延暦寺相輪橖 ― 比叡山西塔の丘に立つ青銅の塔
比叡山延暦寺の西塔。その中心となる釈迦堂の脇から細い山道を登っていくと、杉木立を抜けた先に小さな丘がひらける。そこに、4本の支柱に支えられた高さ約11.65メートルの青銅の塔が立っている。これが相輪橖である。延暦寺の堂塔のなかでも、ほかにあまり例を見ない形をしている。
形を思い描くには、まず五重塔を想像してみるとよい。屋根や塔身を取り去り、中心の柱と、その頂部を飾る金属製の相輪だけを残す。それをそのまま地面に立てたものが相輪橖である。下部の柱の部分を橖(とう)と呼び、上部の相輪は、本来は仏塔のいちばん上に置かれる輪状の飾りにあたる。礎石の上に柱を立て、その上に擦管・受花・九輪・宝珠を順に組み上げ、四方の支柱で固める。
納められているものも、形と同じく変わっている。普通の仏塔が仏舎利をおさめるのに対し、この塔の中には経典が入る。日本天台宗の開祖である最澄が、みずから書写した法華経や大日経などをおさめたと伝えられている。
最澄の発願から明治の改鋳まで
正式には「浄菩提心無垢浄光摩尼幢相輪橖」という長い名をもつ。最澄(伝教大師、767〜822)が弘仁11年(820)にこの地に最初の相輪橖を建てたのが始まりと伝わる。当時は山内に多くあった子院のひとつ、宝幢院のなかに立っていたとされ、その周囲は後の座主や貴族の帰依を受けて広がっていった。
標高700メートルの山上で雨風にさらされる塔が、千二百年ものあいだそのままで保たれるはずもない。記録では治承3年(1179)を最初に、たびたび修理がおこなわれてきた。現在見られる塔はその最も新しい代替わりにあたる。明治25年(1892)に改鋳が計画され、同28年(1895)頃に完成した青銅製のものである。国の重要文化財に指定されたのは、大正6年(1917)8月13日のことだった。
鋳造からわずか二十数年での指定という点は、少し立ち止まって考えたい。文化財としての価値は、ふつう古さに置かれる。ここではそうではない。相輪橖はきわめて珍しい形式なのである。日本の仏塔は木造の多層塔がほとんどで、このような独立した塔の現存例は、日光輪王寺や行方市の西蓮寺など、わずかな数にとどまる。延暦寺のものは、開祖以来の改修の系譜を絶やすことなく受け継ぎ、明治の鋳造によって、古い図や記録のなかにしか残らなかったはずの構造を実物として残している。
近づいて見たいところ
多くの人が見落とすのが、受花のすぐ下に施された装飾だ。青銅に鋳出された天女たちが、それぞれ楽器を奏でている。縦笛、横笛、太鼓、笙、琵琶。木々の梢の上に浮かぶ小さな天上の楽団である。
さらに上を見れば、九輪には風鐸と鈴が下がる。風のない日は静かだが、音を予感させること自体が造形の一部になっている。午後の光が斜めに差し込むと、青銅があたたかな金色に輝き、塔全体が空に向かって伸びていくように見える瞬間がある。
そしてもうひとつ、訪れた人が気づくのは静けさである。麓の大きな堂には人が集まるが、相輪橖までの登りは多くの参拝者を遠ざける。ここまで来た人は、たいてい丘の上を独り占めできる。
塔への道と周辺の見どころ
相輪橖が立つのは西塔の区域である。天台宗第2世座主の円澄によって開かれた一帯で、東塔からおよそ1キロメートル。シャトルバスで5分、徒歩なら未舗装の坂道と階段を含めて20分ほどの道のりになる。拝観には諸堂巡拝料が必要だ。
塔への道は釈迦堂から始まる。正式名を転法輪堂というこの建物は、延暦寺に現存する最古の建築である。もとは三井寺の名でも知られる園城寺の金堂で、文禄4年(1595)に豊臣秀吉によってこの地へ移された。堂の左手から石段を数段上がり、道標に従って急な山道を登ると、丘の上に出る。
すぐ近くには、香炉丘弥勒石仏が座している。鎌倉時代初期の作とみられる弥勒如来の石像で、光背の破損は元亀2年(1571)の織田信長による比叡山焼き討ちによるものと推測されている。延暦寺全体は「古都京都の文化財」の一部として世界文化遺産に登録されている。
Q&A
- 相輪橖とはそもそも何ですか。
- 仏塔の相輪を柱に取りつけ、地上に独立して立てた構造物です。多層塔から屋根や塔身を取り去り、中心の柱と頂部の輪状の飾りだけを残して立てたものとお考えください。延暦寺のものは青銅で鋳造されています。
- 今立っている塔はいつのものですか。
- 現在の青銅製の塔は明治28年(1895)頃に改鋳されたものです。始まりはさらに古く、最澄が弘仁11年(820)に建てたと伝えられています。
- 中には何が入っているのですか。
- 仏舎利ではなく写経です。最澄自身が書写したとされる法華経や大日経などの経典がおさめられていると伝わります。
- 行くのは大変ですか。
- 釈迦堂の背後の丘にあり、短いながらも階段を含む急な山道を登ります。未舗装ですが、歩きやすい靴であれば多くの方が登れる程度です。
- 写真撮影はできますか。
- 屋外に立っており、見学や撮影は通常問題ありません。西塔区域の拝観料が必要で、現地の掲示があればそれに従ってください。
基本情報
| 名称 | 延暦寺相輪橖(えんりゃくじそうりんとう) |
|---|---|
| 所在地 | 滋賀県大津市坂本本町(延暦寺西塔区域) |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物) |
| 指定年月日 | 大正6年(1917)8月13日 |
| 員数 | 1基 |
| 構造・形式 | 青銅製相輪橖 |
| 現存する塔 | 明治28年(1895)頃の完成 |
| 高さ | 約11.65メートル(資料により多少の差あり) |
| 所有者 | 延暦寺 |
| 公開状況 | 西塔区域内の屋外。拝観には諸堂巡拝料が必要 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「延暦寺相輪橖」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1325
- 大津市 文化財保護課「延暦寺 相輪橖」
- https://www.city.otsu.lg.jp/bz/a/03/15/60697.html
- 天台宗総本山 比叡山延暦寺 公式サイト「西塔」
- https://www.hieizan.or.jp/grounds/saitou.html
最終更新日: 2026.06.03