一括の考古資料 ― 2004年に国宝

奈良県藤ノ木古墳出土品は、奈良県橿原市畝傍町50-2にある古墳時代の考古資料で、1988年(昭和63年)6月6日に重要文化財となり、2004年(平成16年)6月8日に国宝に指定された。所有は国(文化庁)である。

員数は一括である。武蔵埼玉稲荷山古墳出土品も一括だった。考古資料では、数を書かずひとまとまりとして扱う書き方が続いている。

重要文化財から国宝まで16年である。稲荷山出土品の2年よりは長く、木造五智如来坐像の109年よりは短い。

所在を、別の建物からの距離で示している

奈良県藤ノ木古墳出土品についての文化庁の解説は短い。ただし場所の示し方に特徴がある。

本件は、奈良県法隆寺の西約三五〇メートルに所在する藤ノ木古墳から出土したものの一括である、とある。

古墳の位置が、法隆寺からの方角と距離で示されている。西へ約350メートル、という書き方である。

ここまで所在地は住所で示されるのが通例だった。京都府京都市東山区茶屋町527、東京都台東区上野公園13-9といった形である。

本件は違う。よく知られた建物を基準に、そこからの距離で位置を伝えている。住所では伝わらない、近さそのものが情報になっている。

一括の中身が、別の記録で数え直されている

奈良県藤ノ木古墳出土品の員数は一括で、内訳は書かれていない。ところが関連作品を見ると、個別の品目が並ぶ。

藤ノ木古墳 金銅製冠、藤ノ木古墳 金銅製履、藤ノ木古墳 金銅製鞍金具(前輪)、藤ノ木古墳 鞍金具(後輪)、藤ノ木古墳 歩揺付飾金具、藤ノ木古墳 龍文飾金具、藤ノ木古墳 棘葉形杏葉、藤ノ木古墳 円形飾金具といった名が挙がる。

一括として指定された物件の中身が、別の記録では品目ごとに分けられている。指定の単位と、記録の単位が違う。

八坂神社文書では、名称が2,205通、員数欄が89巻40冊1帖1通と、一つの物件のなかで二通りに数えられていた。本件は物件の外で数え直されている。

被葬者ごとに分けられた記録もある。藤ノ木古墳 耳環・銀製空玉・ガラス玉(南側被葬者)、藤ノ木古墳 ガラス丸玉・ガラス玉・ガラス小玉(北側被葬者)である。南と北で二人分が区別されている。

「復元品」という区分

奈良県藤ノ木古墳出土品の関連作品には、もう一つの型がある。

藤ノ木古墳 金銅製履(復元品)、藤ノ木古墳 金銅製冠(復元品)、藤ノ木古墳 飾り大刀と剣(復元品)である。復元品と明記されている。

ここまで写しを表す語をいくつか見てきた。絹本著色六道絵の文政摸本、絹本著色一遍上人絵伝の天保11年模本、宝相華迦陵頻伽蒔絵冊子箱の模造、喪乱帖の唐代の模本である。

復元品はそれらと違う。摸本や模造が、目の前にある物を写すのに対し、復元は失われた形を推定して作り直すことをいう。

同じ金銅製履について、実物のレコードと復元品のレコードが並んでいる。土から出た状態と、本来の姿と推定される形が、別々に記録されている。

鑑賞

所在は奈良県橿原市畝傍町50-2で、所有は国(文化庁)である。館が保管する資料であり、常設で公開される性格のものではない。

旧来の記述に「約12,000点」とするものが見られるが、文化庁の記録は一括とするのみで、点数は記されていない。本稿はこの数字を記さない。

稲荷山出土品の「現存最古の日本の文章」は記録にあったため残し、曜変天目茶碗の「世界に3碗」は記録になかったため削った。数についても同じ基準による。

展示の予定は変わることがあるため、訪問前に館の案内で確認したい。

Q&A

Q奈良県藤ノ木古墳出土品はいつ指定されましたか。
A1988年(昭和63年)6月6日に重要文化財、2004年(平成16年)6月8日に国宝へ指定されました。員数は一括、所在は奈良県橿原市畝傍町50-2、所有は国(文化庁)です。
Q古墳はどこにあるのですか。
A文化庁は「奈良県法隆寺の西約三五〇メートルに所在する藤ノ木古墳」と記します。住所ではなく、よく知られた建物からの方角と距離で位置を示しています。
Q何が出土したのですか。
A本件の記録は一括とするのみで内訳を書きませんが、関連作品には金銅製冠、金銅製履、金銅製鞍金具(前輪)、鞍金具(後輪)、歩揺付飾金具、龍文飾金具、棘葉形杏葉、円形飾金具などが個別に記録されています。
Q復元品とは何ですか。
A失われた形を推定して作り直したものです。摸本や模造が目の前にある物を写すのに対し、復元は本来の姿を推定します。金銅製履などは実物と復元品の両方が記録されています。
Q何点あるのですか。
A文化庁の記録は一括とするのみで、点数は記されていません。旧来の記述に約12,000点とするものが見られますが、本稿はこの数字を記していません。

基本情報

名称奈良県藤ノ木古墳出土品(ならけんふじのきこふんしゅつどひん)
所在地奈良県橿原市畝傍町50-2
指定区分国宝(考古資料)
指定年1988年(昭和63年)6月6日 重要文化財/2004年(平成16年)6月8日 国宝
員数一括(点数は記されていない)
寸法文化庁は寸法を記していない。出土した藤ノ木古墳は、法隆寺の西約350メートルに所在するとされる。時代は古墳
所有者国(文化庁)
公開状況館が保管する資料で、常設の公開ではない

参考文献

文化遺産オンライン 奈良県藤ノ木古墳出土品
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/202733
文化遺産オンライン 藤ノ木古墳 金銅製履(復元品)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/394475
奈良県立橿原考古学研究所附属博物館
https://www.kashikoken.jp/museum/info/info.html
文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/

最終更新日: 2026.09.05