横被(おうひ)— 空海が唐から持ち帰った国宝の仏教染織品

京都・教王護国寺(東寺)が所蔵する横被(おうひ)は、真言宗の開祖・弘法大師空海(774〜835)が唐から日本へ持ち帰った貴重な仏教染織品であり、国宝に指定されています。8世紀の唐時代に制作されたこの横被は、1,200年以上の歳月を経てなお、唐代染織の優れた技法と美意識を今日に伝える極めて稀有な遺品です。

現在は京都国立博物館に寄託されており、空海が唐の師・恵果阿闍梨から受け継いだ密教伝法の歴史を物語る、かけがえのない文化財です。仏教美術や古代染織に関心をお持ちの方にとって、この作品との出会いは、日本と大陸をつなぐ文化交流の壮大な物語に触れる特別な体験となるでしょう。

横被とは何か

横被(おうひ)は、七条袈裟の付属具です。僧侶が七条以上の袈裟を偏袒右肩(へんだんうけん)のかたちで着用する際——すなわち左肩から袈裟をかけて右肩を露にする際に、その露出した右肩を覆うために用いる細長い縁付きの布のことを指します。袈裟とは別の布で作られ、儀式における僧侶の威儀を整える重要な法具のひとつです。

横被が日本で盛んに用いられるようになったのは平安時代以降とされ、現存する最古の遺品がまさにこの東寺所蔵の横被です。空海が唐から伝えた密教の儀式作法と共に、その着用の伝統も日本に根づいたと考えられています。

空海の入唐と恵果からの伝法

延暦23年(804年)、空海は遣唐使の一員として唐に渡り、都・長安の青龍寺で恵果(けいか、746〜806)に師事しました。恵果は空海の非凡な資質を見抜き、密教の正統な後継者として短期間のうちに秘法の全てを伝授しました。経典や曼荼羅、密教法具とともに、恵果は自らが相伝してきた袈裟一式——犍陀穀糸袈裟とこの横被——を空海に授けたのです。

空海は帰国後、これらの品を記した『御請来目録(ごしょうらいもくろく)』を朝廷に提出しました。また、袈裟と横被は国宝『海賦蒔絵袈裟箱(かいふまきえけさばこ)』に収められていたことが、養和2年(1182年)の『後七日御修法記』に記録されています。

国宝指定の理由とその価値

横被は昭和28年(1953年)3月31日に重要文化財に指定され、同年11月14日に国宝に昇格しました。その文化財としての価値は多岐にわたります。

  • 唐代染織の貴重な遺品:横被の本体(田相部)には茶地の大花文綾が用いられており、8世紀の唐代における高度な織物技術と意匠を今に伝えています。このような唐代染織の実物が現存している例は世界的にも極めて稀です。
  • 弘法大師将来の確かな資料:恵果から空海に伝領されたという来歴が文献によって裏付けられており、日中間の密教伝播という東アジア史上最も重要な文化交流のひとつを物的に証明する遺品です。
  • 服飾史・染織史への貢献:袈裟および横被の素材・構造・技法は、古代の染織技術史や仏教法衣の変遷を研究する上で、かけがえのない情報を提供しています。

横被の特徴と見どころ

横被の寸法は縦180.0cm、幅86.3cmで、僧侶の右肩を優雅に覆うのに十分な大きさです。田相部には茶地の大花文綾を二幅(ふたの)に仕立てて用いています。この大花文の綾織は、唐の都・長安で花開いた国際的な美意識——中国、中央アジア、ペルシアなど多様な文化が融合した華やかな文様世界——を反映するものです。

縁と裏には紫地唐花文綾地綾(むらさきじからはなもんあやじあや)が用いられており、これは犍陀穀糸袈裟の裏裂と同じ布です。このことから、横被と袈裟が一揃いの組み合わせとして制作されたことがうかがえます。裏は二幅に仕立て、黒を主色とする雑色の角打輪形が一カ所に設けられています。

1,200年以上の時を経た繊維は非常に繊細な状態にありますが、織文様や色彩の調和は今なお確認することができ、唐代の織師たちの卓越した技を偲ぶことができます。

関連する国宝 — 犍陀穀糸袈裟と海賦蒔絵袈裟箱

横被は、東寺が所蔵する以下の二つの国宝と密接に関連しています。

  • 犍陀穀糸袈裟(けんだこくしけさ):横被の本体となる七条袈裟で、田相部は紫・萌葱・黄・藍など濃淡約10色の絹糸を用いた綴織(つづれおり)で叢雲文を表しています。これは糞掃衣(ふんぞうえ)——使い捨てられた布を縫い合わせた袈裟——の姿を最高級の技法で再現したもので、唐代綴織の傑作です。寸法は縦115.7cm×横272.7cm。
  • 海賦蒔絵袈裟箱(かいふまきえけさばこ):犍陀穀糸袈裟と横被を納めていた袈裟箱。波、水鳥、魚、亀などの海の情景を蒔絵で表した平安時代初期の漆工芸品で、空海が海を渡って密教を求めた旅路を連想させる意匠が施されています。

これら三点が一つの組み合わせとして伝来したことは、唐から平安時代の日本への密教伝播の歴史を雄弁に物語っています。

拝観・鑑賞のご案内

横被は教王護国寺(東寺)の所有品として京都国立博物館に寄託されています。非常に繊細な染織品であるため常設展示は行われておらず、特定の展覧会や染織特集の際に公開されます。ご来館前に、京都国立博物館の公式サイトで展示スケジュールをご確認ください。

京都国立博物館は明治30年(1897年)開館の歴史ある博物館で、平安時代から江戸時代にかけての京都の文化財を中心に収蔵・展示しています。2014年にオープンした平成知新館は建築家・谷口吉生の設計による近代的な展示施設で、日英両言語による解説とともに文化財を鑑賞することができます。

周辺の見どころ

京都国立博物館は東山七条エリアに位置し、京都屈指の歴史的文化スポットが徒歩圏内にあります。

  • 三十三間堂(蓮華王院):博物館の道路向かいに位置し、1,001体の千手観音立像で知られる名刹です。博物館とあわせてぜひ訪れたいスポットです。
  • 東寺(教王護国寺):横被の本来の所蔵寺院。日本最高の木造塔である五重塔(国宝)、講堂の立体曼荼羅(国宝仏像15体を含む21体の仏像群)、宝物館での宝物公開など、空海ゆかりの文化財を直接体感できます。博物館からバスまたはタクシーで約15分。
  • 清水寺:懸造りの舞台で名高い世界遺産の寺院。博物館から東山の風情ある街並みを歩いて約20分。
  • 京都駅:博物館から徒歩約20分。ショッピング、飲食、交通の拠点として便利です。

Q&A

Q横被(おうひ)と袈裟はどう違いますか?
A袈裟は僧侶が左肩から右脇にかけて身に着ける大きな布状の法衣です。一方、横被は七条袈裟の付属具で、袈裟を偏袒右肩の形で着用する際に露出する右肩を覆うために用いる別布の細長い布です。袈裟とは異なる布地で作られ、二つで一組の法衣の構成品となっています。
Q国宝の横被はいつでも見られますか?
A常時展示はされていません。非常に繊細な古代の染織品であるため、京都国立博物館において特定の展覧会や名品展の際に限定的に公開されます。ご来館前に京都国立博物館の公式サイトで展示情報をご確認ください。
Q京都国立博物館は外国語に対応していますか?
Aはい。展示品の解説は日本語と英語の二言語で提供されています。平成知新館は現代的で見やすい展示設計になっており、特別展では音声ガイドが用意されることもあります。公式サイトにも英語ページがあり、来館情報を確認できます。
Q空海ゆかりの国宝は京都でほかにどこで見られますか?
A東寺には、横被の一組である犍陀穀糸袈裟をはじめ、密教法具、空海自筆の書状「風信帖」、講堂の立体曼荼羅(国宝の仏像群)など数多くの国宝が伝わっています。東寺の宝物館では季節ごとに特別公開が行われており、空海の世界を直接体感することができます。
Q京都国立博物館へのアクセスを教えてください。
A京阪本線・七条駅から東へ徒歩約7分です。京都駅からは市バス100系統・206系統・208系統に乗車し、「博物館三十三間堂前」バス停で下車してください。京都駅から徒歩の場合は約20分です。休館日は毎週月曜日(月曜が祝日の場合は翌火曜日休館)です。

基本情報

名称 横被(おうひ)
指定区分 国宝(工芸品・染織)
時代 唐時代(中国・8世紀)
寸法 縦180.0cm × 幅86.3cm
素材・技法 田相部:茶地大花文綾(二幅仕立て)/縁・裏:紫地唐花文綾地綾
所有者 宗教法人 教王護国寺(東寺)
寄託先 京都国立博物館(京都府京都市東山区茶屋町527)
国宝指定日 昭和28年(1953年)11月14日
開館時間 名品ギャラリー:9:30〜17:00(金曜は20:00まで)※入館は閉館30分前まで
観覧料 一般 700円 / 大学生 350円 / 高校生以下無料(特別展は別料金)
アクセス 京阪本線・七条駅から徒歩約7分 / 京都駅から市バス100・206・208系統「博物館三十三間堂前」下車
休館日 月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、年末年始

参考文献

文化遺産データベース — 横被
https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/125614
文化遺産データベース — 犍陀穀糸袈裟
https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/159345
京都国立博物館 名品紹介 — 犍陀穀糸袈裟(七条綴織袈裟)
https://www.kyohaku.go.jp/jp/collection/meihin/senshoku/item05/
東寺 世界遺産 真言宗総本山 教王護国寺 — 宝物紹介
https://toji.or.jp/smp/treasure/
東寺 — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E5%AF%BA
京都国立博物館 — 利用案内
https://www.kyohaku.go.jp/eng/visit/info/
源氏物語を楽しむ — 袍裳七条袈裟姿(横被の解説)
https://heian.cocolog-nifty.com/genji/2024/02/post-f9e631.html

最終更新日: 2026.03.12