方一間・宝形造、七・五平方メートルの鉄筋コンクリート鐘楼
寿量寺鐘楼は、三重県桑名市大字桑名字伝馬町にある寿量寺の境内南方に建つ昭和10年(1935年)頃の鉄筋コンクリート造の鐘楼で、平成25年(2013年)6月21日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。
面積は七・五平方メートル。平面は方一間、四方それぞれが一間の構造単位からなる。屋根は宝形造、四方の勾配が頂点で一点に集まる形式である。寺院境内の鐘楼としては珍しくない構えだが、その柱も梁も屋根も、すべてが鉄筋コンクリートで打たれている。
境内は東海道に東面する。桑名は東海道四十二番目の宿場で、伊勢国への渡海地点であった七里の渡跡は、同じ街道を北へ一・五キロほど遡った先にある。文化庁の種別分類では、この鐘楼は建築物ではなく「その他工作物」として扱われている。
地域の鉄筋コンクリート技術を読む手掛かりとして
国指定文化財等データベースの解説は、この鐘楼を当地域での鉄筋コンクリート技術を知る上で欠くことのできない建築と評価する。物置ほどの規模の工作物に対しては強い言い方だが、根拠は年代にある。
日本の都市に鉄筋コンクリートが本格的に入ってくるのは明治末から大正にかけてで、担い手は銀行・事務所・官庁といった建物だった。それが地方寺院の境内の、鐘楼という小さな工作物にまで及ぶのが昭和十年前後である。特別な技術が地元の施工者の手に届く技術へと変わった、その境目をこの一棟が押さえている。
桑名には比較の材料もある。徒歩十分ほどの石取会館は、大正14年(1925年)に四日市銀行桑名支店として建てられた鉄筋コンクリート造の建物である。二棟を並べれば、商業建築から寺院境内へと工法が移っていく十年間の推移が見えてくる。
そして昭和20年(1945年)が来る。空襲は伝馬町一帯を焼き、寿量寺の堂宇も大半が失われた。残ったのはこの鐘楼と、近くに建つ旧大黒殿の二棟。いずれも鉄筋コンクリート造で、燃えなかった。昭和十年頃に選ばれた構造が、十年後に寺の手元へ何を残すかを決めることになった。
登録番号は24-0155、第75回の登録である。登録基準は「造形の規範となっているもの」。登録有形文化財は平成8年(1996年)創設の制度で、重要文化財の指定に比べて規制が緩く、おおむね築五十年以上の建造物を対象に、大幅な改変には許可ではなく届出を求める。
柱間を繋ぐアーチと、洗い出しの文様
注目すべきは柱の上部である。木造の鐘楼であれば、四隅の柱を貫や頭貫で繋ぎ、その上に組物を置くのが常道だろう。ここでは柱間の上部がアーチで繋がれている。四方いずれの面でも、柱から柱へコンクリートの曲線が架かる。
アーチはコンクリートと組積造が本来得意とする形式で、木の軸組では成立しない。宝形造の屋根の下にアーチを置くという操作は、遠目には見慣れた鐘楼の輪郭を保ちながら、近づいた者に対しては別系統の構造の論理を差し出す。
表面にはもうひとつの手仕事がある。洗い出し仕上げである。種石を混ぜたモルタルが硬化しきらないうちに表面を洗い流し、骨材を浮き上がらせて石肌に近い粒状の面をつくる技法で、この鐘楼では平滑に留めず文様が付けられている。光の当たり方で表情が変わる。真昼には灰色の平面に見え、冬の午後の低い日差しでは粒立ちが影を落とす。
なお、掛けられている梵鐘の鋳造年や寸法、施主を示す公表資料は見当たらない。鐘そのものについては期待を持ち込まず、鐘を吊るために組まれた躯体のほうを見るのがよい。
訪ねるときに
寿量寺鐘楼は外観のみ見学できる。拝観料の設定はなく、受付や見学施設も置かれていない。檀家を持つ現役の寺院の境内に建つ工作物であるから、参道からの見学にとどめ、法要の時間帯は避けたい。
JR関西本線・近鉄名古屋線・養老鉄道が乗り入れる桑名駅からは南東へ約一・二キロ、徒歩二十分ほどである。
外観の写真は撮っておくとよい。三重県建築士会が県内の登録有形文化財を題材にヘリテージカード(トレーディングカード)を作成しており、桑名市内の四種のうち二種がこの鐘楼と同じ境内の旧大黒殿にあてられている。自分で撮影した外観写真を桑名石取会館(桑名市京町16、入館無料、午前10時から午後4時、月曜・祝日の翌日・年末年始休館)の窓口で提示すれば、該当する建物のカードが受け取れる。配布開始は平成29年(2017年)頃、各二千枚の作成であり、現況は事前の電話確認が確実である。
Q&A
- 寿量寺鐘楼は見学できますか。拝観料はかかりますか。
- 外観のみ見学できます。拝観料の設定はなく、受付や見学施設も置かれていません。拝観時間の公表もありません。檀家を持つ現役の寺院ですので、参道からの見学にとどめ、法要の時間帯は避けてください。
- 寿量寺鐘楼はどこにあり、桑名駅からどう行けばよいですか。
- 三重県桑名市大字桑名字伝馬町2363、寿量寺の境内南方に建っています。旧東海道沿いで、七里の渡跡からは南へ約一・五キロです。JR関西本線・近鉄名古屋線・養老鉄道の桑名駅から南東へ約一・二キロ、徒歩二十分ほどで着きます。
- 寿量寺鐘楼はなぜ文化財に登録されたのですか。
- 伝統的な鐘楼の形態を保ちながら、木造では成立しない構造表現を持ち込んでいるためです。平面は方一間、屋根は宝形造という鐘楼の定型を踏みつつ、柱間の上部はアーチで繋がれ、表面は洗い出しで文様が付けられています。文化庁は、当地域の鉄筋コンクリート技術を知る上で欠くことのできない建築と評しています。
- 寿量寺鐘楼は戦前のまま残っているのですか。
- 昭和10年頃の建築で、昭和20年(1945年)の空襲を越えて残りました。寿量寺では堂宇の大半が焼失し、鉄筋コンクリート造のこの鐘楼と旧大黒殿の二棟のみが焼失を免れています。両者は平成25年6月21日に同時に登録されました。
- 寿量寺鐘楼の撮影はできますか。
- 境内からの外観撮影に制限は設けられていません。撮った写真は桑名石取会館の窓口で提示すると、三重県建築士会が作成したこの建物のヘリテージカードと交換できます。ただし参拝者を写し込んだり、法要を妨げたりしないよう配慮してください。
基本データ
| 名称 | 寿量寺鐘楼(じゅりょうじしょうろう) |
|---|---|
| 所在地 | 三重県桑名市大字桑名字伝馬町2363 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号 24-0155 第75回登録 |
| 指定年 | 平成25年(2013年)6月21日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 面積七・五平方メートル(文化庁)。桑名市の資料では七・四七平方メートル。方一間、宝形造。 |
| 所有者 | 宗教法人寿量寺 |
| 公開状況 | 外観のみ見学可。拝観料・拝観時間の設定なし。鉄筋コンクリート造、昭和10年頃の建築。 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) 寿量寺鐘楼
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009622
- 文化遺産オンライン 寿量寺鐘楼
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/229398
- 三重県内の博物館・資料館 石取会館
- https://www.bunka.pref.mie.lg.jp/kennai/kennaiDetail?id=835751
- 三重県|文化財:登録文化財
- https://www.bunka.pref.mie.lg.jp/bunkazai/49833039806.htm
- 全国近代化遺産活用連絡協議会 近代建造物ヘリテージカード(桑名市)が出来ました!
- https://www.zenkin.jp/news/3594
最終更新日: 2026.08.10