花街が消えた町に残った一軒
新富町躍金楼店舗(しんとみちょうてっきんろうてんぽ)は、東京都中央区新富一丁目にある昭和24年(1949年)頃建築の木造2階建の店舗兼住宅で、平成30年(2018年)5月10日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。建物を使っているのは明治6年(1873年)創業の割烹・躍金楼である。
この一角がどういう場所だったかを押さえておくと、昭和24年の建物が登録された理由が見えてくる。明治4年(1871年)、築地に外国人居留地が開設されたのに伴い、隣接するこの一帯に新島原遊郭が置かれた。遊郭はごく短命に終わり、跡地に新しい町「新富町」が起立する。翌明治5年には浅草猿若町から歌舞伎劇場・守田座が移ってきて、町名にちなんで新富座と改称した。
芝居茶屋、俳優の居宅、仕出し屋、道具方、囃子方。周辺には歌舞伎に関わる人々が集まり、同時に花柳界としての性格も強めていく。躍金楼が店を開いたのは、その転換のさなかの明治6年だった。
店名の由来はよく聞かれる。山岡鉄舟が中国の「岳陽楼記」の一節から名付けたと伝わる。水面の光が金色に躍るという句で、築地の海に近い立地と、活きのよい魚を出すという意気込みを重ねたものだという。ただしこの説を裏づける同時代の資料は確認できておらず、店に伝わる話として受け取るのが妥当だろう。
一方、当時の評判は絵に残っている。浮世絵師・豊原国周(1835〜1900)の「開化三十六会席 新富町躍金楼」(明治11年〈1878年〉)に、開化期の名店三十六軒の一つとして描かれた。同じ明治11年、月岡芳年(1839〜1892)の「皇都会席別品競 新富町躍金楼」にも登場し、こちらでは枝ぶりのよい松の立つ中庭が背景に置かれている。
登録の理由は「塀付」の三文字に出ている
文化庁が適用した登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。個々の技巧よりも、その建物が街路の景観をどう支えているかに重心のある基準だ。
登録の対象は1棟。木造2階建、瓦葺、建築面積186平方メートル。切妻造の妻側に出入口を設ける妻入で、両側に下屋を出して1階部分を広げている。東側面には居室が別棟で取り付く。
そして構造及び形式等の末尾に「塀付」とある。境界の塀と門塀が登録範囲に含まれるということで、これは建物まわりの添え物ではなく、登録の骨格に関わる。中央区の近代建築物調査も、正面外観・黒塀・門・前庭が一体で歴史的な街路景観を形づくっている点を評価している。
建築の経緯も記録に残る。創業当時の店舗は新富町内の西寄りの区画にあったとされ、戦後に老朽化した建物を建て替えようと取り壊したところで、新円切替によって手元の資金が使えなくなった。銀行は水商売への融資に応じない。中央区の調査は、この建物が客からの出資と大工棟梁らの協力によって建てられたと記している。昭和30年代に木造(外壁の一部はコンクリートブロック造)2階建部分が増築され、区の資料は昭和35年(1960年)とする。平成24年(2012年)には改修が行われた。内部には改変があるが、外観は伝統的な木造料亭の姿を保っている。
座る前に、外を見ておきたい
角地に立つ建物の見どころは、まず入口までのわずかな距離にある。表通りに面して黒板塀がめぐり、出入口には腰部を切石張りとした門塀が構えられている。その奥、半間ほどの隙間に前庭が納めてある。半間は約90センチメートル。オフィスビルに囲まれた新富一丁目で、この幅の植栽が「ここは何の店か」を伝える役目を一手に引き受けている。
内部の各室には「うさぎの間」「ひさごの間」「竹の間」といった名が付き、それぞれの名に合わせた意匠や設えが施されている。廊下から座敷の中が見えないように客動線を折る、料亭建築の定石も守られている。新築の際には、敷地の奥に以前から立っていた土蔵造りの蔵を取り込む形で建てられたという。
見学ルートも入館料も存在しない。躍金楼は営業中の割烹であり、中に入る方法は食事をすることだけである。昼は11時30分から13時30分、夜は17時30分から22時(最終入店20時)。日曜・祝日は休み。土曜の夜は6名以上の事前予約のみ、月曜のランチと祝日翌日の火曜のランチも予約制となっている。営業時間は変わることがあるので、訪ねる前に店の公式サイトを確認したい。
アクセスは東京メトロ有楽町線・新富町駅5番出口から徒歩約3分。日比谷線とJR京葉線の八丁堀駅A3出口からは約5分、日比谷線・築地駅からは約7分である。外観を公道から撮影する分には問題ないが、店内は個室を予約した他の客がいる場所なので、カメラを向ける前に必ず店の人に確認してほしい。
Q&A
- 新富町躍金楼店舗は見学できますか。入館料は必要ですか。
- 見学ルートや入館料の設定はありません。建物は営業中の割烹・躍金楼として使われているため、内部を見るには食事の予約をすることになります。土曜の夜は6名以上の事前予約のみ、月曜と祝日翌日の火曜のランチも予約制です。
- 新富町躍金楼店舗はいつ建てられ、いつ登録されたのですか。
- 文化庁のデータベースは建築年代を昭和24年(1949年)頃とし、昭和30年代の増築、平成24年(2012年)の改修を記載しています。登録は平成30年(2018年)5月10日、第90回登録で、登録番号は13-0406です。
- 新富町躍金楼店舗は重要文化財や国宝とは違うのですか。
- 違います。国宝・重要文化財は国が指定して手厚く保護する制度ですが、躍金楼店舗が該当する登録有形文化財は、平成8年(1996年)に始まった届出制中心の緩やかな制度です。現役で使われ続けている建物を対象に想定した仕組みで、この店のように営業を続けながら登録される例が多くあります。
- 新富町躍金楼店舗へはどう行けばよいですか。
- 東京メトロ有楽町線・新富町駅の5番出口から徒歩約3分です。日比谷線とJR京葉線の八丁堀駅A3出口から約5分、日比谷線・築地駅から約7分でも歩けます。銀座からも徒歩圏です。
- 新富町躍金楼店舗の外観で、特に注目すべき点は何ですか。
- 黒板塀と、腰部を切石張りとした門塀です。文化庁の登録内容に「塀付」と明記されており、後付けの外構ではなく登録範囲に含まれます。加えて、瓦葺の切妻屋根の妻側に入口を設ける妻入の形、両側に張り出した下屋、門と建物の間に約90センチメートルだけ確保された前庭も見どころです。
基本情報
| 名称 | 新富町躍金楼店舗(しんとみちょうてっきんろうてんぽ) |
|---|---|
| 所在地 | 東京都中央区新富一丁目11-3他(店舗の住所表示は新富1-10-4) |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号 13-0406 |
| 指定年 | 平成30年(2018年)5月10日登録(第90回) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造2階建、瓦葺、建築面積186平方メートル、塀付 |
| 所有者 | 個人(国のデータベースに所有者名の記載なし) |
| 公開状況 | 割烹「躍金楼」として営業中。見学のみの公開はなく、食事の予約により内部を利用できる。昼11時30分〜13時30分、夜17時30分〜22時(最終入店20時)、日曜・祝日休み |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「新富町躍金楼店舗」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00012300
- 中央区「新富町躍金楼(てっきんろう)店舗」区内の文化財
- https://www.city.chuo.lg.jp/a0052/bunkakankou/rekishi/kunibunkazai/041121.html
- 中央区近代建築物調査「割烹 躍金楼」
- https://www.city.chuo.lg.jp/a0052/bunkakankou/bunka/kyodoshiryokan/kindai_kentikubutu_tyousa/kindai45.html
- 割烹 躍金楼 公式サイト
- https://tekkinro.com/
最終更新日: 2026.08.22