看板建築の小さな店構え——船岡温泉旧理髪店
京都市北区紫野、千本鞍馬口の交差点から鞍馬口通を東へ五分ほど歩くと、立派な唐破風を備えた船岡温泉の入口が見えてくる。その右隣、通りに面した角に、二階壁面を高くモルタルで立ち上げた幅の狭い木造二階建てが寄り添うように建っている。これが船岡温泉旧理髪店である。建築面積はわずか29㎡。脱衣場の北東に位置し、大正12年(1923年)ごろに船岡楼の付属施設として建てられた。平成15年(2003年)7月1日、隣接する浴場・脱衣場・旧船岡楼とあわせて、国の登録有形文化財に登録された。
この建物が独立した理髪店として営業したことは一度もない。創業当初から旅館の客のための付属施設として設けられ、戦後に銭湯として営業を始めてからは入浴客が湯上がりに髪を整える場所として使われた。今は理髪業務こそ営まれていないが、建物そのものは大正期の京都の街並みを伝える数少ない証言として残されている。
看板建築という建築様式と、この一棟の位置づけ
旧理髪店は「看板建築」と呼ばれる商店建築の早い時期の例である。看板建築は、大正末から昭和初期にかけて都市部の商店で広まった形式で、木造の在来軸組の正面を、モルタルや銅板、タイルなどで平らに覆い、街路側からは煉瓦造や石造の洋風建築のように見せる手法をとる。平らになった壁面は店舗名や装飾を掲げるための「看板」を兼ね、それが様式の名の由来となった。
船岡温泉旧理髪店の場合、正面と側面の二階壁が高くモルタルで立ち上げられているのに対し、背面と内部はまったくの和風造りで、一階の表側に土間の店舗、その奥と二階に和室を配する。正側面壁の頂部には蛇腹(じゃばら)と呼ばれる装飾的なコーニス帯がまわり、立ち姿に格を与えている。一階表側の腰壁には、隣接する浴場と同じ装飾タイルが連なる。文化庁の登録解説でも、この「内部腰回りの装飾タイル」と「正側面壁頂部の蛇腹」が意匠上の見どころとして挙げられている。
建築年は大正12年(1923年)ごろ。これは関東大震災が起きた年でもある。地震を契機に都市部で耐火意識が高まり、木造でありながら防火被覆を施した看板建築が大正末から昭和戦前期にかけて広く普及していった。船岡温泉旧理髪店は、その流行が本格化する直前、ないしごく初期の事例ということになる。同時期の小規模看板建築の現存例は近年急速に失われており、保存されているこの一棟の意味は決して小さくない。
四棟が同時に登録された——船岡温泉の建物群
旧理髪店を理解するには、船岡温泉という建物群全体の中に置いてみるとよい。平成15年7月1日、船岡温泉では浴場(昭和7年・鉄筋コンクリート造平屋)、脱衣場、旧船岡楼、そしてこの旧理髪店の計4棟が同時に登録有形文化財となった。現役の銭湯としては京都府内初、全国でも3例目という記念すべき登録だった。
創業は大正12年。初代・大野松之助が「船岡楼」という料理旅館として開いたのが始まりである。松之助はもともと上賀茂で庭石を扱っていた職人で、その意匠への執着は代を継いで引き継がれていく。昭和8年(1933年)、二代目・大野伍一郎が屋号を「特殊船岡温泉」と改めた。伍一郎が病院の低周波治療機にヒントを得て監督官庁に何度も足を運び、日本で最初の電気風呂を設置したことはこの建物の歴史の中でも特に知られたエピソードである。戦中戦後の混乱期を経て、昭和22年(1947年)に一般公衆浴場として営業を再開し、現在に至っている。
隣接する脱衣場は、この温泉建築群の中でもとくに見ごたえのある空間として知られる。ケヤキの格天井には鞍馬天狗と牛若丸の彫刻がはめ込まれ、四方の欄間には上賀茂神社の賀茂競馬、葵祭、今宮神社の祭礼、さらに昭和7年の第一次上海事変を題材にした透かし彫りがずらりと並ぶ。脱衣場から浴場へ向かう廊下の腰壁には、和製マジョリカタイルが惜しみなく貼られている。和製マジョリカタイルは英国のヴィクトリアン・タイルを範に淡路島や愛知などで大正から昭和10年代までのごく限られた期間に焼かれたもので、現存品の多くは骨董として扱われる希少なものだ。
訪ねるときに——外観の眺め方と銭湯の利用
旧理髪店そのものに入ることはできないが、外観は通り側から自由に眺められる。鞍馬口通の南側、入口の向かいに立つと、左の浴場入口の唐破風、中央の脱衣場の構え、そして右に立ち上がる旧理髪店の高いモルタル壁の三つが一枚の絵におさまる。江戸以来の木造伝統、明治の煉瓦造的な仕草、大正の洋風意匠が、ひとつの建物群の中で隣り合っているのが見てとれる。
内部の意匠を体感するには、隣の浴場で実際に湯に浸かるのがいちばん早い。船岡温泉は2025年現在、大人490円。平日は15時から、日曜は朝8時から営業し、火曜が定休日となっている。脱衣場以降は撮影が禁じられているので、目で記憶することになる。タオルや石鹸は受付で購入できる。男湯と女湯は日替わりで入れ替わるため、二度訪れると同じ建物の異なる表情を見ることになる。
周辺で立ち寄りたい場所
船岡温泉の背後にそびえる船岡山は、平安京の造営に際して都の北の目印に選ばれた小高い山で、四神相応では北を司る玄武にあたる。山頂には織田信長を祀る建勲(けんくん)神社があり、近年は刀剣ファンの巡礼地としても知られる。鞍馬口通を東へ二、三分歩けば、平成11年に廃業した銭湯「藤ノ森湯」を改装したカフェ「さらさ西陣」がある。船岡温泉と同じ和製マジョリカタイルが店内の壁を埋め、男湯と女湯を仕切っていた中央壁がそのまま店内に残されているので、湯上がりに立ち寄って余韻に浸るには格好の場所だ。北へ十分ほど歩けば大徳寺の塔頭群、東に向かえば今宮神社や紫野界隈の古い町並みが広がる。
Q&A
- 旧理髪店の内部を見学することはできますか?
- いいえ、内部は公開されていません。理髪店としての営業は行われておらず、付属施設として建物のみが保存されています。外観は鞍馬口通から自由にご覧いただけます。隣接する浴場と脱衣場は、銭湯の営業時間内であれば入浴料を払うことで体感できます。
- 「看板建築」とはどのような建物のことですか?
- 大正末期から昭和初期にかけて都市部の商店で広まった建築形式で、木造の在来軸組を、モルタル塗りや銅板張り、タイルなどで平らに被覆して洋風の外観をつくる手法です。平らな壁面が看板を掲げる場所も兼ねることから、後に「看板建築」と呼ばれるようになりました。関東大震災(1923年)以降の防火意識の高まりとともに、急速に広がりました。
- 登録有形文化財に登録されたのはいつですか?
- 平成15年(2003年)7月1日に、船岡温泉の浴場、脱衣場、旧船岡楼、旧理髪店の4棟が同時に登録有形文化財(建造物)に登録されました。現役の銭湯としては京都府内で初、全国でも3例目の登録です。
- 船岡温泉は天然温泉ですか?
- 天然温泉ではありません。上方では「○○温泉」が銭湯の屋号として伝統的に用いられてきたもので、湯の出所が天然温泉であることを意味しているわけではないのです。船岡温泉の場合は、昭和8年に日本で初めて電気風呂を設置したことから「特殊船岡温泉」と名乗るようになりました。
- 最寄りの交通手段は何ですか?
- 京都駅から市バス206系統「千本北大路」行きで「船岡山」または「千本鞍馬口」下車、鞍馬口通を東へ徒歩5〜7分です。地下鉄烏丸線をご利用の場合は北大路駅から徒歩15〜20分、または鞍馬口駅から北西へ徒歩約15分でも到着します。
基本情報
| 名称 | 船岡温泉旧理髪店(ふなおかおんせんきゅうりはつてん) |
|---|---|
| 所在地 | 京都府京都市北区紫野南舟岡町82-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 平成15年(2003年)7月1日 |
| 時代 | 大正/1923年頃 |
| 構造 | 木造2階建、瓦葺、建築面積29㎡、1棟 |
| 様式 | 看板建築 |
| 公開状況 | 外観のみ通りから見学可。内部非公開 |
| 隣接施設 | 船岡温泉(銭湯)。火曜定休、平日15:00〜23:30、日曜8:00〜23:30。大人490円(2025年現在) |
参考文献
- 文化遺産オンライン「船岡温泉旧理髪店」
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/168752
- 国指定文化財等データベース「船岡温泉旧理髪店」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003442
- 文化遺産オンライン「船岡温泉浴場」
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/188170
- 京都モダン建築祭「船岡温泉」
- https://kyoto.kenchikusai.jp/program/S23013-000/
最終更新日: 2026.05.16