玉篇巻第廿七〈前半〉とは:中国では早くに失われ日本にだけ伝わる字書『玉篇』の唐写本

玉篇巻第廿七〈前半〉(ぎょくへんかんだいにじゅうしち〈ぜんはん〉)は、京都府京都市右京区梅ケ畑栂尾町の高山寺が所有する、唐時代の字書『玉篇』巻第二十七の前半の写本で、昭和27年(1952年)3月29日に国宝に指定された。

文化庁の記録では、員数は1巻、所有者は宗教法人高山寺である。

高山寺によると、紙本墨書で、縦27.2センチメートル、全長915.0センチメートルである。

玉篇巻第廿七〈前半〉の内容

高山寺によると、『玉篇』は六朝期に編まれた中国古代を代表する字書で、梁の顧野王が編み、543年に成立した全30巻の書である。部首分類体をとり、見出しの字に音と意味を注し、注には先行する諸書からの豊富な引用が見られる。

その写本は中国では早くに失われ、日本にだけ伝わる。7巻が残るが多くは断片で、首尾がそろって完存するのは巻二十二と巻二十七のみである。

玉篇巻第廿七〈前半〉の見どころ

高山寺によると、高山寺本は巻二十七の前半(篇目と糸部の270字)にあたり、石山寺が所蔵する後半(国宝)とあわせて巻の全体を伝える。本文は7世紀から8世紀に中国で書写されたものとみられる。

高山寺は、学びの根底をなす書物で、日本の学芸に与えた影響は計り知れないとしている。

玉篇巻第廿七〈前半〉の見学方法

写本は高山寺が所有しており、常時公開されているわけではない。公開の予定は高山寺の案内で確かめたい。

Q&A

Q玉篇巻第廿七〈前半〉はいつ国宝に指定されましたか?
A昭和27年(1952年)3月29日に国宝に指定されました。
Q『玉篇』とはどんな書物ですか?
A梁の顧野王が543年に編んだ全30巻の字書で、部首別に字の音と意味を注します。
Q『玉篇』の写本はどこに伝わっていますか?
A中国では早くに失われ、日本にだけ伝わります。
Q高山寺本はどの部分ですか?
A巻二十七の前半で、石山寺の後半とあわせて巻の全体を伝えます。
Q高山寺本の大きさは?
A縦27.2センチメートル、全長915.0センチメートルです。

基本情報

名称玉篇巻第廿七〈前半〉(ぎょくへんかんだいにじゅうしち〈ぜんはん〉)
所在地京都府京都市右京区梅ケ畑栂尾町(高山寺)
指定区分国宝(書跡・典籍)
指定年昭和27年(1952年)3月29日指定
員数1巻
寸法縦27.2センチメートル、全長915.0センチメートル(高山寺)
所有者宗教法人高山寺
公開状況常時公開ではない

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「玉篇巻第廿七〈前半〉」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/635
文化庁 国指定文化財等データベース「玉篇巻第廿七〈後半〉」(石山寺)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/617
高山寺「高山寺について」
https://kosanji.com/about/national_treasure/

最終更新日: 2026.09.30