引っ越してきた座敷
正住寺離れ座敷は、和歌山県和歌山市東長町にある大正9年(1920年)建築の木造平屋建で、平成29年(2017年)6月28日に国の登録有形文化財に登録された。山門から本堂へ続く参道の北側に建つ。
ただし、そこに建っているのは平成25年(2013年)からである。それ以前の93年間は、まったく別の場所にあった。
建てられたのは大正9年、和歌山県東部の橋本市橋本で、施主は同地の池永家だった。用途は離れ座敷。家の本体から切り離して建てる小さな棟で、余裕のある家が客を迎え、改まった席を設け、日常の生活音から良い部屋を遠ざけるために使う建物である。それが2013年に解体され、県の東端から海側の旧城下町まで運ばれ、日蓮宗寺院の境内で組み直された。
移築という履歴の意味
日本の文化財行政において、移築は扱いの難しい事実である。建物が建つ場所そのものが保護すべき価値の一部と考えられており、原位置を離れた建造物は、自らの重要性を主張する根拠をひとつ失う。平成8年(1996年)に指定制度より軽やかな仕組みとして導入された登録有形文化財制度は、こうした事例を受けとめる幅を持っている。
適用された登録基準がそれを示している。三つある基準のうち、文化庁がこの建物に用いたのは「造形の規範となっているもの」だった。登録建造物の大多数に適用され、移築された建物では満たしにくい「国土の歴史的景観に寄与しているもの」ではない。国が認めた価値は大工仕事の質にあり、大工仕事は運べる。
そして移築は、おそらくこの建物を救った。離れ座敷は大きな家のなかで最初に余る部分である。改まった客間を必要としなくなった家にとって、大正期の木造の離れに次の使い道は見つけにくい。寺はこの建物にもう一度役割を与えた。登録番号は30-0223である。
大工仕事を見る
建物は桁行6間、梁間3間半、寄棟造、桟瓦葺の平屋建。建築面積は62平方メートルと小さい。もともと一軒の家ではなく、家のいちばん良い部屋だけを取り出したものだからである。
内部は続き間の座敷が二室。上の間が10畳、下の間が7畳半で、二室は仕切りを開けば一続きの座敷となる。正面側と背面側の双方に内縁を設ける。外へ張り出す縁ではなく、外壁の内側に納めた縁で、座敷は二方向に緩衝となる動線を持つことになる。下の間の正面側、南西隅には入母屋造の玄関が取り付く。
造作が入念なのは上の間である。床の間は一間半の幅を取り、平坦な一段ではなく二段に構える。飾りの場に奥行きと陰影が生まれる構成だ。その脇には付書院が設けられている。低い窓を伴う造り付けの机で、その部屋が書院造の系譜に属することを示す部材である。座敷廻りの材は杉と檜。文化庁の評価は「端正」という語に落ち着いている。要するに、この部屋は誇示していない。金がかかっていて、しかも静かなのである。
この組み合わせは大正後期の座敷らしい性格でもある。徳川期の身分に応じた制約が外れたあと、西日本の商家や地主の家は、かなり質の高い書院座敷を次々に注文するようになった。ここに残るのはその時代のよくできた一例で、しかも移植されたものだ。
正住寺と、訪ね方
正住寺は詔賢山(しょうけんざん)と号する日蓮宗の寺院である。創建の時期は記録されていない。和歌山の旧城下町の街区のなか、古くから寺が集まってきた一角に位置し、現在も墓地を持つ檀家寺として営まれている。
離れ座敷は見せるための建物ではない。開館時間も拝観料もなく、内部を公開する仕組みもないので、床の間も付書院も通常は見ることができない。見られるのは外観で、山門と本堂のあいだの参道からは、低く抑えた寄棟の屋根と隅に取り付く玄関の関係がよくわかる。内部を見たい場合は、行けば入れると考えず、事前に寺へ問い合わせたい。
行き方は簡単である。南海本線・南海和歌山港線・JR紀勢本線が乗り入れる和歌山市駅から南へ、徒歩でおよそ10分。周囲は細い道の続く静かな街区で、20世紀に区画が組み替えられる前、この一帯がどう作られていたかがある程度読み取れる。
県内を旅する人への注記をひとつ。この建物が来たのは橋本市で、電車で1時間ほど内陸に入ったところにある。高野山へ向かう参詣道・黒河道の起点がある町でもある。この座敷がたどった旅の両端は、どちらも一日を使う値打ちがある。
Q&A
- 正住寺離れ座敷の内部は見学できますか?
- 原則としてできません。一般公開や拝観の制度はなく、定期的な公開期間も設けられていません。外観は山門と本堂を結ぶ参道から見ることができます。内部を見たい場合は事前に寺へ問い合わせてください。
- 正住寺離れ座敷はなぜ移築されたのですか?
- この建物は大正9年(1920年)に和歌山県東部の橋本市で池永家が建てたもので、平成25年(2013年)に和歌山市の正住寺境内へ移されました。離れ座敷は改まった客間を必要としなくなった家では役目を失いやすく、移築によって使われ続ける道が開かれました。
- 移築されたことは正住寺離れ座敷の文化財としての扱いに影響しましたか?
- 適用される登録基準に影響しています。この建物は平成29年に「造形の規範となっているもの」として登録されました。登録建造物の多くに使われる「国土の歴史的景観に寄与しているもの」ではありません。評価されたのは大工仕事の質であり、移築はその価値を損ないませんでした。
- 正住寺離れ座敷の建築上の見どころはどこですか?
- 10畳の上の間に設けられた床の間で、幅一間半を二段に構えています。脇には付書院を備えます。座敷廻りは杉と檜を用いて仕上げられ、続き間の正面側と背面側の双方に内縁がまわります。
- 和歌山市の正住寺へはどう行けばよいですか?
- 和歌山市駅から南へ徒歩約10分です。同駅には南海本線・南海和歌山港線・JR紀勢本線が乗り入れています。寺の所在地は和歌山市東長町二丁目17で、旧城下町の街区のなかにあります。
基本情報
| 名称 | 正住寺離れ座敷(しょうじゅうじはなれざしき) |
|---|---|
| 所在地 | 和歌山県和歌山市東長町二丁目17他 |
| 指定区分 | 国登録有形文化財(建造物) 登録番号 30-0223 |
| 指定年 | 平成29年(2017年)6月28日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行6間、梁間3間半。木造平屋建、寄棟造、桟瓦葺。建築面積62平方メートル |
| 所有者 | 宗教法人正住寺 |
| 公開状況 | 内部非公開。外観は参道から見学可 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)— 正住寺離れ座敷
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011785
- 文化遺産オンライン(文化庁)— 正住寺離れ座敷
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/247081
- わかやまの文化財(和歌山県教育委員会)— 正住寺離れ座敷
- https://wakayama-bunkazai.jp/bunkazai/bunkazai-spot-934/
- 文化庁 — 登録有形文化財(建造物)について
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html
最終更新日: 2026.08.28