敷地でいちばん古い一棟

芳野旅館居間棟は、熊本県人吉市上青井町にある温泉旅館・芳野旅館の敷地に建つ明治21年(1888年)建築の木造平屋建で、平成25年(2013年)3月29日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。建築面積は約110平方メートル、別広間棟の西側に接続しており、中庭から見ると二棟の屋根が続きの一屋根のように連なる。

芳野旅館の他の建物は、すべてこの棟より新しい。旅館側の記録では創業は明治42年(1909年)6月、初代館主が料亭「吉野本店」を開いたときにさかのぼる。居間棟はその時点ですでに築21年を数えていたことになる。

では、その21年はどこに属するのか。文化庁のデータベースは、創業者の住居を残したまま使い続けた建物と記す。旅館側の由緒はもう少し前へ遡り、相良氏の御典医をつとめた安藤家の屋敷に結びつける。相良氏は人吉を七百年近く治めた領主で、初代女将はこの安藤家の出であったと伝わり、屋敷の一部の座敷を使って料亭が始まったともいう。二つの説明は排他的ではなく、どちらも中庭に立つときに携えておく値打ちがある。

その後、敷地は段階的に広がった。大正2年(1913年)に広間の棟が建ち、昭和初期には敷地内で温泉を掘り当てて旅館を併設、昭和6年(1931年)には京都で修行した宮大工の手による本館が上棟している。

登録の理由と、この棟が示すもの

登録の根拠となった基準は一つ、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。平成25年3月の登録では、芳野旅館の四棟が同日にまとめて登録された。昭和6年の本館、大正2年の別広間棟、大正前期の従業員棟、そして明治21年の居間棟である。

四棟を通して見ると、一つの敷地の上で住宅が料亭になり、料亭が温泉旅館になっていく道筋がそのまま読める。これほど平明に読み取れる例は多くない。

居間棟がその起点として機能するのは、住宅としての間取りが転用後も崩れずに残ったからである。内部は居間四室と仏間などで構成される。仏間は仏壇と位牌を納める部屋で、営業用の建物であれば必要のない室である。それが現存するのは、周囲の棟が客を迎えるようになったあとも、一家がここで暮らし続けたからである。

屋根の構成も見どころになる。入母屋造と切妻造を組み合わせ、いずれも桟瓦で葺く。桟瓦は明治期の町家に波打つ陰影を与えた平瓦系の瓦で、居間棟の屋根にも同じ表情がある。昭和46年(1971年)に改修の手が入っているが、この輪郭は保たれており、文化庁の台帳も建築年と並べて改修年を明記している。

訪ねる前に知っておきたいこと

先に確認しておきたい点がある。居間棟は住まいであって客室棟ではない。芳野旅館の客室十五室は他の登録建造物に配され、居間棟は館主一家の住居として使われてきた。宿泊者が目にするのは中庭側からの外観であり、撮影を考えるならフロントに一声かけたい。被写体は誰かの自宅である。

その中庭こそ、多くの人が足を運ぶ理由でもある。人吉城の庭、永国寺、青井阿蘇神社大宮司邸の庭と同門の庭師の作と伝えられ、旅館では相良藩五大庭園の一つに数えている。鶴石・亀石、池、稲荷の祠、松が配され、周囲の建物がそれを囲んで内に向く構えをとる。

令和2年(2020年)7月4日、球磨川が氾濫した。濁流は最大で床上180センチに達し、敷地内の全建物の1階が水没、基礎の一部に亀裂が入った。当時、一家が生活していたのは居間棟である。生活用品も、代々受け継いだ品も、着物も、仏壇も、そのほとんどが失われた。同年秋のクラウドファンディングは目標200万円に対し353人から6,132,000円を集めたが、館主側が見込んだ全面復旧の費用は約2億円、期間は数年に及ぶものだった。旅館はその後、営業を再開している。

交通には少し準備がいる。JR肥薩線の八代・人吉間は同じ令和2年7月豪雨以来運休したままで、JR九州は令和15年(2033年)ごろの復旧を目標に工事を進める段階にある。現状の主要な経路は道路で、人吉インターチェンジからタクシー約5分、徒歩なら約20分、旅館に約20台の無料駐車場がある。新八代駅からの高速バスなら同インターまで約40分。令和3年(2021年)11月以来、部分運行と代行バスで結んできたくま川鉄道は、令和8年(2026年)9月20日の全線再開が予定されている。

現在の状況は流動的である。令和8年7月28日に熊本県で発生した地震のあと、旅館は8月3日付で通常営業を続けており館内設備と温泉も通常どおり利用できる旨を告知した。一方で周辺の一部道路と鉄道には影響が残る。出発前に旅館の新着情報を見るか、電話で確認しておきたい。

本殿ほか五棟が国宝の青井阿蘇神社は、徒歩四分の距離にある。二つを合わせて歩けば、人吉のこの一角は一時間で相当のものを見せてくれる。

Q&A

Q芳野旅館居間棟の内部は見学できますか?
Aできません。居間棟は館主一家の住居として使われてきた建物で、客室ではありません。宿泊者は中庭側から外観を眺めることになります。客室十五室は本館など他の登録建造物に配されています。
Q芳野旅館居間棟はいつ建てられ、いつ登録されましたか?
A建築は明治21年(1888年)、昭和46年(1971年)に改修が加えられています。国の登録有形文化財としての登録告示は平成25年(2013年)3月29日、登録番号は43-0120です。
Q芳野旅館居間棟は令和2年7月豪雨で被災しましたか?
A被災しました。球磨川の氾濫により最大で床上180センチまで浸水し、敷地内の全建物の1階が水没、基礎の一部に亀裂が生じています。居間棟にあった生活用品や仏壇はほとんどが失われました。その後修復が行われ、旅館は営業を再開しています。
Q令和8年熊本地震のあと、芳野旅館は営業していますか?
A旅館が令和8年8月3日付で出した告知では、通常どおり営業しており館内設備と温泉も利用できるとされています。ただし周辺では一部道路の通行規制や鉄道の運休が続いているため、出発前に経路を旅館へ確認することをすすめます。
Q芳野旅館居間棟へのアクセスと、近くにある文化財を教えてください。
A人吉インターチェンジからタクシーで約5分、徒歩で約20分、無料駐車場が約20台あります。JR肥薩線の八代・人吉間は令和2年から運休中です。徒歩四分の距離に国宝の青井阿蘇神社があり、人吉温泉物産館は徒歩三分です。

基本情報

名称芳野旅館居間棟(よしのりょかんいまとう)
所在地熊本県人吉市上青井町184-1他(旅館の表示住所は上青井町180)
指定区分国登録有形文化財(建造物)/登録番号 43-0120/登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」
指定年平成25年(2013年)3月29日 登録告示
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積約110平方メートル/明治21年(1888年)建築、昭和46年(1971年)改修
所有者個人(文化庁データベースに所有者名の記載なし)
公開状況非公開。館主一家の住居として使用。宿泊者は中庭側から外観を見ることができる

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「芳野旅館居間棟」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009567
芳野旅館公式サイト「芳野の歴史」
https://www.yosino.jp/history.html
芳野旅館公式サイト「新着情報」
https://www.yosino.jp/topics/
READYFOR「登録有形文化財の宿 芳野旅館 ご支援のお願い」
https://readyfor.jp/projects/yoshinoryokan
熊本県観光サイト「芳野旅館」
https://kumamoto.guide/spots/detail/4684

最終更新日: 2026.08.07