透塀と後門
本殿の背後には、低い塀と小さな門が神域の後端を示している。上部を格子に透かす透塀と、後門である。いずれも昭和15年(1940年)、孝明天皇の合祀に際して行われた一連の造営で建てられた。
設計は内務省神社局の技師、角南隆と谷重雄による。ここでの昭和15年の造営の多くを担った手である。中央に一間の棟門を据え、左右に透塀を延ばす。当初は総延長で114メートルに達していたが、現在登録される折曲り延長は約90メートルである。
神域の背面を画する
透塀と後門は、本殿すなわち最も奥の神域の背後を区切るという、地味だが構造上の役割を担う。神宮の正面が参拝者へ開くのに対し、この塀は背面を閉じた私的な区域にまとめる。
平成14年(2002年)9月3日、国の登録有形文化財に登録された。その価値は、明治28年の建築が始めた囲いを完結させ、儀式の表と同じ配慮を境内背面に及ぼした点にある。
見どころ
本殿背面を画するため、透塀は拝観者の動線にはなく、囲われた神域も一般には公開されない。味わえるのはその論理である。壁で塞がずに隔てる低く開いた格子、透かして見えるが越えられない境界である。
塀にかかる銅板の屋根と一間の棟門は、その抑制ゆえに目を引く。誇示のためでなく感じ取らせるために築かれた境界であり、社殿の中心をめぐる回路を締めくくる昭和15年の造営の最後の一つである。
よくある質問
- 透塀とは何ですか。
- 上部を格子に透かした塀で、視線を通しつつ境界を示す形式です。
- 誰が設計したのですか。
- 内務省神社局の技師、角南隆と谷重雄です。ここでの昭和15年の造営の多くを手がけました。
- 長さはどのくらいですか。
- 登録される折曲り延長は約90メートルです。当初は総延長で114メートルほどありました。
- 間近で見られますか。
- 見られません。本殿背後を区切る施設で、その区域は一般非公開です。境内自体は無料で入れます。
基本情報
| 名称 | 平安神宮透塀及び後門(へいあんじんぐうすきべいおよびこうもん) |
|---|---|
| 所在地 | 京都府京都市左京区岡崎入江町121 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 平成14年(2002年)8月21日/告示 同年9月3日 |
| 登録番号 | 26-0116 |
| 員数 | 1棟 |
| 構造 | 木造透塀、銅板葺、折曲り延長90m、及び棟門、間口3.0m |
| 年代 | 昭和15年(1940年) |
| 所有者 | 宗教法人平安神宮 |
| 公開状況 | 本殿背後を区切り、拝観者の動線にはない |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00002926
- 平安神宮 社殿・境内案内(公式)
- https://www.heianjingu.or.jp/map/guide/
- 平安神宮 公式サイト
- https://www.heianjingu.or.jp/
最終更新日: 2026.07.02