戦火をくぐり抜けた昭和13年の庁舎 ― 和歌山県庁舎本館
日本の官庁舎のなかで、これほど長く同じ役目を果たし続けている例は多くない。和歌山県庁舎本館は1938年(昭和13年)に完成した、明治の改革以降三代目となる県庁舎で、いまも県政の中枢として機能している。淡黄色のタイルが壁を覆い、二連アーチ窓が立面に整然と並び、頂部や玄関ポーチをテラコッタの装飾が飾る。平面はE字形で、正面の主棟の背後に中央棟と翼廊が伸びる。各部屋に採光と通風を行き渡らせるための工夫で、冷房のない時代には切実な配慮であった。
この建物は、1930年代に各県が競って建てた、格調ある鉄筋コンクリート造の庁舎の系譜に連なる。意匠は東京の国会議事堂を意識してまとめられ、同じ流れをくむ富山県庁舎とよく似た面立ちをもつ。正面の庭園から進むと、来訪者は車寄せを抜けてポーチへと上がる。御影石の床とテラコッタの花壇が、控えめな儀礼の調子をつくり出している。
不安の時代の、最新の建物
設計を担当したのは県技師の増田八郎で、よく似た富山県庁舎の設計監督を終えたばかりであった。最新の技術を取り入れるため、県は東京帝国大学教授で、日本における鉄筋コンクリート造と鉄骨造の開拓者であった内田祥三を監修者に迎えた。構造設計は内田の門下の大学院生・坪井善勝が担った。施工は清水組、現在の清水建設である。工事は1936年9月に始まり、1938年4月に完成した。
鉄筋コンクリート造の採用は、1923年(大正12年)の関東大震災を踏まえた選択であった。豪華さを競うのではなく、非常時にも機能し続ける、堅実で最新の建物が県の望みであり、その望みはかなえられた。1945年(昭和20年)の空襲で和歌山市中心部の多くが焼けたとき、県庁本館は火災をくぐり抜け、以後、補修と耐震補強を重ねながら使われ続けている。戦前の県庁舎で、いまも本来の用途で使われているものは、全国でも数えるほどしか残っていない。
建物は2013年(平成25年)、造形の規範となっているものとして、国の登録有形文化財となった。登録は、国宝や重要文化財への「指定」より緩やかな保護である。1996年に近代の建築を念頭に設けられたこの制度は、建築的・歴史的な価値を認めつつ、所有者である和歌山県が建物を現役で使い続けることを許す。
探しておきたいディテール
外観は、正面をゆっくり歩いて見る価値がある。視線を頂部と玄関へ上げると、テラコッタの仕事が集まっているのが分かる。窓まわり、出入口の額縁、車寄せの庇まわりに、その温かみのある焼物の装飾が、冷たいタイルに対して配されている。大きく張り出した庇をもつ深い車寄せそのものが、この建物で最も写真に撮られる見どころであり、設計者の儀礼的な意図を最も読み取りやすい部分でもある。
内部では二つの空間が際立つ。中央階段ホールには、和歌山県出身の彫刻家・保田龍門による浮彫が踊り場の壁に据えられており、上る途中で足を止める価値がある。四階の正庁、すなわち公式の式典の間は、竣工当初の内部意匠をよく残し、県庁舎の同種の部屋のなかでも屈指のものである。
ここは現役の官庁舎であるため、外観はいつでも自由に眺められ、公開部分は概ね開庁時間内に立ち入ることができる。ただし正庁などの公式の内部空間は常時公開ではない。県庁本館は、和歌山県立近代美術館や県立博物館など県の文化施設が集まる一画にあり、和歌山市の官庁街をめぐる一日に組み込みやすい。
Q&A
- いまも使われているのですか。
- はい。現在も和歌山県庁の本館として機能しており、戦前の県庁舎で本来の用途のまま使われている数少ない例の一つです。
- 誰が、いつ設計したのですか。
- 1938年の完成で、設計は県技師の増田八郎、監修は内田祥三、構造設計は坪井善勝が担いました。施工は清水組です。
- どのような保護を受けていますか。
- 2013年登録の国の登録有形文化財です。国宝や重要文化財より緩やかな区分で、現役の近代建築に適しています。
- 内部は見学できますか。
- 公開部分は概ね開庁時間内に立ち入れます。四階正庁などの公式の内部は常時公開ではないため、見学を希望する場合は事前に確認してください。
- 戦時中の空襲を生き延びたのですか。
- はい。1945年の空襲で和歌山市中心部の多くが焼失しましたが、県庁本館は焼け残りました。歴史的建造物として重んじられる理由の一つです。
基本情報
| 名称 | 和歌山県庁舎本館 |
|---|---|
| 所在地 | 和歌山県和歌山市小松原通1-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/2013年(平成25年)12月24日登録/登録番号30-0176 |
| 員数 | 1棟 |
| 年代 | 1938年(昭和13年)/2011年改修 |
| 構造形式 | 鉄筋コンクリート造一部鉄骨鉄筋コンクリート造4階建一部地階付、建築面積約2,630平方メートル |
| 所有者 | 和歌山県 |
| アクセス・公開 | 和歌山市中心部。現役の官庁舎で、外観はいつでも見学可、公開部分は概ね開庁時間内に立ち入り可 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009818
- 和歌山県庁舎本館|わかやまの文化財
- https://wakayama-bunkazai.jp/bunkazai/bunkazai-spot-880/
- 和歌山県庁舎本館|文化遺産オンライン
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/207737
最終更新日: 2026.06.23