百年舎外塀 ― 昭和初期、土佐山田の鉄筋コンクリート
庭の塀が、平成15年(2003年)に国の登録有形文化財となった。延長18メートル、高さ1.6メートル。高知県香美市土佐山田町、百年舎の敷地の西辺、その北半を区画している。構造は鉄筋コンクリート造である。
最後の一点が意表を突く。文化庁のデータベースはこの塀の年代を昭和初期としている。鉄筋コンクリートは当時すでに日本に入っていた。ただし入り方が違う。銀行、百貨店、橋梁。都市の、予算のある建物である。東土佐の地方町で、個人の屋敷の塀にこれを使うのは、意図的な選択であり、安くはない選択だった。そして選んだ人物は、この材料を手抜きの道具として扱っていない。
文化庁の解説文は、この塀を一行でこう結んでいる。「特異な意匠の塀である」。この種の記述に、そう頻繁に現れる語ではない。
塀の上に何があるか
この塀は中央から外へ向かって読むと構成が見えてくる。
壁面のほぼ中間の高さに、窓が並ぶ。菱形で、輪郭は直線ではなく曲線を帯びている。等間隔の反復ではなく、点在させてある。この列が壁面を上下に区分する。下は一つの領域、上はもう一つの領域になる。
上部には長方形の窓が2段。市松模様に開けてある。空、実、空、実。段を違えて互い違いに。市松は日本の古い文様で、名は18世紀の歌舞伎役者が舞台で身につけたことに由来する。土佐山田のまち歩きガイドは、この文様について町に伝わる読み方を紹介している。柄が途切れることなく続く、その連続が家の繁栄を意味する、と。施工者がその含意を意図したかどうかは記録に残っておらず、地元の言い伝えとして受け取るのが妥当だろう。
窓と窓のあいだの面は、文化庁の表現で「ドイツ壁風」に仕上げられている。ドイツ壁は大正から昭和初期にかけて流行した仕上げで、モルタルを叩きつけるように投げ、粗いまま残す。粒状の肌が光を拾い、影を溜める。西洋建築とともに入り、日本の習慣として定着した技法である。
そして頂部。笠石風に仕上げられ、石積みの塀がそうであるように、構成の上端を押さえている。
整理するとこうなる。ところどころで石のふりをするコンクリート。囲いながら光と視線を通す窓。民俗的な意味の付随する幾何文様。ヨーロッパ由来の粗面仕上げ。延長18メートルの庭の塀に、これだけが載っている。
登録基準「再現することが容易でないもの」
平成8年(1996年)の文化財保護法改正で始まった登録有形文化財の制度では、調査担当者が挙げる基準は三つのうちから選ばれる。国土の歴史的景観に寄与しているもの。造形の規範となっているもの。再現することが容易でないもの。
百年舎の五件では、三つすべてが使われている。主屋と門は街並みを支える。蔵は造形の規範となる。外塀は、そして同じ敷地の内塀も、三つ目の基準で登録された。再現することが容易でない。
三つの中で最も直感に乗りにくく、そして最も含みのある基準である。美しさについての判断ではない。周囲との調和についての判断でもない。これは能力についての判断だ。調査担当者はこの塀を見て、これを生んだ技能と手仕事と作業条件は、もはや手近には存在しないと結論した。失われれば、それきりだということである。
理由はコンクリートにある。1930年代の地方の町で、手作業でモルタルを打ち、質感を出し、文様を抜いた鉄筋コンクリートの塀。それを生んだ体制は、もう残っていない。現代の鉄筋コンクリートは設計され、型枠に流し込まれ、仕様どおりに打設される。庭の塀にモルタルを投げつけて粒状の肌をつくり、頂部を笠石に見せかけ、曲線の菱形を穿ち、残りを市松に並べる者は、いまはいない。できないからではない。そうする理由の方が消えたからだ。
同じ敷地の内塀も昭和初期、同じく鉄筋コンクリート造で、延長は22メートル。基準も同じである。二つの塀で合わせて40メートル、五件の登録のうち二件を占めている。
眺める
百年舎の五件の登録物件のうち、最も自由に観察できるのが外塀である。境界そのものだからだ。敷地西辺の北半、公道側に、高さ1.6メートルで立つ。ほぼ目の高さにあたる。
屋敷は現在「百年舎BASE」として一棟貸しの宿泊施設に活用されている(宿泊受入は令和4年5月1日から)。敷地内は私有地で一般公開はしていないが、この塀は外から見られることを前提とした部位である。
ここでは光がほとんどの仕事をする。ドイツ壁は質感であり、質感は斜めから射す光がなければ現れない。曇天の平坦な光の下では、面は死ぬ。西面を午後遅い日が舐めるとき、粒が立ち上がり、菱形の窓に影が落ちる。市松は少し離れて見た方がいい。2段が模様として分節される距離まで下がると、穴の集合ではなく文様として読める。
JR土讃線・土佐山田駅から徒歩2〜3分、高知市中心部からは車でおよそ30分。滞在中の方への配慮はお願いしたい。
Q&A
- 塀が単独で文化財になるのですか。
- はい。登録制度は構築物を一件ずつ評価し、種別「その他工作物」は塀、門、橋、煙突などを含みます。外塀は登録番号39-0127を単独で持ち、主屋・蔵・門・内塀とは別の登録物件です。
- 「再現することが容易でないもの」とはどういう基準ですか。
- 登録基準三種のうちの一つで、外観の評価ではなく技術的な再現可能性についての判断です。それを生んだ技法・材料・施工体制がすでに得がたく、失われれば回復できない場合に適用されます。百年舎の外塀・内塀はいずれもこの基準です。
- ドイツ壁とはどのような仕上げですか。
- モルタルを叩きつけるように吹き付け、粗い粒状の肌のまま残す仕上げです。大正から昭和初期にかけて、西洋風建築の広まりとともに流行しました。文化庁はこの塀の表面をドイツ壁風と記述しています。
- 市松模様には意味があるのですか。
- 市松は日本の古い文様で、18世紀の歌舞伎役者に名を由来します。土佐山田のまち歩きガイドは、柄が途切れず続くことから繁栄を意味すると説明しています。施工者の意図は記録に残っておらず、地元に伝わる解釈として受け取るのが適切です。
- 宿泊しなくても塀を見られますか。
- はい。外塀は敷地西辺の境界で公道に面しており、外から十分に観察できます。敷地内は私有地で一般公開はしていません。
基本データ
| 名称 | 百年舎外塀 |
|---|---|
| ふりがな | ひゃくねんやそとべい |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録番号 | 39-0127(第39回登録) |
| 登録年月日 | 平成15年12月1日(告示 平成15年12月25日) |
| 登録基準 | 再現することが容易でないもの |
| 員数 | 1棟 |
| 時代・年代 | 昭和前/昭和初期 |
| 構造及び形式等 | 鉄筋コンクリート造、延長18メートル(高さ1.6メートル) |
| 意匠上の特徴 | 壁面中間部に曲線を帯びた菱形窓を点在させ上下を区分、上部は2段の長方形窓を市松模様に配置、表面はドイツ壁風、頂部は笠石風 |
| 種別 | 住宅/その他工作物 |
| 所在地 | 高知県香美市土佐山田町東本町2-80(敷地西辺の北半) |
| アクセス | JR土讃線 土佐山田駅から徒歩約2〜3分 |
| 公開状況 | 公道から外観見学可。敷地内は私有地(宿泊施設「百年舎BASE」)で一般公開なし |
| 関連物件 | 百年舎主屋(39-0123)、蔵(39-0124)、門(39-0125)、内塀(39-0126/鉄筋コンクリート造、延長22メートル) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)/百年舎外塀
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003770
- 文化遺産オンライン/百年舎外塀
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/188500
- 国指定文化財等データベース(文化庁)/百年舎内塀
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003769
- 高知家の◯◯(高知県公式)/風情溢れる高知県香美市土佐山田町で歴史巡り
- https://kochike.jp/column/195814/
- 百年舎BASE 公式サイト
- https://www.hyaku-nenya.com/
最終更新日: 2026.07.16