阿蘇の裾野に建つ在御家人の旧宅

坂本家住宅主屋(さかもとけじゅうたくおもや)は、熊本県菊池郡大津町大字下町字窪田にある江戸末期(1830〜1868年)の民家で、令和4年(2022年)6月29日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

文化庁の解説は、この建物を「在御家人の旧宅」と記す。在御家人は熊本藩に特有の身分で、正式には在中御家人という。村に住み田畑を耕しながら苗字帯刀を許された家々を指し、その由来は一様ではない。小西氏や加藤氏の旧臣で帰農した者、あるいは在地の土豪に細川氏が士格を追認した例が古い層をなす。藩財政が傾いた江戸中期以降は、献金の額に応じて格式を売る寸志御家人の制度が広がり、豪農層がここに加わった。

建物は木造2階建、瓦葺、建築面積263平方メートル。敷地の中央に南面して建ち、屋根は入母屋造の桟瓦葺で、平入とする。九州の在方民家で2階建は多数派ではない。門をくぐる前に階数が目に入る、その順序自体がこの家の性格を語っている。

登録が評価したもの

登録有形文化財は、平成8年(1996年)に始まった届出制の保護制度である。重要文化財の指定が現状変更に許可を要するのに対し、登録は原則として届出で足りる。住み続け、使い続けることを前提とした緩やかな枠組みで、築50年を超える膨大な建物群を解体の手前で押しとどめるために設計された。坂本家住宅主屋の登録番号は43-0190、第102回登録にあたる。適用された基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

解説文が挙げる特徴は、平面と仕上げの二点に集約できる。

平面は広い土間と四間取。これは肥後の在方民家の標準的な構成で、それ自体は珍しくない。注目すべきは東側の処理である。主体部から直角に角屋を張り出し、そこに上質な座敷を設ける。かつては式台を備えていた。式台は玄関先に設ける低い板敷きで、格式ある客を迎えて挨拶を交わす場である。実用の設備ではなく、身分に伴う装置だった。坂本家がそうした客を迎える立場にあったことが、この一点から読み取れる。式台は現存しない。

仕上げについては、全体に天井が高いこと、座敷を貼付壁で飾ることが記録されている。貼付壁は下地に紙や裂を貼って仕上げる技法で、土壁を露わにする在方民家の作法とは異なる。武家の座敷や町方の奥座敷に属する語彙が、田の中の家に持ち込まれている。天井高も同様で、材の寸法がそのまま費用に跳ね返る部分である。文化庁が「のびやかで上質な大型民家」と評したのは、この二重性を指してのことだろう。

改修は昭和58年(1983年)に行われている。屋根の桟瓦葺という点も、熊本の民家史のなかでは位置づけを持つ。17世紀後半に考案された桟瓦は、茅葺を置き換えながら在方へ浸透していった。大津町が重要文化財・江藤家住宅について「熊本の民家が茅葺から桟瓦葺へ変化した時期を示す資料」と説明しているのは、坂本家住宅と重なる年代の話である。

見学の可否と周辺

個人の住宅であり、一般公開はされていない。町および文化庁から公開に関する案内は出ていないため、前節で述べた座敷や貼付壁を実見することはできない。見学は公道から外観を眺めるにとどめ、敷地内へは立ち入らないこと。撮影も住民への配慮の範囲で行いたい。

主屋の正面には門が建つ。同じ令和4年6月29日に登録番号43-0191として別個に登録された薬医門で、間口は2.6メートル。門と主屋を一続きに眺めると、この家が街道側に向けて示そうとした格式の輪郭が見えてくる。

字窪田210には大田黒家住宅の主屋と蔵があり、これも同じ回に登録された。大田黒家も在御家人で、主屋は式台を構え、六間取の平面をとる。座敷まわりには欄間と襖絵が入る。小さな集落に登録建造物が4棟集中しているのは偶然ではない。ここが大津の在御家人層の居住域だった。

東へ約1.3キロ、陣内1652の江藤家住宅は平成17年(2005年)12月指定の重要文化財である。大津町は、町内に散在する在御家人住宅のうち最も大型で建築年代の古いものの一つと位置づけている。主屋は文政13年(1830年)の建築。敷地内は原則非公開だが、春と秋の年2回、一般公開が行われる。公開日は町の広報などで告知される。

大津という土地の背景にも触れておきたい。江戸期の大津は豊後街道の宿場町で、細川氏の参勤交代が通過した。近隣52村余りを統轄する大津手永会所が置かれ、藩政の拠点として機能している。その経済的な土台は水にあった。天正年間に肥後へ入った加藤清正が上井手・下井手の開削に着手し、細川氏の代に完成させた用水は、1300町歩に及ぶ穀倉地帯を生んだ。在御家人の家がこの規模の建物を持ちえた理由は、この水利の話を抜きにしては説明がつかない。

字窪田の名は窪田阿蘇神社にも冠されている。同社の御神幸祭は10年に一度、春に営まれる祭礼で、令和4年10月に町の無形民俗文化財に指定された。直近の巡行は令和5年(2023年)3月19日、820年祭として上町区から上陣内区までの約2キロを、大名行列の奴道中や稚児行列など約300人が2時間かけて練り歩いている。

下調べには大津町歴史文化伝承館(大津1109、電話096-293-4100)が使いやすい。入館無料、開館は9時から17時(入館は16時30分まで)、月曜日と年末年始が休館。JR豊肥本線の肥後大津駅から徒歩圏にある。坂本家住宅は肥後大津駅の南南西へ直線でおよそ2.4キロ、徒歩30分ほど。阿蘇くまもと空港からはほぼ真北に同程度の距離で、空港と肥後大津駅の間は無料のシャトルバスが15分ほどで結ぶ。

Q&A

Q坂本家住宅主屋は見学できますか。内部は公開されていますか。
A個人所有の住宅で、一般公開は行われていません。敷地は私有地のため立ち入りはできず、見学は公道からの外観のみとなります。撮影を含め、住民の生活への配慮をお願いします。
Q坂本家住宅主屋はいつ、どの区分の文化財になりましたか。
A令和4年(2022年)6月29日に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。登録番号は43-0190、第102回登録です。適用された登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」です。
Q坂本家住宅主屋の解説にある「在御家人」とはどのような身分ですか。
A熊本藩において、村に居住し農業を営みながら苗字帯刀を許された家を指します。正式には在中御家人といい、旧領主の遺臣や在地土豪に士格を認めた古い層と、江戸中期以降に献金によって格式を得た寸志御家人の層があります。
Q坂本家住宅主屋の平面や意匠にはどのような特徴がありますか。
A広い土間と四間取という肥後の在方民家の標準的な構成をとりつつ、東側に角屋を張り出して上質な座敷を設けています。元は式台を備え、全体に天井が高く、座敷は貼付壁で仕上げられています。木造2階建、瓦葺、建築面積263平方メートルです。
Q坂本家住宅主屋へのアクセスと、周辺の見どころを教えてください。
AJR豊肥本線の肥後大津駅から南南西へ約2.4キロ、徒歩30分ほどです。阿蘇くまもと空港からもほぼ真北に約2.4キロで、空港と駅の間は無料シャトルバスが運行しています。周辺には同時に登録された坂本家住宅門と大田黒家住宅、東へ約1.3キロには重要文化財の江藤家住宅があります。

基本情報

名称坂本家住宅主屋(さかもとけじゅうたくおもや)
所在地熊本県菊池郡大津町大字下町字窪田190-1
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 43-0190
指定年令和4年(2022年)6月29日登録/第102回登録
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積263平方メートル
所有者個人(文化庁データベースに所有者名の記載なし)
公開状況非公開。公道からの外観見学のみ

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)坂本家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014305
文化遺産オンライン 坂本家住宅主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/555315
文化遺産オンライン 熊本県・菊池郡大津町の文化財
https://online.bunka.go.jp/heritages/region/43/43403
大津町 江藤家住宅
https://www.town.ozu.kumamoto.jp/page/1803.html
大津町 おおづの歴史
https://www.town.ozu.kumamoto.jp/page/1380.html
大津町 大津町歴史文化伝承館
https://www.town.ozu.kumamoto.jp/page/1130.html

最終更新日: 2026.08.06