割高台茶碗——常識を打ち破った朝鮮王朝の名碗

東京・白金台の閑静な高台に建つ荏原畠山美術館。そのガラスケースの中に、ひとつの小さな茶碗が静かに置かれています。一見すると素朴で、ややくすんだ風情の堅手の碗。しかし手に取って裏返してみると——円形であるはずの高台が、十文字に大胆に断ち割られていることに気づきます。これが「割高台茶碗」、16世紀の朝鮮王朝時代に焼かれ、長く日本の茶人たちを魅了し続けてきた名品です。

2017年に重要文化財に指定されたこの茶碗は、朝鮮半島の祭器の系譜、わび茶の精神、そして20世紀の数寄者・畠山即翁の眼力という、三つの物語が一つの器の中で出会った稀有な存在といえます。

「割高台」とは何か

「割高台」とは、その名の通り「割られた高台」という意味です。多くの茶碗の高台は、卓上に安定して器を置くための円い輪として作られています。しかし割高台では、その輪の一部、多くは十文字あるいは四方に切り込みが入れられ、本来は実用のための部位がそのまま大胆な意匠へと転化しています。

畠山美術館の所蔵品はこの形式を代表する逸品の一つです。胎土は磁器質の堅手と呼ばれる類いで、わずかに乳白色を帯びた色合いが、日本の茶人が愛した落ち着いた肌合いを生んでいます。胴は端整ながらほのかに歪み、釉薬は不均一に流れて景色をなし、深く割られた高台が全体に強い造形的な意志を与えています。

祭器から茶碗へ——その来歴

そもそも、なぜ高台を割るのでしょうか。最も広く支持されている説は、割高台の起源を朝鮮半島の祭器に求めるものです。先祖を祀る祭祀の場で用いられた器には、同様の切り込みを施した高台がしばしば見られ、清浄さを示す意味、あるいは日常雑器との区別を示す意味があったとされます。

16世紀にこの茶碗を作った朝鮮の陶工たちが、これが後に海を渡って濃茶を点てる器となるとは、想像もしていなかったかもしれません。しかしまさに同じ16世紀の後半、日本の茶人たちは朝鮮陶磁の素朴さに強く惹きつけられていきます。村田珠光・武野紹鷗・千利休によって深められた「わび」の理念は、唐物中心の華美な書院の茶から、簡素で力強い高麗物・和物への嗜好へと茶の湯の価値観を大きく転換させました。実用器としての無作為な美こそが、新しい茶の理想に響いたのです。

とりわけ割高台は、桃山時代の武将たちに好まれました。高台に大きく刻まれた断ち割りには迷いのない強さがあり、武家好みの豪快な美意識と通い合うものがあったといわれます。大正名器鑑には、徳川家、若州酒井家、雲州松平家など、名だたる大名家に伝来した割高台茶碗九口が紹介されており、この形式が江戸時代を通じてどれほど珍重されたかをうかがい知ることができます。

重要文化財に指定された理由

2017年、文化庁はこの茶碗を重要文化財に指定しました。それは、長く茶人たちが愛してきた事実を国家が公式に追認した瞬間でもありました。指定の背景には、いくつもの理由があります。

まず、約450年という年月を経てなお良好な保存状態を保っていること。さらに、堂々たる量感と気品ある佇まいが見事に均衡していること。そして何より、上半身の比較的端整な作りと、底部の大胆な割高台との間に生まれる視覚的な緊張感は、作り手の確かな造形意識を感じさせます。

京都国立博物館の解説では、この茶碗は「破格ともいえる造形」をもつ作品として紹介されています。「破格」とは、規範を破り、既成の枠を超えるという意味。この一語が、本品の本質を端的に言い表しているといえるでしょう。そしてその破格こそが、近代の名コレクターを強く惹きつけた要素でもありました。

畠山即翁の慧眼

この茶碗を東京の白金台に迎え入れたのは、畠山一清(1881–1971)、号を即翁といいます。室町時代の能登守護大名・畠山氏の血を引く家に金沢で生まれ、東京帝国大学機械工学科を首席で卒業。後に株式会社荏原製作所を創業し、日本を代表するポンプメーカーへと育て上げた実業家です。

事業を率いる一方で、即翁は茶の湯と古美術蒐集に深く打ち込みました。先達の益田鈍翁や原三溪に学びつつ、彼自身の美意識は独自のものでした。京都国立博物館のテキストでは、即翁が「将軍家や天下人と呼ばれる戦国武将たちが所持した井戸茶碗や唐物茶入」のような名品を集める一方で、「破格ともいえる造形の『割高台茶碗』『志野水指 銘 古岸』といった個性的な作品も蒐集している」と紹介されています。即翁にとって、この茶碗の大胆さは欠点ではなく、最大の魅力だったのです。

1964年、即翁は私邸の一角に畠山記念館を開設し、コレクションを広く公開しました。その精神は「即翁與衆愛玩」——「自分一人で愛蔵するのではなく、多くの人々とともに楽しもう」という蔵印の言葉に表されています。2024年10月、約5年半に及ぶ大規模改築を経て、施設は「荏原畠山美術館」と名を改めて再開館。本館の和の趣を残しつつ、新館を増築し、展示面積はおよそ三倍に拡張されました。

見どころと鑑賞のポイント

割高台茶碗を実際に鑑賞する時間は、静かで深い体験となります。茶碗は本来、胴・口縁・見込み・高台と、あらゆる角度から味わうものです。展示ケースの周りをゆっくりと一周してみてください。十文字に割られた高台が光をどう受け止めているか、釉薬がどこに厚く溜まり、どこで薄くなっているか、そして器形のわずかな歪みが、機械的な完璧さとは異なる人の手の温かみを伝えていることに気づくでしょう。

本品は通年展示されているわけではなく、茶道具をテーマとする季節展などの折に公開されます。来館前に展覧会スケジュールをご確認いただくのが確実です。展示されている時には、即翁が一会の取り合わせとして思い描いたであろう他の名品とともに陳列されることが多く、一碗が一碗としてではなく、茶事の一場面の中で生きる姿を想像することができます。

美術館全体の魅力

荏原畠山美術館の所蔵品は約1,300件、うち国宝6件、重要文化財33件を含みます。日本・中国・朝鮮の茶道具を中心に、書画、陶磁、漆芸、加賀前田家伝来の能装束まで、東アジアの美術工芸の精華が集結しています。

敷地そのものも見どころです。庭園内には五棟の茶室が点在し、そのうち四棟は「旧畠山一清邸 翠庵・明月軒・沙那庵・浄楽亭・毘沙門堂」として港区指定有形文化財となっています。江戸時代には薩摩藩主島津家の別邸が置かれ、明治には外務卿・寺島宗則の邸宅として明治天皇が観能のために行幸した由緒ある土地。今も「明治天皇行幸所寺島邸」の石碑が静かに歴史を語ります。

周辺のおすすめスポット

白金台は東京でも有数の落ち着いた住宅街で、大使館や洒落たカフェが点在する界隈です。美術館を訪れたあとは、すぐ近くの国立科学博物館附属自然教育園を訪ねるのもおすすめです。江戸時代の屋敷地の自然がそのまま残された広大な森林公園で、四季折々の植生を楽しめます。古美術店や、池泉回遊式の名園・八芳園も徒歩圏内です。最寄りは都営浅草線・高輪台駅、都営三田線・東京メトロ南北線・白金台駅。新幹線が停車する品川駅からも徒歩約20分と、海外からのアクセスにも便利です。

Q&A

Q割高台茶碗はどこで見られますか?
A東京都港区白金台の荏原畠山美術館に所蔵されています。通年公開ではなく、季節ごとの展覧会の中で適宜展示されますので、ご来館前に美術館公式サイトで展示作品リストをご確認いただくことをおすすめします。
Q「割高台」とはどういう意味ですか?
A「割高台」とは「割られた高台」のこと。茶碗の底につく円い輪状の高台に、十文字あるいは四方の切り込みを大胆に入れた形式を指します。実用部位がそのまま意匠へと昇華された、特徴的な造形です。
Q朝鮮の茶碗がなぜ日本の重要文化財になるのですか?
A朝鮮半島で焼かれた茶碗は「高麗茶碗」と総称され、室町時代末から桃山・江戸期にかけて、日本の茶の湯文化の中核を成してきました。本品のように長く日本に伝来し、茶の湯文化の形成に深く関わった器は、その歴史的・芸術的価値ゆえに日本の文化財として指定されています。
Q畠山即翁とはどのような人物ですか?
A畠山一清(1881–1971)、号は即翁。荏原製作所の創業者にして、近代を代表する数寄者の一人です。1964年に畠山記念館を開設し、自身のコレクションを広く一般に公開しました。茶の湯と能楽を深く嗜んだ文化人でもあります。
Q美術館へのアクセスを教えてください。
A最寄り駅は都営浅草線・高輪台駅(徒歩約6分)、都営三田線および東京メトロ南北線・白金台駅(徒歩約10分)です。JR・新幹線の品川駅からも徒歩約20分でアクセスできます。

基本情報

名称 割高台茶碗(わりこうだいちゃわん)
時代 朝鮮王朝時代 16世紀
産地 朝鮮半島
素材 陶磁(堅手)
文化財指定 国指定 重要文化財(2017年指定)
所有者 公益財団法人 荏原畠山記念文化財団
所蔵館 荏原畠山美術館(旧 畠山記念館)
所在地 〒108-0071 東京都港区白金台2-20-12
最寄り駅 都営浅草線「高輪台」駅/都営三田線・東京メトロ南北線「白金台」駅
休館日 月曜日(祝日の場合は開館し翌火曜日が休館)、展示替え期間、年末年始

参考文献

荏原畠山美術館 公式サイト
https://www.hatakeyama-museum.org/
荏原畠山美術館 開館記念展Ⅰ ―與衆愛玩―共に楽しむ―
https://www.hatakeyama-museum.org/exhibition/000059.html
荏原畠山美術館 当館について
https://www.hatakeyama-museum.org/about/
Wikipedia「荏原 畠山美術館」
https://ja.wikipedia.org/wiki/荏原_畠山美術館
Wikipedia「高麗茶碗」
https://ja.wikipedia.org/wiki/高麗茶碗
京都国立博物館 特別展「畠山記念館の名品─能楽から茶の湯、そして琳派─」
https://www.kyohaku.go.jp/jp/special/tenrankai/hatakeyama_2021.html
文化遺産オンライン「割高台茶碗」(本間美術館蔵 関連作品)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/277666

最終更新日: 2026.05.01