海賦蒔絵袈裟箱とは:空海将来と伝える袈裟を納めた平安時代の蒔絵の箱
海賦蒔絵袈裟箱(かいふまきえけさばこ)は、京都府京都市南区の教王護国寺(東寺)が所有する平安時代の蒔絵の箱で、昭和28年(1953年)3月31日に国宝に指定された。
文化庁の記録では、員数は1合、縦47.6センチメートル、横39.0センチメートル、高さ11.5センチメートルで、所有者は宗教法人教王護国寺である。
文化庁によると、空海が唐から持ち帰ったと伝える犍陀穀糸袈裟を納めていた箱である。
海賦蒔絵袈裟箱の意匠
文化庁によると、甲盛のある角丸の印籠蓋造りの箱で、平塵の地に金銀の鑢粉による研出蒔絵で、波に怪魚や飛鳥などを表す。
黒漆の地に金粉を淡く蒔き、波は銀、飛鳥や魚は金の研出蒔絵で表している。
海賦蒔絵袈裟箱の見どころ
文化庁によると、『養和二年後七日御修法記』に「蒔絵文海賦箱一合」の記載があり、養和2年(1182年)には犍陀穀糸袈裟を納めていたことが分かる。文化庁は、平安時代の蒔絵を知るうえで重要な遺品であるとしている。
同じ東寺に伝わる国宝の犍陀穀糸袈裟とともに、弘法大師ゆかりの宝物として伝えられてきた。
海賦蒔絵袈裟箱の見学方法
箱は東寺が所有しており、常時公開されているわけではない。公開の予定は東寺の案内で確かめたい。
Q&A
- 海賦蒔絵袈裟箱はいつ国宝に指定されましたか?
- 昭和28年(1953年)3月31日に国宝に指定されました。
- 海賦蒔絵袈裟箱には何が納められていたのですか?
- 空海が唐から持ち帰ったと伝える犍陀穀糸袈裟です。
- 海賦蒔絵袈裟箱の文様は?
- 波に怪魚や飛鳥などを、金銀の研出蒔絵で表しています。
- いつから袈裟を納めていたと分かるのですか?
- 『養和二年後七日御修法記』から、養和2年(1182年)には納めていたことが分かります。
- 海賦蒔絵袈裟箱の大きさは?
- 縦47.6センチメートル、横39.0センチメートル、高さ11.5センチメートルです。
基本情報
| 名称 | 海賦蒔絵袈裟箱(かいふまきえけさばこ) |
|---|---|
| 所在地 | 京都府京都市南区九条町(教王護国寺) |
| 指定区分 | 国宝(工芸品) |
| 指定年 | 昭和28年(1953年)3月31日指定 |
| 員数 | 1合 |
| 寸法 | 縦47.6センチメートル、横39.0センチメートル、高さ11.5センチメートル |
| 所有者 | 宗教法人教王護国寺 |
| 公開状況 | 常時公開ではない |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「海賦蒔絵袈裟箱」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/391
- 文化遺産オンライン「海賦蒔絵袈裟箱」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/188926
- 文化遺産オンライン「犍陀穀糸袈裟」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/159345
最終更新日: 2026.09.29