一括の考古資料 ― 2006年に国宝

福岡県平原方形周溝墓出土品は、福岡県前原市大字井原916にある弥生時代の考古資料で、1990年(平成2年)6月29日に重要文化財となり、2006年(平成18年)6月9日に国宝に指定された。所有は国(文化庁)である。

員数は一括である。武蔵埼玉稲荷山古墳出土品、奈良県藤ノ木古墳出土品に続いて3件目になる。考古資料では数を書かない扱いが定着している。

時代は弥生である。ここまで考古資料は古墳時代のものが続いていた。弥生時代は初めてになる。

出土した場所によって、本体と附が分かれる

福岡県平原方形周溝墓出土品で最も注目すべきは、附の分け方である。

文化庁は、本件は、この主体部から出土した銅鏡、玉類などの副葬品で構成され、周溝、土坑などからの出土品を附とする、と記す。

主体部は墓の中心となる埋葬施設をいう。そこから出たものが本体になる。周溝は墓のまわりを巡る溝、土坑は掘られた穴をいう。そこから出たものが附になる。

同じ一つの墓から出たものが、出土した場所によって本体と附に分けられている。

ここまで附指定にはさまざまな型があった。当麻曼荼羅縁起は後世の添書、三藐院記は朝廷の原文書、更級日記は冊子箱、四将像は僧の肖像、中務正宗は拵である。物の種類ではなく、出た場所で分ける例は初めてになる。

「三二面分」という数え方

福岡県平原方形周溝墓出土品の銅鏡の数え方に、独特の表現がある。

方格規矩鏡が三二面分、内行花文鏡が七面分、とある。面ではなく面分である。

理由は前の文にある。銅鏡は墓壙内の四隅から破砕された状態で検出された、とある。

割れた状態で見つかったため、完全な一面として数えられない。破片を集めて何面に相当するかを示すのが面分である。もう一種は一面と記され、こちらは分が付かない。

紙本墨画五部心観では欠損が名称に書かれ、太刀では読めない箇所が名称に書かれていた。本件は、壊れているために数え方そのものが変わっている。

「他を凌駕した数量」が記録にある

評価の一文を確かめておきたい。

これらの副葬品のうち、銅鏡は合計四〇面という、一遺構からの発見では他を凌駕した数量である、とある。

一つの遺構から40面という数が、他を上回るとされている。文化庁の記録にある評価である。

武蔵埼玉稲荷山古墳出土品の「現存最古の日本の文章」、喪乱帖の「計九点」も記録にあった。一方、曜変天目茶碗の「世界に3碗」、冥報記の「日本にのみ現存」は記録になく削っている。

旧来の記述に「日本最大の銅鏡(直径46.5センチメートル)」とするものが見られるが、文化庁の記録に鏡の寸法はない。本稿はこの数値を記さない。

棺内の様子も記される。棺内からは朱と玉類が大量に見つかり、鉄素環頭大刀も一点出土した、とある。

鑑賞

福岡県平原方形周溝墓出土品の所在は福岡県前原市大字井原916、所有は国(文化庁)である。館が保管する資料であり、常設で公開される性格のものではない。

文化庁の記録は所在地を前原市とする。旧来の記述には糸島市とするものもある。本稿は記録に従って前原市と記す。

出土地についても、史跡曽根遺跡群のうち、平原遺跡の一号墓にあたる方形周溝墓、と記される。遺跡群のなかの遺跡、そのなかの一号墓、という三段階で位置づけられている。

展示の予定は変わることがあるため、訪問前に館の案内で確認したい。

Q&A

Q福岡県平原方形周溝墓出土品はいつ指定されましたか。
A1990年(平成2年)6月29日に重要文化財、2006年(平成18年)6月9日に国宝へ指定されました。員数は一括、所在は福岡県前原市大字井原916、所有は国(文化庁)です。
Q附指定はどう分けられているのですか。
A出土した場所で分けられています。文化庁は「主体部から出土した銅鏡、玉類などの副葬品で構成され、周溝、土坑などからの出土品を附とする」と記します。同じ墓から出たものが、出た場所によって本体と附に分かれています。
Q「面分」とは何ですか。
A破片を集めて何面に相当するかを示す数え方です。銅鏡は「墓壙内の四隅から破砕された状態で検出された」ため完全な一面として数えられず、方格規矩鏡が32面分、内行花文鏡が7面分と記されています。
Q銅鏡は何面ありますか。
A文化庁は「銅鏡は合計四〇面という、一遺構からの発見では他を凌駕した数量である」と記します。一つの遺構から40面という数が、他を上回るとされています。
Q日本最大の銅鏡があるのですか。
A文化庁の記録に鏡の寸法はありません。旧来の記述に直径46.5センチメートルとするものが見られますが、本稿はこの数値を記していません。

基本情報

名称福岡県平原方形周溝墓出土品(ふくおかけんひらばるほうけいしゅうこうぼしゅつどひん)
所在地福岡県前原市大字井原916
指定区分国宝(考古資料)/周溝・土坑などからの出土品が附指定
指定年1990年(平成2年)6月29日 重要文化財/2006年(平成18年)6月9日 国宝
員数一括(点数は記されていない)
寸法文化庁は寸法を記していない。銅鏡は墓壙内の四隅から破砕された状態で検出され、方格規矩鏡が32面分、内行花文鏡が7面分、もう一種が1面、合計40面とされる。時代は弥生
所有者国(文化庁)
公開状況館が保管する資料で、常設の公開ではない

参考文献

文化遺産オンライン 福岡県平原方形周溝墓出土品
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/188462
福岡県文化財データベース
https://www.fukuoka-bunkazai.jp/
糸島市 平原遺跡
https://www.city.itoshima.lg.jp/site/bunkazai/hirabaru-iseki.html
文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/

最終更新日: 2026.09.05