若の湯 — 西舞鶴の商店街にたたずむ大正ロマン香るレトロ銭湯

京都府舞鶴市、JR西舞鶴駅から歩いて十数分。古くから続く平野屋商店街のアーケードを抜けると、ふと目を奪う一軒の建物があります。タイル張りと洗い出しの壁で華やかにまとめられた洋風の外観、二本の細い煙突、切妻屋根の玄関棟——「若の湯」は、まるで小さな洋館のような佇まいで、町ゆく人を百年余りにわたって迎え続けてきました。地元の方に愛されてきた市井の銭湯であると同時に、二〇一八年五月には国の登録有形文化財に指定された貴重な近代建築でもあります。富士山のペンキ絵を眺めながら、平成の名水百選にも選ばれた水で沸かしたお湯にゆっくりと身を沈める——ここでは、忙しい日常から少しだけ離れる時間がそっと用意されています。

若の湯のあゆみ

若の湯の創業は明治三十六年(一九〇三年)四月。初代の若井熊吉氏により始められたと伝えられています。現在の建物は、二代目の萬治郎氏が同じ敷地に新たに建て直したもので、大正十二年(一九二三年)十月一日に開業しました。設計を手がけたのは大月喜太郎氏。当時、政府が洋風建築を奨励していた時代背景のもと、西欧の建築様式を学んだ親類の建築士が腕をふるったとされます。

その後、昭和十五年に火災に見舞われ、創業当初の平葺きの屋根は和瓦へと葺き替えられました。三代目を経て、現在は四代目の若井康江さんが、暖かな笑顔とともに番台に腰を下ろし、暖簾の灯をともし続けています。建物自体も幾多の地震を経験しながら、目立った損傷もなく今に伝わっています。

なぜ文化財に指定されたのか

若の湯は、二〇一八年五月十日付で国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。文化審議会からは「華やかな印象で近代舞鶴の発展と賑わいを伝えるとともに、市内に残る数少ない銭湯の一つとして貴重」との評価を受けています。

評価のポイントはいくつもあります。奥行の狭い敷地中央に切妻造妻入の玄関棟を構え、その左右に男女別の浴場棟を接続し、玄関の両側には塀を延ばすという独特の平面構成。タイル張と洗い出し壁を併用しつつ、創作的な洋風意匠でまとめられた外観は、関西の銭湯建築のなかでも非常に珍しい例です。さらに、営業を続けている銭湯が登録有形文化財となること自体が全国でも数えるほどしかなく、舞鶴市にはこの若の湯ともう一軒「日の出湯」の二軒が登録されており、一つの自治体で複数の登録銭湯を持つのは舞鶴だけといわれています。

魅力と見どころ

洋館風の佇まい

外観は、外壁の砂状洗い出しとタイル貼りが組み合わされ、洋風の華やかさを演出しています。屋根からひょっこりと顔を出す二本の煙突は、今なお薪を焚いてお湯を沸かしている証。玄関扉も引き戸ではなく洋館らしい蝶番扉で、一歩中に入ると、飴色に磨き込まれたケヤキの番台が出迎えてくれます。脱衣場には木製のレトロなロッカーが並び、男湯と女湯を仕切る部分にはカットして貼り合わせたマジョリカタイルが残っています。

富士山のペンキ絵

関西の銭湯ではタイル絵が主流ですが、若の湯はあえて「ペンキ絵」という壁画を採用しています。現在の絵は二〇一六年に塗り直されたもので、描いたのは現在日本に二、三人しかいないとされる銭湯絵師、中島盛男氏。男湯には富士山と天橋立、女湯には鮮やかな赤富士が大きく描かれ、湯気のなかに立ち上がるその姿は、思わず見入ってしまう一枚です。中島氏の絵を目当てに遠方から訪れる愛好家も少なくありません。

平成の名水で沸かしたお湯

若の湯のお湯は、平成二十年に環境省の「平成の名水百選」に選定された「真名井の清水」と同じ水脈の地下水を汲み上げ、薪で焚き上げたもの。肌当たりがやわらかく、ほのかな自然の香りをまとっています。同じく薪で焼いた焼きいもが、季節によっては店頭で販売されていることもあり、湯上がりのお楽しみとしてひそかな人気を集めています。

浅風呂と深風呂

浴室はとてもシンプル。大きな浴槽が中央で仕切られ、浅風呂と深風呂(ジェット付き)に分かれています。お湯は少し熱めで、しっかりと体の芯まで温まります。脇には黄色いケロリンの湯桶が積み重なり、昔ながらの銭湯らしい風情を引き立てています。寒い季節には、女将さんが感謝の言葉や銭湯川柳を綴ったヒノキの板が浮かんでいることもあり、湯気のなかにふっと笑みがこぼれる仕掛けです。

周辺の楽しみ

若の湯がある平野屋商店街は、かつて田邊城(現・舞鶴公園)の城下町として栄え、その後は商業の中心として賑わった通りです。今も木造伝統構法の町家が点在し、レトロな町歩きが楽しめます。向かいには古民家を再生したカフェ「machiya」があり、湯上がりの豆乳ソフトを目当てに立ち寄る方も多いとのこと。少し足を延ばせば、田辺城跡公園や、細川幽斎ゆかりの史跡もあります。京都丹後鉄道に乗り換えれば、日本三景のひとつ天橋立や伊根の舟屋まで一直線。舞鶴湾の赤れんがパークや、冬場は松葉ガニで知られる舞鶴港エリアもバスで巡れます。同じく登録有形文化財に登録されている町家造りの銭湯「日の出湯」を併せて訪ねる「銭湯はしご」も、舞鶴ならではの楽しみ方です。

Q&A

Q日本の銭湯が初めてでも利用できますか。
Aもちろん利用できます。基本のマナーは、浴槽に入る前にシャワーで体をきちんと洗うこと、タオルを湯船に入れないこと、静かに過ごすことの三点です。タオル・石けん・シャンプーがそろった「手ぶらセット」もあるため、旅行の途中でも気軽に立ち寄れます。
Qタトゥー(入れ墨)があっても入浴できますか。
A小規模な街の銭湯ではその時々の判断による場合があります。事前にお電話で確認していただくか、西舞鶴駅併設の観光案内所で最新情報をお尋ねいただくのが安心です。
Q滞在の目安はどれくらいですか。
A着替えや入浴、ペンキ絵をゆっくり眺める時間も含めて、四十五分から一時間ほどを目安にお過ごしください。建物の外観撮影もご希望の場合は、夕暮れ前後の柔らかな光の時間帯がおすすめです。
Q写真撮影はできますか。
A外観は公道からご自由に撮影いただけます。一方、脱衣所と浴室での撮影は他のお客さまへの配慮から固くお断りされています。玄関や番台周辺を撮影される場合は、必ず女将さんに一声おかけください。
Q舞鶴市内のもう一軒の登録有形文化財銭湯と一緒に巡ることはできますか。
Aはい。東吉原地区にある町家造りの「日の出湯」は二〇二一年に登録された姉妹のような存在です。バスやタクシーを利用して半日ほどかければ二軒をはしごでき、近代日本の銭湯建築の二つの様式を一日で味わえる、舞鶴ならではの銭湯巡りが楽しめます。

基本情報

名称 若の湯(わかのゆ)
所在地 京都府舞鶴市字本小字本町59他
文化財種別 登録有形文化財(建造物)/ 2018年(平成30年)5月10日登録
建築年代 大正/1923年(大正12年)建築
創業 1903年(明治36年)4月/初代・若井熊吉
設計 大月 喜太郎
構造 木造平屋建、瓦葺、建築面積157㎡、塀付(1棟)
泉源 「真名井の清水」と同水脈の地下水(2008年・環境省「平成の名水百選」選定)。薪焚き
営業時間 15:00頃〜21:00頃(季節により変動するため事前確認を推奨)
定休日 日曜日・水曜日
電話番号 0773-75-2541
アクセス JR舞鶴線・京都丹後鉄道宮舞線「西舞鶴駅」より徒歩約10〜12分
駐車場 向かいに6台分あり(平野屋通りは一方通行のためご注意ください)

参考文献

若の湯 — 文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/389248
舞鶴、国文化財の銭湯「若の湯」と「日の出湯」癒やし — 海の京都Times
https://www.uminokyoto.jp/column/post/77/
若の湯 — 舞鶴観光ネット
https://maizuru-kanko.net/archives/sightseeing/3541
若の湯 公式サイト(一般社団法人KOKIN運営)
https://kokintnb.wixsite.com/wakanoyu
登録有形文化財に指定された舞鶴市のレトロ銭湯「若の湯」へ — KYOTO SIDE
https://www.kyotoside.jp/entry/20181101
若の湯 — 公式 京都銭湯
https://1010.kyoto/spot/wakanoyu/

最終更新日: 2026.05.07