木造阿弥陀如来及両脇侍坐像(棲霞寺旧本尊)とは:源融の発願と伝える、旧棲霞寺阿弥陀堂の本尊の三尊像

木造阿弥陀如来及両脇侍坐像(棲霞寺旧本尊)(もくぞうあみだにょらいおよびりょうきょうじざぞう)は、京都府京都市右京区嵯峨の清凉寺が所有する平安時代の阿弥陀如来と両脇侍の坐像3躯で、平成3年(1991年)6月21日に国宝に指定された。

文化庁の記録では、員数は3躯、所有者は清凉寺で、明治34年(1901年)8月2日に当時の制度で指定されている。

京都市観光協会によると、旧棲霞寺阿弥陀堂の本尊で、現在は清凉寺の霊宝館に収蔵されている。

木造阿弥陀如来及両脇侍坐像(棲霞寺旧本尊)の造立

京都市観光協会によると、三尊の中央の阿弥陀如来坐像は源融が生前に造立を発願したもので、脇侍の観音・勢至両菩薩像は、融の遺子が亡父の遺志を継いで完成させた。

いずれも木造、漆箔の重厚な像で、平安時代初期の様式を表している。

木造阿弥陀如来及両脇侍坐像(棲霞寺旧本尊)の見どころ

京都市観光協会によると、清凉寺は「嵯峨の釈迦堂」で知られる浄土宗の古刹で、奝然の弟子の盛算が、師が宋から持ち帰った釈迦如来立像を棲霞寺に安置したことに始まる。この三尊は、その棲霞寺の阿弥陀堂の本尊だった。

源融の発願と、その子らによる完成という造立の経緯を伝える、平安時代初期の三尊像である。

木造阿弥陀如来及両脇侍坐像(棲霞寺旧本尊)の見学方法

京都市観光協会によると、霊宝館で春(4月・5月)と秋(10月・11月)に公開される。

問い合わせは清凉寺へ。

Q&A

Q清凉寺の阿弥陀三尊像はいつ国宝に指定されましたか?
A平成3年(1991年)6月21日に国宝に指定されました。
Qこの三尊像を発願したのは誰ですか?
A中央の阿弥陀如来は源融が生前に造立を発願しました。
Q脇侍の像は誰が完成させたのですか?
A融の遺子が亡父の遺志を継いで完成させました。
Qこの三尊像はもとはどこにあったのですか?
A旧棲霞寺の阿弥陀堂の本尊でした。
Qこの三尊像はいつ見られますか?
A霊宝館で春(4月・5月)と秋(10月・11月)に公開されます。

基本情報

名称木造阿弥陀如来及両脇侍坐像(棲霞寺旧本尊)(もくぞうあみだにょらいおよびりょうきょうじざぞう)
所在地京都府京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町(清凉寺)
指定区分国宝(彫刻)
指定年平成3年(1991年)6月21日指定(明治34年(1901年)8月2日旧制度指定)
員数3躯
寸法文化庁データベースに記載なし
所有者清凉寺
公開状況霊宝館で春・秋に公開

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「木造阿弥陀如来及両脇侍坐像」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/281
京都市観光協会「清凉寺」
https://ja.kyoto.travel/tourism/single01.php?category_id=7&tourism_id=391

最終更新日: 2026.09.30