日の出湯 — 舞鶴・吉原入江に残る町家風銭湯
車一台がぎりぎり通れるほどの路地。西舞鶴の吉原地区、漁船が並ぶ運河から数十メートル内側に入ったところに、瓦屋根の木造二階建てが構えている。建物の竣工は大正六年(1917)。創業は大正九年(1920)十月一日。令和三年(2021)二月四日、国の登録有形文化財に加えられた。営業を続けている銭湯で登録有形文化財となっているのは全国で八件、そのうち二件が舞鶴にある。
移ってきた漁師町
日の出湯を理解するには、まず吉原という場所を知っておきたい。享保十二年(1727)、田辺城下で大火が発生し、城下に住んでいた漁民が藩命によって伊佐津川河口のこの地に移された。新しい集落は整然と区画され、幅およそ十メートル、南北に約五百五十メートル伸びる水路を中心に、両側へ細い路地が並ぶ。船は家の裏口に係留できた。三百年を経た現在も、運河は当時の位置にあり、町割りも変わらない。水無月橋から運河を見下ろした風景は近年「東洋のベネチア」として写真に撮られているが、迷い込めば分かる通り、ここは紛れもなく日本の漁師町である。
日の出湯は、もともと町内が共同で運営する湯屋として始まった。大正九年、現在の経営者の祖父・髙橋勝蔵氏が経営権を引き継ぎ、個人営業へと切り替えた。以後三代、家族はこの建物の中で暮らし続けている。
登録の理由 — 戦前の町家風銭湯
文化審議会の答申が評価したのは、戦前の町家風銭湯の姿がほぼそのまま残っている点だった。瓦屋根の下に一棟、切妻造平入で道路に西面して建つ。南半分が銭湯、北半分が住居部で、両者は同じ屋根の下に一体化している。経営者は台所から番台まで数歩で行ける。
内部の間取りは、都市部の銭湯からはほとんど消えてしまった古式である。入口正面に番台を据え、男湯と女湯を南北に分ける。それぞれの脱衣場の奥に小さな浴室があり、中央に浴槽、周囲に洗い場を巡らせる。浴室の床は六十年ほど前にタイルへ張り替えられたが、見上げれば天井の梁は大正六年の建築当初のままの松材。一世紀を超える湿気を吸いながら反らずに残っている。
営業中の銭湯としては珍しく、二階に居住空間がそのまま残されている。床の間を備えた上質な座敷で、かつては改装工事のために泊まり込んだ職人たちの宿としても使われたという。
湯に浸かる — 井戸水と備長炭
営業は午後四時半から始まる。湯は五老ヶ岳の伏流水を井戸で汲み上げて沸かしたもので、浴槽には備長炭が沈めてある。常連はみな「水が違う」と言い、年配の女性客の中には湯から上がる前に一口飲んで帰る人もいる。浴槽は奥に行くほど熱くなる構造で、好みの位置に身体を移して温度を選ぶ。蛇口で調整するのではなく、自分が動くという発想である。
脱衣場には十円玉で動くマッサージ機と十円のドライヤーが残っている。黄色いケロリン桶は壁際に積み上げられている。シャンプー、石鹸、タオルは販売していないので持参すること。料金は大人五百十円、京都府公衆浴場業生活衛生同業組合の定める料金に従う。
現当主の髙橋一郎氏は、舞鶴市内の小学校で長く教員を務めた人で、定年退職後に本格的に経営を引き継いだ。母親と二人で店を切り盛りし、浴槽のタイルは自ら磨き上げている。
湯の前後に — 吉原を歩く
夕方に到着し、まず運河を歩き、最後に湯に浸かる。これがおそらく最も理にかなった訪問の順序である。水無月橋から眺める運河は、係留された漁船の屋根が水面に映って、どの角度に向けてもそのまま絵になる。集落の中心に建つ水無月神社は、吉原地区の成立と同じ享保十二年の創建。低湿地への移転で病が流行ったために祀られ、ほどなく治癒したと伝わる。
少し足を伸ばせば、田辺城跡(舞鶴公園)がある。細川幽斎の籠城戦で関ヶ原の援軍を遅らせたあの城跡だ。湯に入る前に夕食を調達したければ、日本海側最大級の海鮮市場である舞鶴港とれとれセンターまで自転車で十数分。同じく国登録有形文化財に登録されている銭湯「若の湯」も徒歩圏内だが、こちらは大正十二年の擬洋風建築で、男湯の壁にはペンキ絵の富士山が描かれている。日の出湯とは別の日に訪れたい、まったく別種の銭湯である。
Q&A
- 営業時間と料金は?
- 午後四時半から八時半まで。定休日は土曜日。大人料金は京都府の組合料金で五百十円。石鹸・シャンプー・タオルの販売はないので持参すること。
- アクセスは?
- JR西舞鶴駅から徒歩約三十分。駅前から城下町の旧道を抜けて、伊佐津川を渡った先が吉原地区になる。一台分の駐車スペースはあるが、周囲の路地は非常に狭く、自動車での進入は推奨されない。
- 浴室の写真は撮れる?
- 浴室・脱衣場内の撮影はプライバシー保護のため不可。外観の撮影は問題ない。建物の歴史については、客の少ない時間帯であれば店主が説明してくれることもある。
- 二階の座敷は見学できる?
- 二階は店主家族の生活空間であり、通常は公開されていない。過去には、丁寧に申し出て時間帯が許す場合に案内された例もあるが、見学が前提と考えないこと。
- 吉原入江はどこから見るのがよい?
- 日の出湯から徒歩数分の水無月橋からの眺めが定番。運河沿いの細い路地を歩きながら、両岸に並ぶ漁船と家並みを眺めるのもよい。夕方は逆光が水面に反射して特に美しい。
基本情報
| 名称 | 日の出湯(ひのでゆ) |
|---|---|
| 所在地 | 京都府舞鶴市字東吉原45他 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 令和三年(2021)二月四日 |
| 構造 | 木造二階建、瓦葺、建築面積122㎡、1棟 |
| 建築年 | 大正六年(1917)/創業は大正九年(1920)十月一日 |
| 建築形式 | 切妻造平入、町家風銭湯建築 |
| 営業時間 | 16:30 〜 20:30 |
| 定休日 | 土曜日 |
| 入浴料 | 大人 510円 |
| 電話番号 | 0773-75-0366 |
| 最寄駅 | JR西舞鶴駅から徒歩約30分 |
参考文献
- 日の出湯 — 文化遺産オンライン(国立情報学研究所)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/594959
- 舞鶴、国文化財の銭湯「若の湯」と「日の出湯」癒やし — 海の京都Times
- https://www.uminokyoto.jp/column/post/77/
- 舞鶴市「日の出湯」国の登録有形文化財に 今年開業100周年 — 京都民報Web
- https://www.kyoto-minpo.net/archives/2020/10/04/post-25705.php
- 日の出湯 — 舞鶴観光ネット
- https://maizuru-kanko.net/archives/sightseeing/3566
- 東吉原(吉原入江) — 海の京都観光圏
- https://www.uminokyoto.jp/spot/detail.php?sid=990
最終更新日: 2026.05.16