古美術の「額縁」として設計された、京橋の名建築

東京駅から徒歩10分ほど。中央通りと昭和通りに挟まれた京橋二丁目の一角に、一見すると戦後のモダニズム建築の一つにも見える、しかしよく見るとただならぬ佇まいの建物が静かに立っています。1階と北東隅の切欠き部分を回る錆付きの石材は、まるで掛軸の縁のような「額縁」を建物に与えており、2階・3階の壁面は黒漆喰の深い艶でむらなく塗り込められています。これが「繭山龍泉堂店舗(まゆやまりゅうせんどうてんぽ)」、昭和35年(1960)に竣工した東洋古美術の老舗店舗兼住宅であり、平成30年(2018)に国の登録有形文化財(建造物)に登録された、戦後復興期を代表する都市商業建築の一つです。

建築家・東畑謙三が自ら「古美術品の額縁をなすものとして設計した」と語るこの建物は、扱われる美術品の格に寄り添うべく、一切の声高さを退けて素材と意匠に細心の神経を通わせた傑作です。

東洋古美術一世紀の歴史

繭山龍泉堂の物語は、東京ではなく北京から始まります。明治38年(1905)、創業者の繭山松太郎(1882〜1935)は22歳で単身北京に渡り、古美術商の世界に身を投じました。当時の北京は、欧米での東洋美術ブームを背景に、鉄道建設工事で出土した古代の文物や、清朝末期の動乱で流出した宮中の伝世品が次々と市場に流れ込む国際的な美術市場の中心地でした。

松太郎はこの最先端の市場で商売を学び、大正5年(1916)に日本へ戻ると銀座に開店。大正9年(1920)、現在の京橋の地に店舗を移しました。当時の日本の古道具商が煎茶道具や茶道具を中心に扱っていた中で、松太郎は「鑑賞美術品」として中国陶磁や金石を扱う新しい美術商の在り方を切り拓き、近代日本における美術商の草分けとして活躍しました。

昭和10年(1935)の松太郎の急逝後は、長男の繭山順吉(1913〜1999)が事業を継承。戦後はアメリカのメトロポリタン美術館、シアトル美術館、クリーブランド美術館、ロックフェラー3世らに数多くの名品を紹介し、日本・東洋美術を世界に広めた美術商としても知られています。京橋の地で100年を超える歴史を重ねてきた同店は、現在も東洋古美術の老舗として、多くの愛好家・研究者・美術館関係者から厚い信頼を寄せられています。

戦後復興を刻んだ建物

京橋の街は第二次世界大戦末期の空襲で大きな被害を受け、戦後の復興の中で再建が進められました。現在の繭山龍泉堂店舗は、昭和35年(1960)に鉄筋コンクリート造3階一部4階建地下1階、建築面積191平方メートルの規模で再建された店舗兼住宅で、設計は東畑建築事務所の東畑謙三、施工は鹿島建設株式会社が担当しました。

昭和58年(1983)には大規模な外装改修が行われ、塗装全般の塗り直しや漆喰塗りの補修が施されましたが、近年の再改修工事(平成29年〈2017〉)によって当初仕上げの黒漆喰塗りへと復旧し、昭和35年竣工時の形態や意匠が比較的よく保たれた状態で今日まで受け継がれています。

敷地は京橋二丁目5番街区の角地にあり、東側の店舗正面は、明治期から骨董美術商が集った歴史ある通り(通称「仲通り」)に面し、北側は京橋宝通りに面します。建物の北東隅を大きく隅切りとして、1階から3階まで連続する「顔」を造り出している構成が、この建物の意匠の要といえるでしょう。

なぜ文化財に登録されたのか

繭山龍泉堂店舗は、平成30年(2018)5月10日に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。文化庁の登録理由では「美術商が集まる京橋二丁目の一角にある店舗兼住宅」「骨董美術を意識した意匠でまとめる」「目覚ましい都市の戦後復興を彩った商業建築の好例」と記されています。

評価のポイントは大きく三つに整理できます。第一に、関西の建築業界を牽引した建築家・東畑謙三による本格的な作品であること。第二に、戦後復興期を代表する都市商業建築として、現存するものが少なくなる中で貴重な事例であること。そして第三に、鉄筋コンクリート造のモダニズム建築でありながら、扱う商品である東洋古美術の格に呼応した意匠が実現されている点です。単なる「古いビル」ではなく、意図と時代性と作家性が揃った建物として評価されています。

見どころ・魅力

由良石の「額縁」

最大の見どころは、香川県高松市で採掘された安山岩「由良石(ゆらいし)」を用いた外装です。この石材は1階と北東角の隅切り部分(1階から3階まで)に額縁状に回されており、建物全体に静かな格を与えています。特筆すべきは、石材を鋸引きした際のさびを付着させた状態で石張りしている点で、研磨された均質な表情ではなく、自然石の色と相まって独特の風合いが生まれています。経年によっていっそう深みを増したこの素材感は、骨董美術が本来持つ「古色」と響き合うものです。

弁柄入り黒漆喰の壁面

由良石の額縁の上、2階・3階部分の壁面は、伝統的な日本建築に用いられてきた弁柄(酸化第二鉄を主成分とする防腐・防汚特性のある顔料)を混ぜた黒漆喰(くろしっくい)でむらなく塗り込められています。均一に仕上げられたこの左官仕事は、戦後復興期に携わった高度な職人技の証しでもあります。黒漆喰の落ち着いた壁面に、縦長の窓が均整のとれたリズムで並ぶ構成は、簡潔でありながら緊張感のある表情を生んでいます。

建築家自身の言葉

設計者の東畑謙三は、昭和35年(1960)発行の建築専門誌『国際建築』第27巻第12号に、この建物についてこう記しています。「繭山竜泉堂は東京の古陶金石を中心にした古美術の世界的な老舗、売るものが古美術であり、訪ねる人が内外の数寄者であり、いずれもが東洋伝世の味に何物かを獲えようとする人々であるので、この建物はすべてこれらの品物の額椽(がくぶち)をなすものとして設計した」。建物を主役にしない、という強い意志。その抑制が、かえってこの建物に独自の風格を与えているのです。

訪問について

繭山龍泉堂は現役の古美術商であり、公開施設としての博物館・美術館ではありません。建物の外観は公道から自由に鑑賞することができ、京橋・銀座・日本橋エリアの建築散歩の立ち寄り先として最適です。歩道からの撮影も問題ありません。

店内の見学をご希望の場合は、毎年春に日本橋・京橋エリアの古美術商が一斉にギャラリーを公開する「東京アートアンティーク」などの展覧会期間中に訪れるのがおすすめです。こうした機会には、中国陶磁をはじめとする東洋古美術の優品を間近に鑑賞することができ、建物の内部空間もあわせて体験することができます。営業時間は平日10:00〜18:00、日曜・祝日は休業。専門の美術商を訪ねる際のマナーをもって、静かにお訪ねください。

周辺の見どころ

京橋は、日本美術の歴史ある中心地の一つで、徒歩で気持ちよく巡ることができるエリアです。繭山龍泉堂から徒歩数分圏内には、京橋一丁目のミュージアムタワー京橋低層階に位置するアーティゾン美術館があり、印象派、日本近代洋画、現代美術などを擁する充実のコレクションを楽しむことができます。京橋三丁目には、日本で唯一の国立映画機関である国立映画アーカイブもあり、映画文化の保存・研究・公開の拠点として多彩な企画上映・展示を行っています。

この地域は古くから美術と縁が深く、江戸時代には浮世絵師・歌川広重の住居や、幕府の奥絵師・中橋狩野家の屋敷が存在していたことが知られています。現在も由緒ある古美術商・画廊が点在し、南には銀座、北には日本橋、西には東京駅と、徒歩で都心の名所を幅広く楽しめる立地です。

Q&A

Q繭山龍泉堂の中に入ることはできますか?
A現役の古美術商であり、公開を前提とした博物館・美術館ではありません。外観は公道から自由にご覧いただけます。内部は基本的にお客様や、春に開催される「東京アートアンティーク」などの一般公開イベントの期間中に入店が可能です。内部の見学をご希望の場合は、事前に公式ウェブサイトで展覧会の開催状況をご確認されることをおすすめします。
Q建築としてのどこが特別なのですか?
A錆付きの由良石(安山岩)を額縁状に回した1階・隅切り部分と、弁柄入り黒漆喰で塗り込めた上階壁面という、日本の伝統的な素材をモダニズム建築に大胆に取り入れた点が最大の特徴です。東畑謙三は、この建物を扱う古美術品の「額縁」として設計したと明言しており、近代的な構造と東洋美術の格を響き合わせた意匠が高く評価されています。
Q設計者の東畑謙三とはどのような建築家ですか?
A東畑謙三(1902〜1998)は三重県出身の建築家で、京都帝国大学工学部建築学科を卒業後、武田五一のもとで修業。昭和7年(1932)に東畑謙三建築事務所を開設し、関西の建築業界を牽引しました。日本建築家協会や日本建築学会で要職を歴任、勲三等瑞宝章などを受章しています。戦前の代表作に国登録有形文化財の旧東方文化学院京都研究所(現・京都大学人文科学研究所)があります。
Q最寄り駅からのアクセスを教えてください。
A東京メトロ銀座線「京橋駅」から徒歩約3分、都営浅草線「宝町駅」や「日本橋駅」からも徒歩圏内です。JR「東京駅」からは徒歩約10分でアクセスできます。京橋駅周辺は再開発により新しい大型施設も増えていますが、一歩路地に入ると古くからの美術店街の雰囲気が色濃く残っています。
Qなぜ京橋には古美術商が集まっていたのですか?
A江戸時代から京橋周辺は浮世絵師・歌川広重の住居や幕府の奥絵師・中橋狩野家の屋敷があるなど、美術と深い縁のある土地でした。明治中期の買物手引『東京諸営業員録』(明治27年〈1894〉)にも、この地域に骨董・古書画・刀剱を扱う美術商が集中していたことが記されています。戦災と戦後の市街地整備を経ても、その伝統は老舗の古美術商や美術館によって今日まで受け継がれています。

基本情報

名称 繭山龍泉堂店舗(まゆやまりゅうせんどうてんぽ)
指定 国登録有形文化財(建造物)/平成30年(2018)5月10日登録
所在地 〒104-0031 東京都中央区京橋二丁目5-60他(京橋2-5-9)
竣工 昭和35年(1960)/昭和58年(1983)・平成29年(2017)改修
設計 東畑謙三(東畑建築事務所)
施工 鹿島建設株式会社
構造・規模 鉄筋コンクリート造3階一部4階建地下1階、建築面積191㎡、1棟
所有 株式会社繭山龍泉堂
アクセス 東京メトロ銀座線「京橋駅」から徒歩約3分/JR「東京駅」から徒歩約10分
営業時間 10:00〜18:00(日曜・祝日休業、展覧会開催時は変更の場合あり)

参考文献

文化遺産オンライン「繭山龍泉堂店舗」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/610543
文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012299
中央区ホームページ「繭山龍泉堂(まゆやまりゅうせんどう)」
https://www.city.chuo.lg.jp/a0052/bunkakankou/rekishi/kunibunkazai/040821.html
東洋古美術の繭山龍泉堂 公式サイト
https://www.mayuyama.jp/
東畑建築事務所「東畑謙三について」
https://www.tohata.co.jp/memorial/tohatakenzo_01.html
文化庁「平成30年3月 登録有形文化財(建造物)の登録について」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/pdf/r1392281_30.pdf

最終更新日: 2026.04.21