はじめに

熊本県八代市植柳元町の静かな住宅地に、高さ6.6メートルを超える堂々とした石塔がそびえ立っています。十三重塔(じゅうさんじゅうのとう)は、鎌倉時代前期の寛喜2年(1230年)に建立された石造多層塔であり、昭和8年(1933年)に国の重要文化財に指定されました。建立年代、施主、工人の名前が刻まれた銘文を持つ極めて貴重な遺構であり、中世日本の石造美術と仏教信仰の姿を今に伝える傑作です。現在は二重分が失われ十一重となっていますが、その威容と精緻な彫刻は約800年の時を超えて見る者を圧倒します。

歴史的背景

十三重塔はもともと、熊本県球磨郡湯前町に所在する明導寺(みょうどうじ)、現在の城泉寺(じょうせんじ)の境内に建立されました。明導寺は鎌倉時代初期の貞応年間(1222~1224年)に、この地方を支配していた豪族・久米三郎真家(浄心)によって創建されたと伝えられています。境内にはかつて十三重・九重・七重の三基の石塔が並び立ち、いずれも寛喜2年の銘を持つ同一工房の作品でした。九重石塔と七重石塔は現在も湯前町の城泉寺に残り、それぞれ国の重要文化財に指定されています。

十三重塔は大正時代に湯前町から八代市の現在地に移設されました。なお、寺の本来の名称は創建者にちなむ「浄心寺」でしたが、大正4年(1915年)の国宝指定の際に「城泉寺」と誤記され、以来この名が定着しています。

平成28年(2016年)4月の熊本地震では、塔身と屋根の一部が大きくずれるなどの被害を受けましたが、同年11月から翌年3月にかけて災害復旧工事が行われ、見事に修復されました。

文化財指定の理由

十三重塔が国の重要文化財に指定された理由は、大きく二つあります。第一に、初層塔身に刻まれた銘文の学術的価値の高さです。銘文には「寛喜二年庚寅十一月日 大檀那沙弥浄心 并藤原氏 大工兼仏師幸西 小工栄幸 行事藤原頼忠 源光吉 鍛冶末正 院主金剛仏子念西」と記されており、制作年代、施主、工人、監督者の名前が詳細に判明します。鎌倉時代の石塔でこれほど多くの情報が銘文から得られる例は極めて稀であり、中世の石造美術史や宗教史の研究において計り知れない価値を持っています。

第二に、鎌倉時代の力強さと写実性を見事に表現した彫刻技術の高さです。各層塔身の四面に刻まれた四方仏、軒裏に造り出された隅木や垂木、そして四隅に彫られた目をむき牙を出した鬼面など、木造建築の精緻な構造を石に忠実に再現した技巧は、同時代の石造多層塔の中でも傑出しています。

建築的・芸術的な見どころ

二重が失われた現在でも、6.62メートルの高さを誇る十三重塔は石造多層塔として堂々たる威容を示しています。構造は軸部(塔身)と笠(屋根)を別材で構成する間層式層塔で、各層の塔身四面には四方仏が半肉彫りで刻まれています。これは密教的な信仰に基づき、仏の功徳を四方に放射することを象徴するものです。

特に注目すべきは各層の軒裏の造形です。隅木(すみぎ)や垂木(たるぎ)が石に彫り出され、木造建築さながらの屋根構造が忠実に再現されています。隅木の先端には鬼面が彫刻されており、目をむき牙を剥いたその表情は力強く、鎌倉時代の写実的な造形美を存分に味わうことができます。また、塔の一部には当時施された朱色の彩色の痕跡が残っており、かつては鮮やかな色彩で彩られていたことがうかがえます。

見学のご案内

十三重塔は個人宅の敷地内に所在しているため、見学を希望される方は事前に八代市文化振興課(電話:0965-33-4533)にご相談ください。所有者のご厚意により見学が可能ですが、プライバシーへの配慮とマナーの遵守をお願いいたします。

アクセスは、JR八代駅からバスで約25分、植柳上町バス停で下車し、徒歩約5分です。お車の場合は、九州自動車道八代インターチェンジから約15分で到着します。なお、専用駐車場はありませんので、周辺の交通状況にご注意ください。

周辺の観光情報

八代市には、十三重塔と合わせて訪れたい歴史・文化スポットが数多くあります。市中心部にある八代城跡(やつしろじょうあと)は、石灰岩の白い石垣が美しいことから「白鷺城」の別名を持ち、国の史跡に指定されています。春には桜の名所としても知られます。城跡に隣接する松浜軒(しょうひんけん)は元禄元年(1688年)に八代城主・松井直之が母のために造営した茶庭で、国の名勝に指定されており、初夏の肥後花菖蒲が見事です。

松井神社(まついじんじゃ)は八代城北の丸跡に鎮座し、樹齢400年と伝わる臥龍梅(がりゅうばい)が見どころです。温泉をお好みの方には、応永16年(1409年)に発見された歴史ある日奈久温泉(ひなぐおんせん)がおすすめです。情緒あふれる木造旅館が軒を連ね、国の登録有形文化財である旅館金波楼も見学できます。

また、八代市は日本遺産「八代を創造(たがや)した石工たちの軌跡」の認定地でもあり、種山石工の技術と歴史を学ぶことのできるスポットが市内各所に点在しています。石造文化財に関心のある方はぜひ合わせてお楽しみください。

Q&A

Qなぜ十三重塔なのに十一重しかないのですか?
A建立から約800年の間に二重分が失われ、現在は十一重の姿となっています。失われた時期や原因は明確には記録されていませんが、初層塔身の銘文から本来は十三重塔として建立されたことが確認されています。現存する部分だけでも6.62メートルの高さがあり、鎌倉時代の石造多層塔として堂々たる威容を保っています。
Q誰がこの塔を建てたのですか?
A初層塔身の銘文によると、大檀那(大施主)は沙弥浄心(しゃみじょうしん)という在家の仏教徒で、藤原氏の一族です。制作を担当したのは大工兼仏師の幸西(こうさい)とその弟子・栄幸(えいこう)で、行事(監督者)として藤原頼忠と源光吉が名を連ねています。
Q予約なしで見学できますか?
Aいいえ。十三重塔は個人宅の敷地内に所在しているため、見学には事前の連絡が必要です。八代市文化振興課(電話:0965-33-4533)にご相談の上、お越しください。
Q熊本地震の被害はありましたか?
Aはい。平成28年(2016年)4月の熊本地震により、塔身と屋根の一部が大きくずれるなどの被害を受けました。しかし、同年11月から翌年3月にかけて災害復旧工事が行われ、現在は完全に修復されています。
Qもとの寺(城泉寺)にある石塔も見学できますか?
Aはい。湯前町の城泉寺(旧明導寺)には、同じ寛喜2年(1230年)に同一工房で制作された九重石塔と七重石塔が残されており、いずれも国の重要文化財です。十三重塔と合わせて、鎌倉時代前期の石造美術の傑作を比較鑑賞されることをおすすめします。くま川鉄道湯前線で湯前駅からアクセスできます。

基本情報

名称 十三重塔(じゅうさんじゅうのとう)
指定区分 国指定重要文化財(建造物)
指定年月日 昭和8年(1933年)1月23日
時代 鎌倉時代前期・寛喜2年(1230年)
法量 高さ 6.62m(現存十一重)
構造 石造十三重塔(間層式層塔)
旧所在地 熊本県球磨郡湯前町 明導寺(現・城泉寺)
所在地 熊本県八代市植柳元町5642番地
アクセス JR八代駅からバス約25分「植柳上町」下車、徒歩約5分
見学 要事前連絡。八代市文化振興課(0965-33-4533)

参考文献

十三重塔(国指定) / 熊本県八代市
https://www.city.yatsushiro.lg.jp/kiji003394/index.html
十三重塔 - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/148761
国指定文化財等データベース - 十三重塔
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/3564
城泉寺(浄心寺)阿弥陀堂 / ゆのまえかじり / 湯前町
https://www.town.yunomae.lg.jp/kankou/kiji003919/index.html
十三重塔 - じゃらんnet
https://www.jalan.net/kankou/spt_43202aj2200024083/

最終更新日: 2026.04.16