旧大野木家住宅中門及び塀とは
旧大野木家住宅中門及び塀は、京都府京都市山科区竹鼻堂ノ前町の旧大野木家住宅で、主屋の南側を仕切る昭和前期の門と塀で、平成23年(2011年)7月25日に国の登録有形文化財に登録された。読みは「きゅうおおのぎけじゅうたくちゅうもんおよびへい」。文化庁の区分では建物ではなく「その他工作物」にあたる。
旧大野木家住宅中門及び塀は2つの塀と1つの門からなる。1つは敷地の南側を画する塀、もう1つはその中ほどから北へ延び、主屋の座敷の南に広がる庭を囲う庭塀である。2本を合わせた総延長は60メートル。塀が分かれる位置に中門を構える。
登録の理由:城郭風の主屋に添える数寄屋の門
旧大野木家住宅中門及び塀の中門は、間口1.6メートルの腕木門である。屋根は切妻造の桟瓦葺で、柱には節を残した丸太を使う。文化庁の解説は、この門を数寄屋風の意匠とし、景観に安らぎを与えると評している。
対比が面白い。北に控える主屋は壁も軒も漆喰で塗り込めた城郭風の造りだが、旧大野木家住宅中門及び塀の中門は細い丸太の柱と軽い切妻屋根で、茶室の庭へ入る門に近い構えをとる。重い主屋の前に、軽い門を一枚はさむことで、座敷の庭へ入る動線に緩急がつく。
塀のほうは瓦葺の屋根をのせ、庭塀の腰には木賊張を用いる。細い材を縦に密に並べる張り方で、名のとおり木賊(トクサ)の茎を思わせる細かな縦の筋が足元に続く。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。
見どころ:2本の塀がつくる前庭と座敷庭
旧大野木家住宅中門及び塀の働きは、敷地の南側を二つに分けることにある。南を画する塀が通りと屋敷を隔て、そこから北へ延びる庭塀が、玄関へ向かう側と座敷の前の庭とを分ける。客は中門をくぐって初めて座敷の庭に入る。
城郭風の主屋、待合を兼ねた物置、そして数寄屋風の中門と、旧大野木家住宅の南側には性格の違う建物が並ぶ。旧大野木家住宅中門及び塀は、それらを一つの流れにまとめる役を担っている。
見学方法
旧大野木家住宅中門及び塀は屋敷の内側にあり、中門も庭塀も敷地に入らなければ見ることができない。旧大野木家住宅の式場とレストランの営業は令和6年(2024年)9月末に終わっており、現在は敷地に立ち入れない。
通り沿いから見えるのは、敷地の外周を囲う塀や生垣に限られるとみられる。屋敷全体の公開状況と行き方は、旧大野木家住宅のページにまとめてある。
Q&A
- 旧大野木家住宅中門及び塀はいつのもので、いつ登録されましたか?
- 文化庁の資料では昭和前期の建築です。平成23年(2011年)7月25日に国の登録有形文化財に登録されました。
- 旧大野木家住宅中門及び塀の中門はどんな門ですか?
- 間口1.6メートルの腕木門で、切妻造桟瓦葺の屋根をのせ、柱に節付の丸太を使う数寄屋風の門です。
- 旧大野木家住宅中門及び塀の塀はどれくらいの長さですか?
- 敷地の南側を画する塀と、そこから北へ延びる庭塀を合わせて、総延長60メートルです。
- 旧大野木家住宅中門及び塀の木賊張とは何ですか?
- 細い材を縦に密に並べて張る仕上げで、庭塀の腰に用いられています。
- 旧大野木家住宅中門及び塀は見学できますか?
- 敷地の内側にあるため、現在は見ることができません。旧大野木家住宅の営業は令和6年(2024年)9月末に終わっています。
基本情報
| 名称 | 旧大野木家住宅中門及び塀(きゅうおおのぎけじゅうたくちゅうもんおよびへい) |
|---|---|
| 所在地 | 京都府京都市山科区竹鼻堂ノ前町5-3 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成23年(2011年)7月25日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 中門:木造、瓦葺、間口1.6メートル/塀:木造、瓦葺、総延長60メートル |
| 所有者 | 洛東産業株式会社 |
| 公開状況 | 非公開 |
参考文献
- 旧大野木家住宅中門及び塀(文化庁 国指定文化財等データベース)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008723
- 国・登録有形文化財 山科区(京都市 文化財保護課)
- https://www.city.kyoto.lg.jp/bunshi/page/0000113281.html
最終更新日: 2026.09.28