伝教大師度縁案並僧綱牒(三通)とは:最澄の得度・受戒に関わる3通の文書を1巻に仕立てたもの

伝教大師度縁案並僧綱牒(三通)(でんきょうだいしどえんあんならびにそうごうちょう)は、京都府京都市左京区大原の来迎院が所有する、伝教大師最澄の得度と受戒に関する奈良時代から平安時代の文書3通で、昭和30年(1955年)6月22日に国宝に指定された。

文化庁の記録では、員数は1巻、780年から783年の年紀をもち、所有者は来迎院である。

東京国立博物館によると、比叡山の開祖で日本天台宗の祖である伝教大師最澄(766年から822年)の得度や受戒に関する文書3通を1巻に仕立てたものである。

伝教大師度縁案並僧綱牒(三通)の3通

東京国立博物館によると、1通目の宝亀11年(780年)11月10日付の近江国司牒案は、15歳の最澄の得度(出家)を認めたことを記した文書の控えで、近江国分寺の僧最寂の替わりに得度した最澄の俗名が「三津首廣野」であることなどが記され、原本には国印24顆があったと記す。

2通目は延暦2年(783年)正月20日付の最澄度縁牒案で、18歳の最澄に近江国師から与えられた度縁の控えである。度縁は僧尼になることを政府が正式に許可した証明書で、文中には最澄の黒子などの身体的特徴も記されている。

伝教大師度縁案並僧綱牒(三通)の見どころ

東京国立博物館によると、3通目の延暦4年(785年)4月6日付の僧綱牒は、僧綱が近江国師に宛てて最澄を今年の受戒僧として認可した文書で、大僧都賢璟らの自署があり、全文の字面に「僧綱之印」の朱文印20顆が捺された正文である。

最澄が僧となるまでの経過を、公的な文書の形で伝えている。

伝教大師度縁案並僧綱牒(三通)の見学方法

文書は来迎院が所有しており、常時公開されているわけではない。公開の機会は展覧会の案内で確かめたい。

Q&A

Q伝教大師度縁案並僧綱牒はいつ国宝に指定されましたか?
A昭和30年(1955年)6月22日に国宝に指定されました。
Qこの文書は何通からなりますか?
A最澄の得度や受戒に関する3通で、1巻に仕立てられています。
Q最澄の俗名は?
A近江国司牒案によると、三津首廣野です。
Q度縁とは何ですか?
A僧尼になることを政府が正式に許可した証明書です。
Q3通目の僧綱牒の特徴は?
A「僧綱之印」の朱文印20顆が捺された正文で、大僧都賢璟らの自署があります。

基本情報

名称伝教大師度縁案並僧綱牒(三通)(でんきょうだいしどえんあんならびにそうごうちょう)
所在地京都府京都市左京区大原来迎院町(来迎院)
指定区分国宝(古文書)
指定年昭和30年(1955年)6月22日指定
員数1巻(3通)
寸法文化庁データベースに記載なし
所有者来迎院
公開状況常時公開ではない

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「伝教大師度縁案並僧綱牒」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/803
東京国立博物館「国宝 伝教大師度縁案並僧綱牒」
https://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=5368

最終更新日: 2026.10.01