金銅小野毛人墓誌とは:遣隋使小野妹子の子、小野毛人の経歴を両面に刻んだ金銅の墓誌

金銅小野毛人墓誌(こんどうおののえみしぼし)は、京都府京都市東山区茶屋町の京都国立博物館にある、京都市左京区上高野から出土した奈良時代の金銅の墓誌で、昭和36年(1961年)4月27日に国宝に指定された。

文化庁の記録では、員数は1面で、大正3年(1914年)8月25日に当時の制度で指定されている。

京都国立博物館によると、長さ58.9センチメートル、幅5.8センチメートルで、所有者は京都の崇道神社である。

金銅小野毛人墓誌の銘文

京都国立博物館によると、慶長18年(1613年)に現在の京都市左京区上高野で古い墓が掘られ、石室の中から1枚の「位牌」が見つかった。これが小野毛人の墓誌である。その後、墓誌は元の墓に納められたが、明治年間に盗難にあったこともあって、大正3年(1914年)に保存のために取り出された。

墓誌は鋳銅製で、文字を刻んだ後に鍍金している。文字は両面にあり、表には、小野毛人が天武朝に仕え、納言の職にあって、のちの刑部卿で正四位に相当する地位にあったことを記している。

金銅小野毛人墓誌の見どころ

京都国立博物館によると、小野毛人は遣隋使として知られる小野妹子の子であるが、墓誌に記された以上のことは分かっていない。文化庁の記録では677年の年紀が示されているが、京都国立博物館は、墓誌が作られたのは奈良時代になってからであるとしている。

両面に刻まれた銘文と、文字を刻んだ後に鍍金した仕上げに注目したい。

金銅小野毛人墓誌の見学方法

墓誌は京都国立博物館にあり、常時展示されているわけではない。展示の予定は同館の案内で確かめたい。

Q&A

Q小野毛人墓誌はいつ国宝に指定されましたか?
A昭和36年(1961年)4月27日に国宝に指定されました。
Q小野毛人とは誰ですか?
A遣隋使として知られる小野妹子の子です。
Qこの墓誌はいつ見つかったのですか?
A慶長18年(1613年)に、京都市左京区上高野の古い墓の石室から見つかりました。
Q墓誌には何が書かれていますか?
A毛人が天武朝に仕え、納言の職にあったことなどが両面に刻まれています。
Qこの墓誌の大きさは?
A長さ58.9センチメートル、幅5.8センチメートルです。

基本情報

名称金銅小野毛人墓誌(こんどうおののえみしぼし)
所在地京都国立博物館(京都府京都市東山区茶屋町527)
指定区分国宝(考古資料)
指定年昭和36年(1961年)4月27日指定(大正3年(1914年)8月25日旧制度指定)
員数1面
寸法長さ58.9センチメートル、幅5.8センチメートル(京都国立博物館)
所有者崇道神社
公開状況展示時期は京都国立博物館に要確認

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「金銅小野毛人墓誌」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/860
文化遺産オンライン「金銅小野毛人墓誌」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/193083
京都国立博物館「金銅小野毛人墓誌」
https://www.kyohaku.go.jp/jp/collection/meihin/kouko/item09/

最終更新日: 2026.09.30