大聖寺本堂:東京・青山御所から移築された皇室ゆかりの建築

京都御所の北西、烏丸通に面して静かに佇む大聖寺は、「御寺御所(おてらのごしょ)」の別名で知られる格式高い尼門跡寺院です。南北朝時代の1382年に室町幕府三代将軍・足利義満によって創建されて以来、24代にわたる内親王が入寺し、尼寺第一位の格式を誇ってきました。その境内の東南に西面して建つ本堂は、昭和18年(1943年)に東京の青山御所から移築されたもので、平成23年(2011年)に国の登録有形文化財に指定されています。皇室との深い縁を今に伝える、気品に満ちた建築です。

大聖寺の歴史

大聖寺の創建は、南北朝時代の永徳2年(1382年)に遡ります。室町幕府三代将軍・足利義満は、北朝初代・光厳天皇の妃であった無相定円禅尼(日野宣子)が同年に亡くなった後、その遺言に従い、花の御所内の岡松殿を尼寺として開きました。法名「大聖寺殿無相定円禅定尼」にちなみ「大聖寺」と名付けられ、禅尼の姪である玉巌悟心尼が開山(初代住持)となりました。

以来、大聖寺は皇室と密接な関係を保ち続けました。北朝第五代・後円融天皇の皇女・理栄宮の入寺以降、「御寺御所」と呼ばれるようになり、正親町天皇の皇女の入寺に際して「尼寺第一位」の綸旨を賜りました。尼門跡の筆頭(第二位は宝鏡寺、第三位は曇華院)として、江戸時代末期の光格天皇皇女・普明浄院宮まで、24代にわたる内親王が住持を務めています。応仁の乱後の移転や火災を経ながらも、元禄10年(1697年)に現在地に戻り、今日に至っています。

本堂の来歴:青山御所からの移築

大聖寺本堂は、もともと東京都港区元赤坂にあった青山御所の建物でした。青山御所は、旧和歌山藩主・徳川家の中屋敷跡を明治5年(1872年)に朝廷に献上したもので、英照皇太后、昭憲皇太后、そして大正天皇の皇后である貞明皇后の御殿(大宮御所)として使用されました。

昭和17年(1942年)に建てられたこの建物は、翌昭和18年(1943年)に大聖寺へ移築されました。第二次世界大戦中という困難な時期に行われたこの移築は、貴重な皇室建築を保存するうえで重要な意味を持ちました。移築元の青山御所は戦災によりその後焼失し、跡地には東宮御所が建設されています。大聖寺と皇室との深い絆があったからこそ実現した、歴史的な移築と言えるでしょう。

建築の特徴と文化財としての価値

本堂は木造平屋建、入母屋造桟瓦葺で、建築面積は134平方メートルです。伝統的な六間取方丈形式を採用しており、禅宗寺院の本堂建築として正統な平面構成を持っています。

正面には広縁が設けられ、正面と側面には高欄付きの切目縁が巡らされています。構造は方柱に舟肘木を用い、一軒疎垂木とし、妻には木連格子(つまきれんごうし)を配しています。こうした意匠は格式の高い寺院建築の伝統を忠実に守りながらも、皇室の御殿としての品格を兼ね備えたものです。

特に注目すべきは、後列南室に設けられた「貴人の間」です。花鳥を描く大床(おおとこ)を構え、金地に瑞鳥瑞花を描いた障壁画が飾られています。この障壁画は18世紀の作品で、2021年から2023年にかけて京都の工房で丁寧に修復されました。空を舞う鳳凰や色鮮やかな花々が描かれた、見事な作品です。

本堂は平成23年(2011年)1月26日に国の登録有形文化財に指定されました。同時に境内の宮御殿、表門、玄関、渡り廊下、茶室「残月亭」、南面築地、東面築地、高塀なども登録されており、尼門跡寺院の伽藍構成を今に伝える貴重な建物群として評価されています。

見どころと魅力

大聖寺は通常非公開の寺院ですが、「京の冬の旅」や京都古文化保存協会主催の「京都非公開文化財特別公開」などで、まれに特別公開が行われることがあります。公開された際には、本堂をはじめとする境内の建物群や庭園を拝観することができます。

本堂の「貴人の間」に描かれた金地障壁画は、修復を経て色鮮やかによみがえっており、往時の皇室の美意識を今に伝えます。本堂と玄関をつなぐ渡り廊下も登録有形文化財で、複廊(二つの廊下を並べた構造)という珍しい形式が見られます。

また、宮御殿(書院)には望月玉川筆の「秋草に鹿図」「波に鶴図」「竹鶏図」などの障壁画が飾られています。本堂前庭の枯山水庭園は京都市指定名勝で、元禄10年(1697年)に明正天皇の「河原の御殿」から材料を移して作庭されたもの。黒い小石を敷き詰めた枯流れに石橋が架かり、光格天皇から贈られた杜若「雲井の鶴」や白椿「玉兎」などが植えられた、御所風の優美な庭園です。

さらに、大聖寺は歴代皇女遺愛の御所人形やひな人形のコレクションでも知られ、特別公開時に展示されることがあります。昭憲皇太后の大礼服(マント・ド・クール)も所蔵されており、現在修復プロジェクトが進められています。

周辺情報

大聖寺は京都の歴史と文化の中心地に位置しており、周辺には見どころが豊富です。

すぐ南には京都御苑が広がり、京都御所の一般公開を楽しむことができます。隣接する同志社大学今出川キャンパスには、明治期の美しい赤レンガ建築が残っており、自由に見学が可能です。北東方向には臨済宗の大本山・相国寺があり、法堂の天井に描かれた「鳴き龍」や、承天閣美術館の伊藤若冲コレクションが有名です。

烏丸通を北へ進めば西陣エリアに入り、西陣織会館で伝統的な織物の実演を見学できます。また、大聖寺と同じ尼門跡寺院である宝鏡寺(人形寺)も徒歩圏内にあり、人形の展示で知られています。京都御苑周辺は桜や梅の名所でもあり、四季折々の風情を楽しめるエリアです。

Q&A

Q大聖寺本堂はいつでも見学できますか?
A大聖寺は通常非公開の寺院です。ただし、「京の冬の旅」非公開文化財特別公開や、京都古文化保存協会主催の特別公開などで、まれに公開されることがあります。2026年秋の第61回京都非公開文化財特別公開では、10月31日〜11月3日に大聖寺門跡の公開が予定されています。最新情報は京都古文化保存協会や京都観光Naviのウェブサイトでご確認ください。
Qなぜ本堂は東京から移築されたのですか?
A昭和18年(1943年)、戦時中に東京の青山御所から大聖寺へ移築されました。大聖寺は創建以来、皇室との深い縁を持つ尼門跡寺院であり、皇室ゆかりの建物の受け入れ先としてふさわしい場所でした。移築元の青山御所はその後の戦災で焼失しており、この移築が建物の保存に大きく貢献しました。
Q尼門跡寺院とは何ですか?
A尼門跡(あまもんぜき)とは、皇族や高位の公家の女性が住持を務めた尼寺のことです。「比丘尼御所」とも呼ばれ、宮中の作法や文化を守り伝える役割も担っていました。最盛期には30以上の尼門跡寺院がありましたが、現在は京都に約10か寺、奈良に3か寺が残るのみです。大聖寺はその中でも第一位の格式を持っていました。
Q拝観時に写真撮影はできますか?
A特別公開時であっても、建物・室内・庭園の撮影は原則として禁止されています。文化財の保護と静謐な雰囲気の維持のため、撮影ルールを遵守いただくようお願いいたします。
Q大聖寺へのアクセスは?
A京都市営地下鉄烏丸線「今出川」駅下車、烏丸通を北へ徒歩約2分です。烏丸通の西側、今出川通の北に位置しています。市バスの場合は「烏丸今出川」バス停が最寄りです。同志社大学今出川キャンパスのすぐ隣にあります。

基本情報

名称 大聖寺本堂(だいしょうじほんどう)
寺院名 岳松山 大聖寺(がくしょうざん だいしょうじ)
別称 御寺御所(おてらのごしょ)
宗派 臨済宗単立(旧臨済宗相国寺派)
文化財指定 国登録有形文化財(建造物)/平成23年(2011年)1月26日登録
建築年 昭和17年(1942年)建築、昭和18年(1943年)東京青山御所より移築
構造 木造平屋建、入母屋造桟瓦葺、建築面積134㎡
所在地 〒602-0023 京都府京都市上京区烏丸通上立売下る御所八幡町109-1
所有者 宗教法人大聖寺
アクセス 京都市営地下鉄烏丸線「今出川」駅より徒歩約2分/市バス「烏丸今出川」下車すぐ
拝観 通常非公開(特別公開時のみ拝観可。日程は要確認)
電話番号 075-441-1006

参考文献

大聖寺本堂 — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/180515
大聖寺 — Kyotofukoh 京都風光
https://kyotofukoh.jp/report458.html
大聖寺門跡 — 地域観光資源の多言語解説文データベース(観光庁)
https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/R2-01451.html
大聖寺(御寺御所) — 京都に乾杯
https://www.kyotonikanpai.com/spot/01_03_kyoto_gosho/daishoji.php
大聖寺 — 神仏霊場会
https://shinbutsureijou.com/reijou/daishouji/
大聖寺庭園 — 庭園情報メディア おにわさん
https://oniwa.garden/daishoji-temple-kyoto-%E5%A4%A7%E8%81%96%E5%AF%BA/
上京区の史蹟百選/大聖寺 — 京都市上京区役所
https://www.city.kyoto.lg.jp/kamigyo/page/0000012472.html
令和7年度 第61回京都非公開文化財特別公開 — 京都観光Navi
https://ja.kyoto.travel/event/single.php?event_id=5429

最終更新日: 2026.03.23