醍醐寺五重塔:京都府最古の木造建築と国宝の密教壁画

京都市伏見区、醍醐寺の静謐な境内に高さ約38メートルの五重塔がそびえ立っています。天暦5年(951年)に完成したこの塔は、京都府下に現存する最古の木造建造物であり、平安時代中期の建築様式を今に伝える貴重な遺構です。戦乱や地震、台風を乗り越えて千年以上の歳月を刻んできたこの塔は、皇室の深い信仰と真言密教の精神が込められた、日本建築史上の至宝といえます。

国宝に指定されている五重塔の内部には、もうひとつの国宝である両界曼荼羅と真言八祖を描いた壁画が残されており、建築と絵画の二重の国宝を有する極めて稀有な文化財です。醍醐寺全体は平成6年(1994年)にユネスコ世界文化遺産「古都京都の文化財」の構成資産として登録されています。

皇室の祈りから生まれた五重塔

醍醐寺五重塔の歴史は、10世紀の皇室の物語と深く結びついています。醍醐天皇はその諡号(おくりな)を醍醐寺から取られるほど深い信仰を寄せ、勅願寺としました。皇子に恵まれなかった天皇は上醍醐の准胝観音に祈願し、のちの朱雀天皇・村上天皇となる二人の皇子を授かったと伝えられています。

延長8年(930年)に醍醐天皇が46歳で崩御されると、翌年、第三皇子の代明親王が父帝の冥福を祈るため五重塔の建立を発願し、穏子皇太后の令旨のもと計画が進められました。しかし、承平7年(937年)に代明親王が薨去するなど工事は停滞し、その後は朱雀天皇が引き継ぎました。発願から実に20年の歳月を経て、村上天皇の治世である天暦5年(951年)にようやく完成を迎えたのです。

この五重塔には、醍醐寺に心を寄せた醍醐天皇への二人の皇子の思いと、母である穏子皇后の祈りが込められています。内部の心柱の四方には、醍醐天皇・朱雀天皇・村上天皇・穏子皇后の位牌が安置されています。

国宝に指定された理由

醍醐寺五重塔は、明治30年(1897年)12月28日に当時の「特別保護建造物」(現在の重要文化財に相当)に指定され、昭和26年(1951年)6月9日に国宝に指定されました。その価値が極めて高く評価されている理由はいくつかあります。

第一に、京都府下に現存する最古の木造建造物であることです。かつて「百塔の都」と称された平安京には数多くの塔が建てられましたが、応仁の乱(1467〜1477年)をはじめとする戦乱でそのほとんどが焼失しました。醍醐寺五重塔は、応仁の乱で下醍醐のほぼすべての建物が灰燼に帰す中で奇跡的に焼け残った、京都に残る数少ない平安時代建築のひとつです。

第二に、平安時代中期の建築様式を伝える貴重な遺構であることです。屋根の逓減率が大きく、塔身の立ちが低いため、後世の塔のような細長い外見ではなく、どっしりとした安定感のある姿をしています。総高38メートルのうち、頂部の相輪が約12.8メートルと全体の3割以上を占めるのも平安時代の塔の特徴で、荘厳な印象を与えています。

第三に、初重内部の壁画が建造物とは別に「絵画」として国宝に指定されている点です。この壁画は、平等院鳳凰堂の壁画と並んで平安時代の壁画として最も重要な遺例とされています。

国宝の中の国宝:初重内部の壁画

五重塔の最大の見どころのひとつが、初重内部に描かれた壁画です。心柱覆板、四天柱、連子窓、腰羽目板に、両界曼荼羅の諸尊と真言八祖像(善無畏を欠く)が極めて効果的かつ立体的に配置されています。

両界曼荼羅とは、真言密教において最も重要視される二つの曼荼羅のことです。「金剛界曼荼羅」は宇宙の不変の真理を、「胎蔵界曼荼羅」は仏の慈悲が世界に顕現するさまを図像化したものであり、真言宗の教義と修行の根幹をなしています。

この壁画の美術史的価値は極めて高く、平安前期以降の密教絵画の伝統に根ざしながらも、優美かつおおらかな藤原新様式の萌芽を窺わせる作風が特徴です。新旧両様式が交錯する10世紀の基準作として、日本密教絵画の源流をなすものと評価されています。昭和51年(1976年)6月5日に絵画として国宝に指定されました。

千年を超えて守り継がれた歴史

五重塔が千年以上にわたって存続してきた道のりは、決して平坦なものではありませんでした。15世紀後半の応仁の乱では、下醍醐の伽藍がほぼ壊滅しましたが、五重塔だけは奇跡的に難を逃れました。

天正13年(1586年)の天正地震では一部の軒が垂れ下がるなど甚大な被害を受けましたが、豊臣秀吉の援助を受けて慶長3年(1598年)3月に修理が完成しています。秀吉は同年、醍醐寺で有名な「醍醐の花見」を催しており、この寺院への深い関心が修復支援にもつながったと考えられます。

近代に入ってからも、昭和25年(1950年)のジェーン台風で被害を受け、昭和35年(1960年)に修理が完了しています。こうした幾多の修理を重ねながらも、平安時代の本質的な構造と意匠は大切に保たれてきました。

見どころ・拝観のポイント

仁王門をくぐり桜並木の参道を進むと、伽藍エリアにそびえる五重塔の姿が目に飛び込んできます。まずはその堂々とした姿を外観からじっくりと鑑賞してください。平安時代特有のどっしりとしたプロポーションと、塔全体の3分の1を占める長大な相輪の荘厳さは圧巻です。

通常は外観のみの拝観となりますが、毎月29日(醍醐天皇のご命日にちなむ)には「五重大塔開扉 納経法要」が行われます。写経奉納(奉納料1,000円、別途伽藍拝観料が必要)をされた方のみ、法要中に四方の扉の外側から初重内部の国宝壁画を拝観することができます。この特別な機会をぜひお見逃しなく。

五重塔のほかにも、伽藍エリアには国宝の金堂、朱塗りの弁天堂と池に映る美しい景観、清瀧宮本殿(重要文化財)など多くの見どころがあります。三宝院エリアでは豊臣秀吉が基本設計したとされる庭園や国宝の表書院を、霊宝館エリアでは季節ごとに展示替えされる貴重な寺宝を鑑賞できます。

醍醐寺について

醍醐寺は真言宗醍醐派の総本山であり、平安時代初期の貞観16年(874年)に空海(弘法大師)の孫弟子にあたる聖宝(理源大師)によって開創されました。山号は深雪山。醍醐山(笠取山)全体に200万坪以上の広大な境内を有し、山上の「上醍醐」と山麓の「下醍醐」に分かれています。

国宝・重要文化財を含む約15万点もの寺宝を伝承しており、国宝だけでも75,522点を数えます。建造物では国宝6棟、重要文化財10棟を有し、日本有数の文化財の宝庫として知られています。

豊臣秀吉が慶長3年(1598年)に催した「醍醐の花見」は歴史に名高く、毎年春には約1,000本の桜が咲き誇り、秀吉の花見にちなんだ「豊太閤花見行列」が行われています。

周辺情報

醍醐寺は京都市伏見区に位置しており、周辺にもさまざまな見どころがあります。数千基の朱色の鳥居で知られる伏見稲荷大社へは電車で短時間でアクセスできます。宇治方面に足を延ばせば、世界遺産・平等院や宇治茶の本場を楽しむことができます。

徒歩圏内には、平安時代の女流歌人・小野小町ゆかりの隨心院があり、静かな雰囲気の中で歴史を感じることができます。また、醍醐寺の境内から上醍醐への山道を約1時間登ると、薬師堂や開山堂など重要文化財の建物が点在する山上の聖地を訪れることもできます。

四季折々の楽しみ

醍醐寺は「花の醍醐」とも称されるように、春の桜が特に有名です。3月の河津桜に始まり、枝垂桜、染井吉野、山桜、八重桜と約1,000本の桜が次々に咲き、華やかな花の饗宴が繰り広げられます。毎年桜の満開時には「豊太閤花見行列」が賑やかに開催されます。

秋には紅葉が境内を彩り、弁天堂周辺の紅葉が水面に映る光景は格別です。夜間にはライトアップが行われ、五重塔や金堂が幻想的に照らし出されます。

冬には「京の冬の旅」などの非公開文化財特別公開が行われることもあり、通常は見ることのできない寺宝に出会えるチャンスがあります。どの季節に訪れても、それぞれの趣を楽しむことができるでしょう。

Q&A

Q五重塔の内部を見ることはできますか?
A通常は外観のみの拝観です。ただし、毎月29日に行われる「五重大塔開扉 納経法要」に参加し、写経を奉納(奉納料1,000円、別途伽藍拝観料が必要)すると、法要中に四方の扉の外側から初重内部の国宝壁画を拝観することができます。また、秋の非公開文化財特別公開で公開されることもあります。
Q醍醐寺へのアクセス方法を教えてください。
A京都市営地下鉄東西線「醍醐駅」2番出口から東へ徒歩約10分です。京阪バス22系統・22A系統で「醍醐寺前」下車すぐでもアクセスできます。お車の場合は、約100台収容の駐車場があり、5時間700円でご利用いただけます。
Q拝観料はいくらですか?
A三宝院・伽藍・霊宝館の3か所共通券は大人1,500円、中高生1,000円です。春期(3月20日〜4月第3日曜日)は大人1,800円、中高生1,300円になります。小学生以下は無料です。各エリアの個別拝観券もございます。
Qおすすめの訪問時期はいつですか?
A春(3月下旬〜4月中旬)の桜と秋(11月中旬〜12月上旬)の紅葉の時期が特に人気です。混雑を避けたい場合は、5月下旬や10月上旬が気候も穏やかでおすすめです。毎月29日の五重塔開扉法要は通年で行われています。
Q海外からの旅行者向けの案内はありますか?
A境内の主要なポイントには英語の案内板が設置されています。醍醐寺の公式ウェブサイトにも英語ページがあり、詳しい情報を確認できます。より深い体験をご希望の場合は、事前に英語対応のガイドを手配されることをおすすめします。

基本情報

正式名称 醍醐寺五重塔(だいごじごじゅうのとう)
指定 国宝(建造物、昭和26年6月9日指定/明治30年12月28日重要文化財指定)。初重壁画は別途国宝(絵画、昭和51年6月5日指定)。
建立 承平6年(936年)着工、天暦5年(951年)完成
構造・形式 三間五重塔婆、本瓦葺
総高 約38メートル(うち相輪約12.8メートル)
所有 醍醐寺(真言宗醍醐派総本山)
所在地 京都府京都市伏見区醍醐伽藍町
世界遺産 「古都京都の文化財」構成資産(平成6年/1994年登録)
拝観時間 9:00〜17:00(受付終了16:30)※12月第1日曜日翌日〜2月末は〜16:30(受付終了16:00)
拝観料 3か所共通券:大人1,500円、中高生1,000円(春期は大人1,800円、中高生1,300円)。小学生以下無料。
アクセス 京都市営地下鉄東西線「醍醐駅」2番出口より徒歩約10分

参考文献

世界遺産 京都 醍醐寺 公式サイト:醍醐寺の寺宝・文化財
https://www.daigoji.or.jp/cultural_asset/
世界遺産 京都 醍醐寺 公式サイト:伽藍(境内案内)
https://www.daigoji.or.jp/grounds/garan.html
世界遺産 京都 醍醐寺 公式サイト:五重大塔開扉 納経法要
https://www.daigoji.or.jp/event/detail6.html
京都 醍醐寺 文化財アーカイブス:五重塔
https://www.daigoji.or.jp/archives/cultural_assets/NT001/NT001.html
京都 醍醐寺 文化財アーカイブス:五重塔壁画
https://www.daigoji.or.jp/archives/cultural_assets/NP006/NP006.html
文化遺産データベース:醍醐寺五重塔
https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/200829
文化遺産データベース:醍醐寺五重塔初重壁画
https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/188696
醍醐寺 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%86%8D%E9%86%90%E5%AF%BA

最終更新日: 2026.03.18