の距離にあり、明治6年(1873年)創業の松尾酒造は旧町の西側に残っている。

Q&A

Q主屋の内部を見学できますか。
A宿泊施設「百年舎BASE」の利用者は内部を利用できます。博物館ではなく個人の住宅・宿泊施設ですので、一般公開はしていません。外観は公道から見学できます。
Q登録有形文化財と重要文化財は何が違うのですか。
A重要文化財・国宝は「指定」による保護で、現状変更に許可が必要です。登録有形文化財は平成8年(1996年)に新設された制度で、届出制を基本とし、税制優遇と技術指導を受けられます。現役で使われている近代の建物を対象とした、より軽い仕組みです。
Q大正6年に移築されたのなら、建物としては当初のものと言えるのですか。
A木造軸組の建築では、解体して組み直す移築は一般的な手法です。文化庁のデータベースも明治23年の建築年代と大正6年頃の移築を、いずれもこの建物の履歴として記録しています。
Q「錣葺風」とはどういう屋根ですか。
A錣は兜の首覆いで、段状に重なる形をしています。主屋の屋根は寄棟の周囲を一段下げて低い勾配で葺き下ろしており、その段差の付き方が錣に似ることから文化庁の解説文で「錣葺風」と表現されています。
Q同じ屋敷の他の建物も文化財ですか。
Aはい。蔵(39-0124)、門(39-0125)、内塀(39-0126)、外塀(39-0127)が主屋と同じ平成15年12月1日に登録されており、屋敷全体で五件の登録有形文化財となっています。

基本データ

名称百年舎主屋
ふりがなひゃくねんやしゅおく
指定区分登録有形文化財(建造物)
登録番号39-0123(第39回登録)
登録年月日平成15年12月1日(告示 平成15年12月25日)
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
員数1棟
時代・年代明治/明治23年(1890年)、大正6年(1917年)頃移築
構造及び形式等木造平屋建、瓦葺、建築面積201平方メートル
規模桁行7間半、梁間5間半(約13.6メートル×約10メートル)
種別住宅/建築物
所在地高知県香美市土佐山田町東本町2-80
アクセスJR土讃線 土佐山田駅から徒歩約2〜3分
公開状況宿泊施設「百年舎BASE」利用者は内部利用可。外観は公道から見学可
関連物件百年舎蔵(39-0124)、門(39-0125)、内塀(39-0126)、外塀(39-0127)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)/百年舎主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003766
文化遺産オンライン/百年舎主屋
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/179986
百年舎BASE 公式サイト
https://www.hyaku-nenya.com/
高知家の◯◯(高知県公式)/風情溢れる高知県香美市土佐山田町で歴史巡り
https://kochike.jp/column/195814/
全国遺跡報告総覧(奈良文化財研究所)
https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/cultural-property/494794

最終更新日: 2026.07.16