妙心寺最古の建物、玉鳳院開山堂「微笑庵」
京都・花園の妙心寺は、大きな法堂や仏殿を中心軸として、四十あまりの塔頭が石畳の路地に連なる一山を形づくっている。その東寄り、塔頭東海庵の奥にあるのが玉鳳院である。妙心寺で最も古い塔頭であり、その境内に一重・入母屋造・本瓦葺の小堂が建つ。「微笑庵(みしょうあん)」と号するこの建物が開山堂であり、妙心寺の山内に現存する建物のなかで最も古い。
堂が祀るのは、妙心寺を開いた関山慧玄(一二七七〜一三六一)である。離宮萩原殿を禅寺に改めた花園法皇が、開山として関山を招いた。法皇と関山がこの地で問答を重ね、禅の理解を深めたと伝わる。玉鳳院は離宮の傍らに営まれた山内最初の塔頭であり、それゆえ妙心寺一山の開山が、中心伽藍ではなくこの境内に祀られている。
「微笑」という号は、禅の故事に由来する。釈迦が一輪の花を大衆の前に掲げたとき、ただ弟子の摩訶迦葉だけがその意を解して微笑し、言葉によらず教えが師から弟子へと受け継がれた。隣接する方丈にも、同じ拈華微笑の故事にちなんだ「拈華室(ねんげしつ)」という一室がある。
指定の理由
開山堂が重要文化財に指定されたのは明治三十四年(一九〇一)三月二十七日で、国が建造物の保護に乗り出した最初期の指定にあたる。建物そのものは室町中期、おおむね一三九三年から一四六六年のあいだに建てられた。ただし当初から妙心寺にあったわけではない。もとは東山の東福寺の古い堂で、天文六年(一五三七)に当院へ移築された。移築の時期を「天文初年」とする記録もある。
この移築は、玉鳳院の歩みと深く関わる。創建当初の建物は十五世紀後半の応仁・文明の乱で焼失した。京都の大半が兵火を受けたこの戦乱ののち、数十年を経て東福寺から室町期の堂を移し入れることで、玉鳳院は開山の堂所として、周囲に再建された建物よりも古い建築を得た。一重・禅宗様の三間堂として、開山を祀るための形式を整えた代表的な遺構と位置づけられている。
見どころ
まず屋根に目を向けたい。入母屋造で、丸瓦と平瓦を組む古式の本瓦葺で覆われる。軒下の組物は、小ぶりな堂に対して重厚である。これは宋から渡来し、禅院の建築に取り入れられた禅宗様の特徴のひとつにあたる。
内部の構成は簡素である。正面三間・奥行四間でありながら、間仕切りのない一室として開かれている。床は方形の瓦を四十五度に傾けて敷き詰める四半敷で、薄暗い堂内に張り詰めた秩序を与えている。奥の昭堂には関山慧玄の坐像が安置され、その前には常夜灯と、時を計るために用いられた常香盤が置かれる。
前庭に戻ると、二つの細部が足を止めさせる。ひとつは背の低い独特の形をした石灯籠で、いまは妙心寺型と呼ばれる。もうひとつは蘇鉄で、硬く張った葉が禅堂の傍らにやや場違いにも映る。その先には、これも重要文化財の四脚門が立ち、開山堂への参道を画している。
玉鳳院の境内
開山堂は単独で建つわけではない。渡り廊下で方丈と結ばれている。方丈もまた重要文化財で、明暦二年(一六五六)に上皇の御所である仙宮を模して再建され、檜皮葺の屋根をもつ。室内には狩野派の筆と伝わる襖絵がめぐらされ、奥の昭堂には花園法皇の法体の木像が安置される。上間の一室には法皇の玉座と称される一段が残る。
建物を囲む枯山水庭園は、国の史跡・名勝に指定されている。庭の一画には風水泉と呼ばれる井戸があり、関山慧玄が立ったまま示寂したと伝えられる場所とされる。境内のさらに奥には、思いがけない顔ぶれが並ぶ。豊臣秀吉の子で三歳で世を去った鶴松(棄丸)の霊屋が、武田信玄・勝頼父子、織田信長・信忠父子の供養塔と隣り合って建つ。生前は敵対した者たちが、ここでは並んで弔われている。
玉鳳院は通常は非公開である。拝観できるのは折々の特別公開のときに限られ、多くは京都市が催す冬の文化財公開「京の冬の旅」の期間で、案内のもとに方丈と開山堂の内部に入ることができる。堂内の撮影は許されていない。妙心寺の他の伽藍からは近く、JR嵯峨野線の花園駅から徒歩約九分、市バスの妙心寺前停留所からは徒歩約五分である。
Q&A
- 開山堂はいつでも拝観できますか。
- いいえ。玉鳳院は通常非公開で、開山堂を見学できるのは「京の冬の旅」などの特別公開時に限られます。訪れる前に、妙心寺や京都市の観光案内で最新の公開予定をご確認ください。
- なぜ開山堂が中心伽藍ではなく塔頭の中にあるのですか。
- 玉鳳院は離宮跡の傍らに営まれた妙心寺で最初の塔頭で、特別な格式をもちます。そのため、一山の開山である関山慧玄を祀る堂が、玉鳳院の境内に置かれています。
- 建物自体はどれくらい古いのですか。
- 建立は室町中期、一三九三年から一四六六年のあいだとされます。天文六年(一五三七)に東福寺から移築され、現在も妙心寺山内に残る最も古い建物です。
- 「微笑庵」という名前の由来は何ですか。
- 釈迦が花を掲げたとき、摩訶迦葉だけが微笑して教えを言葉によらず受け継いだという拈華微笑の故事にちなみます。
- 堂内を撮影できますか。
- できません。特別公開で堂が開かれる際も、内部および奥の境内の撮影は禁止されています。
基本情報
| 名称 | 玉鳳院開山堂(微笑庵) |
|---|---|
| 所在地 | 京都府京都市右京区花園妙心寺町 |
| 所有者 | 玉鳳院 |
| 指定区分 | 重要文化財(明治三十四年〔一九〇一〕三月二十七日指定) |
| 時代 | 室町中期(一三九三〜一四六六)/天文六年(一五三七)東福寺より移築 |
| 員数 | 一棟 |
| 構造及び形式 | 桁行三間、梁間四間、一重、入母屋造、本瓦葺 |
| アクセス | JR嵯峨野線花園駅から徒歩約九分、市バス妙心寺前停留所から徒歩約五分 |
| 公開状況 | 通常非公開。特別公開時のみ拝観可、堂内撮影禁止 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)― 玉鳳院開山堂
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1870
- 妙心寺 ― ウィキペディア
- https://ja.wikipedia.org/wiki/妙心寺
- 玉鳳院 ― 京都通百科事典
- https://www.kyototuu.jp/Temple/GyokuhouIn.html
- 妙心寺 玉鳳院庭園 ― 庭園情報メディア【おにわさん】
- https://oniwa.garden/myoshinji-gyokuhoin-temple-妙心寺玉鳳院/
最終更新日: 2026.06.01