和田家住宅主屋について

西本願寺の真南、新町通を花屋町から一筋下った東若松町に、京町家の表構えを今に残す一軒が建つ。和田家住宅主屋。木造平屋建、瓦葺、建築面積はおよそ98平方メートル。明治期の建築で、平成20年(2008年)3月7日、敷地奥の土蔵とともに登録有形文化財に登録された。

登録有形文化財は、国宝や重要文化財ほど強い拘束を伴わず、近代以降の生活建築までを幅広く対象に取り込む保護制度である。所有者と国の合意のもと、外観の改変や所在の変更を届け出る仕組みになっており、住み続けながら維持できる点に特徴がある。和田家住宅主屋もそうした文脈で評価された一棟で、特別に大規模でも豪壮でもない、中規模の京町家の姿を、ほぼ完結したかたちで残している。

表に並ぶ三種の格子

新町通に面した西側の表構えが、この町家の見どころのほぼすべてを担っている。桁行四間(約7.3メートル)、梁間二間(約3.6メートル)の表屋。1階は南北で意匠を分けており、北側には壁面から少し前に張り出す出格子、南側には部材を太めに、間隔を粗めにとった荒格子が入る。そして頭上、軒下の低い半階——いわゆるつし二階——には、細い格子の上端を切って透かしを設けた切子格子が嵌まる。

京町家の格子は装飾ではなく機能だった。間口から内部をどう見せ、外気をどう通すか、商売や用途によって意匠が分かれる。出格子はかつての見世棚を備えた商家の表、荒格子は土間や水回りの前、切子格子は反物を扱う繊維商に多かったとされる。一つの間口に三種が同居する例は、京町家のなかでも数少ない。

表屋の奥は、坪庭と玄関を挟んで切妻屋根の台所、その先に片流れ屋根の座敷が続く。間口が狭く奥行きの深い、いわゆる「うなぎの寝床」型の敷地に光と風を通すための、京町家の標準的な平面構成である。

奥に残る土蔵と、伊勢屋義兵衛の名

同じ敷地の東奥には、桁行二間・梁間二間の二階建ての土蔵が建つ。こちらは江戸後期(1830〜1867年頃)の建築で、和田家住宅土蔵として主屋と同日に登録有形文化財に登録された。窓の引戸には「伊勢屋義兵衛 酉六月」と墨書が残されており、明治25年(1892年)に和田家がこの敷地を取得する以前、伊勢屋を屋号とする商家の所有であったことが判明している。

つまりこの敷地は、遅くとも江戸後期から商家の店蔵として使われ、明治期に建物を更新しながら現在の和田家へと所有が移った、ということになる。古い土蔵だけが旧主の墨書を残し、表に立つ主屋がそれより新しい——京都の町家敷地ではしばしば見られる組み合わせで、和田家住宅もその一例にあたる。耐火性に優れ建て替えにくい蔵は、表側の主屋よりも長く生き延びる場合が多い。

両本願寺に挟まれた門前町のなかで

住所にある花屋町通は、世界遺産・西本願寺と東本願寺の間を東西に走る通りで、両寺院に手向ける生花商の店が多かったことが名の由来と伝わる。沿道には今も仏壇・仏具・念珠・法衣を扱う店が点在し、両本願寺への参拝客を相手にする門前町としての気配が残る。和田家住宅主屋が建つ新町通花屋町下ル一帯も、その商業圏の延長にあたる。

京都市内に残る京町家は、2016年の市の調査時点で約4万軒。そのうち明治期以前の建築は2割に満たず、戦後の建て替えで減少傾向は今なお続いている。和田家住宅主屋のように、表構えに三種の格子と通り庇を備えた明治期の町家がそのまま街路に面している例は、年々貴重になりつつある。

訪問の心得

和田家住宅主屋は現役の個人住宅であり、内部の公開は行われていない。見学できるのは新町通からの外観のみで、敷地内に立ち入ることはできない。一方、登録有形文化財として保護される対象も主に通りに面した表構えであり、外観のみで価値の中心は十分に読み取れる。

三種の格子の表情は、朝夕の斜光が当たる時間帯に最も鮮明になる。庇の下に陰が落ち、垂直に並ぶ格子の縦線と背後の壁面との奥行きが浮き上がる時間が、観察に向く。撮影の際は通行と居住者のプライバシーに配慮し、長時間の立ち止まりや内部を覗き込む行為は控えること。

周辺の見どころ

西本願寺は徒歩数分、堀川通を渡った先にある。御影堂・阿弥陀堂は国宝、唐門や飛雲閣など桃山文化を代表する建築を擁する浄土真宗本願寺派の本山で、1994年に世界文化遺産「古都京都の文化財」の構成資産に加えられた。早朝6時からの晨朝勤行は誰でも参列でき、観光時間より前に建築を体感できる時間帯としても利用しやすい。

東本願寺は東へ徒歩約5分。明治28年(1895年)に再建された御影堂は世界最大級の木造建築の一つに数えられ、2019年には御影堂・阿弥陀堂など6棟が重要文化財に指定された。

花屋町通そのものを両本願寺の間で東西に歩くと、仏具・念珠・仏壇の店が連なる門前町の気配を残した街並みが続く。和田家住宅主屋を訪ねる前後にこの通りを散策することで、京町家がどのような商業環境のなかで建てられたのかが立体的につかめる。京都駅までは徒歩約15分。

Q&A

Q建物の内部を見学できますか?
Aいいえ、和田家住宅主屋は現在も個人の住居として使われており、内部公開や見学の受け入れは行われていません。文化財として保護されているのは主に通りに面した外観であり、新町通からの見学に限られます。
Q三種の格子とは具体的に何ですか?
A1階北側の「出格子」、1階南側の「荒格子」、つし二階の「切子格子」の三種です。出格子は見世棚を備えた商家の表、荒格子は土間や水回りの前、切子格子は反物を扱う繊維商に多かったとされる意匠で、職種や用途に応じて格子を使い分けた京町家の文法を、一つの間口で確認できます。
Qいつ建てられた建物ですか?
A主屋は明治期(1868〜1911年)の建築です。文化庁データベースに具体的な竣工年は記載されていませんが、和田家が当敷地を取得したのが明治25年(1892年)であることは、敷地奥の土蔵窓の墨書から判明しています。土蔵そのものは江戸後期(1830〜1867年頃)の建築で、和田家取得以前から敷地に建っていました。
Q「登録有形文化財」と「重要文化財」はどう違いますか?
A重要文化財は国が個別に指定し、現状変更などに強い制約を設ける制度で、特に高い価値を有するものに限られます。登録有形文化財は1996年に新設された制度で、対象を近代以降の生活建築まで広げ、所有者との合意のもと届出制で保護します。和田家住宅主屋は後者にあたり、住み続けながら維持していくことを前提とした登録です。
Qアクセス方法は?
AJR・近鉄・地下鉄の京都駅から徒歩約15分。市バスの場合は「西本願寺前」下車後、花屋町通を東へ一筋進み、新町通を南に折れた東若松町内にあります。

基本情報

名称和田家住宅主屋(わだけじゅうたくしゅおく)
所在地京都府京都市下京区新町通花屋町下る東若松町832他
指定区分登録有形文化財(建造物)
登録年月日平成20年(2008年)3月7日
時代明治/1868〜1911年
構造木造平屋建(つし二階付)、瓦葺
建築面積約98㎡
員数1棟
所有個人
公開状況非公開(外観のみ通りから見学可)
最寄駅JR・近鉄・地下鉄 京都駅から徒歩約15分

参考文献

和田家住宅主屋 — 文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/144131
和田家住宅土蔵 — 文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/172172
国指定文化財等データベース — 文化庁
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006869
京都市指定・登録文化財—建造物(下京区) — 京都市
https://www.city.kyoto.lg.jp/bunshi/page/0000189689.html
本願寺(西本願寺) — 京都府観光連盟公式サイト
https://www.kyoto-kankou.or.jp/info_search/3460

最終更新日: 2026.05.17