昭和通りの角、建築面積45平方メートル

旧宮脇ビル(川崎ブランドデザインビルヂング)は、東京都中央区銀座一丁目にある昭和7年(1932年)竣工の鉄筋コンクリート造3階建の商業ビルで、令和7年(2025年)3月13日に国の登録有形文化財となった。建築面積は45平方メートル。

この数字をもう一度見てほしい。45平方メートルは都心のワンルームをいくつか並べた程度の広さで、そこに3層が積み上がっている。間口は約4メートル、奥行は約9メートル。角地の敷地が奥へ向かって狭まるため、平面は長方形ではなく台形になった。設計者が好んで選ぶ形ではない。敷地がそう決めたのである。

その敷地は、災害の産物だ。ビルが面する昭和通りは、大正12年(1923年)の関東大震災後の帝都復興計画によって既成の市街地を貫いて開かれた幹線街路である。新しい大通りを古い町割りに通せば、沿道には細長い半端な土地が残る。ここもそのひとつだった。昭和7年、その敷地いっぱいにビルが建った。現在この建物を使うギャラリーの記録によれば、当初は油商店の事務所が入居していたという。設計者の名は伝わっていない。

昭和17年(1942年)、太平洋戦争のさなかに東側がラーメン構造で増築され、鉄筋コンクリート造の壁が木造床を支える西側部分と一体化された。歩道から見上げると、二つの時期の部分は一棟として読める。令和5年(2023年)には改修が行われている。

小さな建物が登録された理由

登録有形文化財は、平成8年(1996年)に始まった制度である。築およそ50年以上の建造物を対象に、所有者が現状変更の際に届け出を行い、その代わりに技術的な助言や税制上の優遇を受ける。許可制をとる重要文化財や国宝とは規制の強さが異なり、より緩やかな保護のしくみだ。旧宮脇ビルはこの登録の区分にあたり、登録番号は13-0516、第109回登録である。

適用された登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。この一文の背後にあるのは、単純な希少性の話である。

震災後の銀座は不燃化へと舵を切り、復興街路の沿道には小規模な鉄筋コンクリート造の商業ビルが数多く建った。それがほとんど残っていない。昭和20年(1945年)の空襲が一部を奪い、戦後の地価と再開発が残りの多くを消した。文化庁の解説は、この建物を「関東大震災以降、銀座で隆盛した不燃化商業ビルの現存例として貴重」と評価する。所有者は、昭和通りの銀座側に残る唯一の近代建築だと説明している。

消える寸前でもあった。現在の所有者は平成25年(2013年)にこの物件を取得し、著名建築家による高層ビルの新築計画をすでに進めていたが、途中でそれを止めて建物を残す判断をした。以後はMUSEE GINZAという現代美術のギャラリーとして使われている。登録に至るまでには、中央区の郷土資料館や外部の調査者を交えた10年ほどの準備があった。

現地で見るべきところ

まずタイルに近寄ってほしい。外壁は戦前の日本建築で広く使われたスクラッチタイル貼だが、一般的な引っ掻き溝のものではない。所有者の説明では、釉薬をかけた特注の加飾タイルで、表面が平滑ではなく凹凸を持つ。そのため壁面は一様な茶色の面にならず、光を不規則に受ける。曇天の午後には違いがわかりにくい。西日が低く差す時間なら一目でわかる。

次に一歩下がって見上げる。正面は全高を貫く縦長の窓で構成され、この比例のおかげで間口4メートルの建物が3階建以上の高さに感じられる。文化庁の解説も、縦長窓とタイル貼によって全体が整えられている点を挙げている。

内部に入ると質感が切り替わる。白い展示壁の上に杉の天井が架かる。コンクリートの躯体のなかに、日本建築の木の仕事が同居している。階段の踊り場には、東京ではほとんど見かけなくなった鉄製の窓が残る。ギャラリーによれば、令和5年の改修時に覆っていた石膏を除いて再現したものだという。階段を上りきると突き当りは壁だ。この建物にはそれ以上の余地がない。

見学には少し段取りがいる。MUSEE GINZAの開廊は金・土・日曜の13時30分から15時まで、入館無料、アポイントが優先される。月曜から木曜は休廊で、臨時休廊も出るため、出かける前にギャラリーの公式サイトを確認しておきたい。5月の東京建築祭や10月末から11月初旬の東京都文化財ウィークには時間を延長した特別公開が行われ、これまで延べ2,000名を超える来場があったという。撮影は、展示作品それぞれに制約があるため、到着時にスタッフへ確認するのが確実だ。最寄りは東京メトロ有楽町線の銀座一丁目駅10番出口で徒歩約3分。京橋駅や銀座駅からも徒歩10分程度で、周辺の中央区内には銀座ライオンビルや玉置文治郎ビルなど、ほかの登録有形文化財も点在している。

Q&A

Q旧宮脇ビル(川崎ブランドデザインビルヂング)の内部は見学できますか。開館時間は?
A見学できます。建物はMUSEE GINZAというギャラリーとして使われており、金・土・日曜の13時30分から15時まで開廊、入館無料で、アポイントのある来館者が優先されます。月曜から木曜は休廊、臨時休廊もあるため、公式サイトで事前確認をおすすめします。5月の東京建築祭や11月初旬の東京都文化財ウィークには、時間を延長した特別公開が行われます。
Q旧宮脇ビルへの最寄り駅からの行き方を教えてください。
A東京メトロ有楽町線の銀座一丁目駅10番出口を出ると昭和通りに面し、徒歩約3分です。東京メトロ銀座線の京橋駅、銀座駅からはそれぞれ徒歩10分ほど、JR東京駅からは徒歩15分ほどになります。
Q旧宮脇ビルはなぜ登録有形文化財になったのですか。指定文化財とは違うのですか。
A令和7年(2025年)3月13日、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という登録基準により登録されました。関東大震災後の銀座に数多く建った不燃化商業ビルの、数少ない現存例と評価されたためです。登録有形文化財は届出制で、許可制の重要文化財や国宝より規制が緩やかな別の区分にあたります。
Q旧宮脇ビルの住所が資料によって違うのはなぜですか。
A文化庁の国指定文化財等データベースは地番の「銀座一丁目207」を記載しています。登録物件は地番で管理されるためです。一方、中央区やギャラリーは住居表示の「銀座1-20-17」を用います。指すのは昭和通りの同じ角地で、道案内には住居表示のほうを使ってください。
Q旧宮脇ビルは撮影できますか。
A外観は路上から自由に撮影できます。内部は現役のギャラリーで、展示中の作品には個別の制約がある場合があるため、到着時にスタッフへ確認してください。
Q旧宮脇ビルはもともと何に使われていた建物ですか。
A現在この建物を使うギャラリーの記録では、昭和7年の竣工時には油商店の事務所が入居していたとされます。文化庁のデータベースは種別を「産業3次・建築物」として商業ビルと位置づけていますが、当初の入居者名や設計者名は記録されていません。

基本情報

名称旧宮脇ビル(川崎ブランドデザインビルヂング)/きゅうみやわきびる
所在地東京都中央区銀座一丁目207(住居表示:銀座1-20-17)
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 13-0516
指定年令和7年(2025年)3月13日登録・同日告示(第109回登録)
員数1棟
寸法鉄筋コンクリート造3階建、建築面積45平方メートル。間口約4メートル、奥行約9メートルの台形平面
所有者文化庁データベースに記載なし。川崎ブランドデザイン(MUSEE GINZA運営)が所有
公開状況内部はギャラリーとして金・土・日曜13時30分〜15時に公開(無料、アポイント優先)。外観は昭和通りから常時見学可

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00015295
文化遺産オンライン
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/622429
中央区ホームページ「旧宮脇ビル(川崎ブランドデザインビルヂング)」
https://www.city.chuo.lg.jp/a0052/bunkakankou/rekishi/kunibunkazai/0703132.html
MUSEE GINZA_KawasakiBrandDesign(所有者・ギャラリー公式)
https://kawasaki-brand-design.com/
文化庁「登録有形文化財(建造物)」制度解説
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html

最終更新日: 2026.08.22