木造四天王立像とは:多聞天だけが先に作られたと考えられる、浄瑠璃寺の阿弥陀堂の四天王
木造四天王立像(もくぞうしてんのうりゅうぞう)は、京都府木津川市加茂町西小の浄瑠璃寺の阿弥陀堂(本堂)にまつられる平安時代後期の四天王立像で、昭和28年(1953年)2月14日に国宝に指定された。
京都国立博物館によると、四天王は須弥山の中腹にいて四方を守る神で、東から時計回りに持国天、増長天、広目天、多聞天の順である。多聞天は単独でも信仰され、毘沙門天とも呼ばれる。
京都国立博物館によると、像の洗練された作風から、平安時代後期、11世紀後半から12世紀前半に作られたことは間違いない。
木造四天王立像の制作年代
京都国立博物館によると、多聞天だけがほかの三像と違う特徴をもつ。ほかの像が腰をひねって動きのある姿勢をとるのに対し、多聞天はほぼ直立し、腰の前でU字を描く天衣もほかよりゆったりとした曲線を描く。木材の組み合わせ方も多聞天像だけが異なる。
寺の記録には、天仁元年(1108年)に毘沙門天を供養したことが記されているが、ほかの像のことは書かれていない。
木造四天王立像の見どころ
京都国立博物館は、多聞天は11世紀後半から12世紀初めの間に単独の像として作られ、天仁元年(1108年)よりしばらく後に、ほかの三像が作られて四天王がそろったと考えている。
多聞天とほかの三像との姿勢や天衣の違いに注目したい。
木造四天王立像の見学方法
木津川市観光協会によると、浄瑠璃寺の拝観時間は3月から11月が午前9時から午後5時、12月から2月が午前10時から午後4時で、拝観料は中学生以上500円である。
浄瑠璃寺の伽藍の案内は、浄瑠璃寺のグループページにまとめている。
Q&A
- 浄瑠璃寺の四天王立像はいつ国宝に指定されましたか?
- 昭和28年(1953年)2月14日に国宝に指定されました。
- 四天王とは?
- 須弥山の中腹にいて四方を守る、持国天・増長天・広目天・多聞天です。
- この四天王はいつ作られたのですか?
- 京都国立博物館によると、平安時代後期、11世紀後半から12世紀前半です。
- 多聞天の特徴は?
- ほぼ直立し、天衣の曲線や木材の組み合わせ方がほかの三像と異なります。
- 四天王はどのようにそろったのですか?
- 多聞天が先に単独で作られ、1108年よりしばらく後にほかの三像が加わったと考えられます。
基本情報
| 名称 | 木造四天王立像(もくぞうしてんのうりゅうぞう) |
|---|---|
| 所在地 | 京都府木津川市加茂町西小札場40(浄瑠璃寺) |
| 指定区分 | 国宝(彫刻) |
| 指定年 | 昭和28年(1953年)2月14日指定(明治34年(1901年)3月27日旧制度指定) |
| 員数 | 4躯 |
| 寸法 | 文化庁データベースに記載なし |
| 所有者 | 浄瑠璃寺 |
| 公開状況 | 拝観料500円 |
参考文献
- 京都国立博物館「浄瑠璃寺の多聞天像」(博物館ディクショナリー)
- https://www.kyohaku.go.jp/jp/learn/home/dictio/choukoku/77jyoruri/
- 木津川市観光協会「浄瑠璃寺」
- https://www.0774.or.jp/148/
最終更新日: 2026.10.01