日本写真印刷本館(NISSHA本館)― 京都に息づく明治煉瓦建築の美
京都市中京区の四条通に面して静かに佇む日本写真印刷本館(NISSHA本館)は、京都市内でも極めて希少な明治期の煉瓦造建築物です。明治39年(1906年)に紡績会社の本社事務所として建てられたこの瀟洒な洋館は、一世紀以上にわたり京都の近代化の歩みを見守ってきました。現在は「NISSHA印刷歴史館」として、明治建築の美と印刷技術の歴史を同時に体感できる貴重な文化空間となっています。
紡績業から印刷業へ ― 建物が紡ぐ産業の物語
この建物の歴史は、明治28年(1895年)に設立された「五二会京都綿ネル株式会社」に遡ります。明治31年(1898年)に現在の地で操業を開始した同社は、明治39年(1906年)にこの煉瓦造の本社事務所を建設しました。この場所自体にはさらに深い歴史的意義があります。平安時代、宇多天皇や村上天皇など歴代天皇の退位後の住まいであった「朱雀院」の跡地に位置しており、まさに古都の中心に建つ建造物なのです。
昭和21年(1946年)に日本写真印刷株式会社が設立され、昭和23年(1948年)に島津製作所からこの土地と建物を取得しました。以後、昭和55年(1980年)まで本社棟として使用されています。NISSHA(平成29年に社名変更)は建物の歴史的・建築的価値を深く認識し、平成15年(2003年)から専門家による本格的な構造調査を実施。平成20年(2008年)12月に耐震補強を含む保存修理工事を完成させ、翌年にはNISSHA印刷歴史館を1階に開設しました。
登録有形文化財としての価値
平成23年(2011年)12月、文化庁の文化審議会文化財分科会の審議を経て、日本写真印刷本館は国の登録有形文化財(建造物)に登録されました(正式登録日:平成24年2月23日)。登録の理由として、「明治期における優れた意匠を持つ煉瓦造の事務所建築」であることが挙げられています。
京都市内に現存する明治期の紡績工場由来の煉瓦造建築は3か所のみとされ、そのなかでもNISSHAが継承する旧京都綿ネルの煉瓦造建築群は6棟が現存する最大規模のものです。本館はその中核として、意匠的にも構造的にも特に優れた存在として高く評価されています。また、京都市の「京都を彩る建物や庭園」にも選定・認定されています(選定番号:第7-016号、認定番号:第93号)。
建築の見どころ ― 明治の意匠美を堪能する
日本写真印刷本館は、煉瓦造2階建、建築面積約346平方メートルの洋風建築です。随所に施された意匠は、明治期の建築技術と西洋古典建築への深い理解を物語っています。
壮麗なコリント式石柱のポーチ
正面玄関を飾る4本のコリント式円柱は、この建物最大の見どころです。巨大な御影石の塊から一本ずつ削り出された継ぎ目のない一枚岩の柱で、柱頭にはアカンサス(ハアザミ)の葉を象った精緻な装飾が施されています。ヨーロッパ古典建築の格式を京都の街並みに融合させた、明治の職人技の結晶と言えるでしょう。
外壁とアーチ窓
煉瓦造の外壁は水平目地の入ったスタッコ(モルタル)塗りで仕上げられ、石造建築のような上品な風格を醸し出しています。1階・2階を通じてアーチ窓が規則正しく並び、建物全体にリズミカルで均整のとれた美しさを与えています。
銅板葺の屋根とバラストレード
屋根は寄棟造りの銅板葺で、最上部にはバラストレード(手摺り壁)を備えた屋上が設けられています。また、マンサード屋根の要素や屋根飾りも見られ、明治期の洋風建築に特徴的な折衷的デザインが堪能できます。
華麗な室内装飾
1階・2階とも中央にエントランスホールと階段を配した格調高い空間構成がなされています。特に注目すべきは天井装飾で、各部屋や廊下の天井には型押しされた装飾鉄板(ブリキ天井)が張られ、花房模様の浮彫が繊細に施されています。このプレスドティン・シーリング(pressed-tin ceiling)は、かつて欧米の商業建築で広く用いられた技法で、日本国内では大変珍しい現存例です。
NISSHA印刷歴史館 ― 4,000年の印刷の旅
本館1階に開設されたNISSHA印刷歴史館は、NISSHA財団が運営・管理する博物館施設です。印刷の起源から近代に至るまでの大変貴重な資料を展示しており、人類の知の伝達手段の発展を辿ることができます。
主な展示品には、約4,000年前の楔形文字粘土板、世界最古の量産印刷物のひとつとされる百万塔無垢浄光陀羅尼経、杉田玄白らによる「解体新書」初版本などがあります。また、グーテンベルク印刷機(復刻)や42行聖書(ファクシミリ版)、ゼネフェルダー石版印刷機、ハイデル活版印刷機の実物など、印刷技術史上の画期的な発明品を間近に見ることができます。
このほか、明治の建物遺構を紹介する展示室や、古い欧文タイプライター・鉛筆削りのコレクション、「国宝」「原色日本の美術」「ルーブル全集」などの豪華本を自由に手に取って閲覧できるコーナーも設けられています。
周辺情報 ― 壬生エリアの魅力
日本写真印刷本館が建つ中京区壬生エリアは、歴史的な見どころと現代的な利便性が調和した魅力的な地域です。
- 壬生寺 ― 本館から徒歩圏内に位置する壬生寺は、新選組ゆかりの寺として知られ、境内には隊士の墓所があります。春と秋に上演される「壬生狂言」は、国の重要無形民俗文化財に指定された独特の無言劇です。
- 四条大宮エリア ― 四条通と大宮通の交差点周辺には、商店や飲食店が集まる活気ある街並みが広がります。嵐電(京福電鉄)の始発駅でもあり、嵐山方面への観光拠点としても便利です。
- 二条城 ― 北東約1.5キロメートルに位置するユネスコ世界遺産。「鶯張りの廊下」と狩野派の障壁画で知られる二の丸御殿は必見です。
- 京都鉄道博物館 ― 京都駅方面にある日本最大級の鉄道博物館。日本の産業遺産に関心のある方にはあわせて訪れたいスポットです。
訪問のご案内
NISSHA印刷歴史館は、個人・団体とも前日までの電話予約制で見学が可能です。入場は無料です。開館時間は午前10時から午後5時まで(土・日・祝日は休館)。四条通に面した正門からお入りください。
展示や案内は主に日本語ですが、印刷機器の実物展示や建築の美しさは言語を超えて楽しめます。建築、印刷、産業史、明治文化に関心をお持ちの方にとって、京都の有名観光地とは一味異なる、静かで深みのある体験が待っています。なお、毎年11月の「関西文化の日」には予約不要で一般公開されることがあります。
Q&A
- 見学には予約が必要ですか?
- はい。個人・団体とも、前日までに電話でのご予約が必要です。NISSHA財団事務局(TEL: 075-823-5318)までお電話ください。
- 入場料はかかりますか?
- 入場は無料です。
- 最寄り駅はどこですか?
- 阪急京都線「西院」駅から徒歩約7分、阪急「大宮」駅から徒歩約9分です。京都市バス「四条中新道」停留所はすぐ目の前です。四条通に面した正門からお入りください。
- 外国語の展示はありますか?
- 展示および案内は主に日本語ですが、グーテンベルク印刷機や活版印刷機などの実物展示は言語に関わらず楽しめます。建物の建築美もそれ自体が大きな見どころです。
- おすすめの訪問時期はありますか?
- 屋内施設のため通年で楽しめます。周辺の壬生エリア散策と合わせるなら、春や秋が特におすすめです。毎年11月の「関西文化の日」には予約不要の一般公開が実施されることがあります。
基本情報
| 名称 | 日本写真印刷本館(NISSHA本館) |
|---|---|
| 文化財指定 | 国登録有形文化財(建造物)― 登録日:平成24年(2012年)2月23日 |
| 竣工 | 明治39年(1906年) |
| 建設目的 | 京都綿ネル株式会社 本社事務所 |
| 構造 | 煉瓦造2階建、建築面積約346㎡ |
| 改修 | 平成20年(2008年)保存修理・耐震補強工事完成/1975年頃・2008年改修 |
| 現在の用途 | NISSHA印刷歴史館(1階) |
| 所有者 | NISSHA株式会社 |
| 所在地 | 〒604-8873 京都府京都市中京区壬生花井町3番地 |
| 開館時間 | 午前10時〜午後5時(平日のみ・要予約) |
| 入場料 | 無料 |
| お問い合わせ | 一般財団法人NISSHA財団 TEL: 075-823-5318 / FAX: 075-823-5317 |
| アクセス | 阪急京都線「西院」駅から徒歩約7分/阪急「大宮」駅から徒歩約9分/京都市バス「四条中新道」すぐ |
参考文献
- 日本写真印刷本館 — 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/201021
- NISSHA本館 — 京都を彩る建物や庭園
- https://kyoto-irodoru.city.kyoto.lg.jp/mobile/nakagyo/nisshahonkan_n.html
- NISSHA印刷歴史館 — 一般財団法人NISSHA財団
- https://www.nissha-foundation.org/history_museum/
- 見学のご案内 — 一般財団法人NISSHA財団
- https://www.nissha-foundation.org/history_museum/visit/
- 日本写真印刷本館が登録有形文化財に登録決定 — NISSHA株式会社
- https://www.nissha.com/news/2011/12/12as_1.html
- NISSHA印刷歴史館 — 京都ミュージアム探訪
- https://www.kyoto-museums.jp/museum/central/228/
- NISSHA本館 ―明治期煉瓦造建築の保存と活用― — 京都芸術大学通信教育課程
- https://g.kyoto-art.ac.jp/reports/7203/
- 「NISSHA印刷歴史館」「京都紡績業史」への敬意を印刷史で体現 — M&A Online
- https://maonline.jp/articles/nissha_20231119
最終更新日: 2026.03.23