麻吉旅館本館とは ― 参宮街道の坂に建つ木造三階
麻吉旅館本館は、三重県伊勢市中之町にある江戸末期の木造旅館建築で、平成17年(2005年)2月9日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。文化庁の国指定文化財等データベースは年代を1830年から1867年の間としている。
建つ場所は、伊勢神宮の外宮と内宮を結ぶ参宮街道から東へ一本入った傾斜地である。この一帯を古市(ふるいち)といい、江戸時代を通じて、参拝を終えた旅人が向かう先だった。
参宮の道中には精進の作法があり、それを解く場が古市だった。「精進落とし」である。酒と料理、伊勢音頭の踊り、そして遊里が、いずれもその名のもとに置かれていた。
麻吉は妓楼ではなく料理店として、坂を上ってくる客をもてなした。やがて泊まる客が生まれ、旅館になった。その営業は現在も続いている。
登録の対象となっているのは、木造3階建(一部2階建)、瓦葺、建築面積273平方メートルの一棟である。屋根は寄棟造、桟瓦葺。脇を走る坂道の勾配が急なため、主玄関は3階に開く。2階に厨房と住居を置き、客室は1階と3階に配される。
登録の理由と、この一棟の位置づけ
登録有形文化財は平成8年(1996年)に設けられた制度で、国宝・重要文化財という従来の枠の下に位置する。使われ続けている建物を対象とし、保存が凍結を意味しないよう設計された仕組みである。現役の旅館である麻吉には、この枠がよく合う。
本館の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。第45回登録にあたり、登録番号は24-0052、告示は同年2月28日付である。
古市は、江戸の吉原、京の島原、大坂の新町、長崎の丸山と並んで五大遊郭のひとつに数えられた。しかし戦災と戦後の建て替えによって、その町並みはほぼ失われている。かつて茶屋が軒を連ねた通りは住宅地に変わり、往時の姿を残す建物は麻吉のみとなった。
敷地内では、本館のほか土蔵、聚遠楼、名月・雪香之間、前蔵の計5棟が登録されている。看板となる正面一枚ではなく、料理屋としての機能が一式そろって残っている点に、この登録群の意味がある。
伊勢市の文化財ページは、『伊勢市史』第7巻文化財編を典拠として、天保10年(1839年)の再建になるものが多く残ると記している。この年は文化庁の示す1830年から1867年という幅の内側にあり、両者の記述は矛盾しない。
坂の下から見上げる
下から近づくのがよい。石段の坂が建物の間を抜けており、その麓に立つと、瓦屋根が一段ずつ後ろへ重なって上がっていく様子と、頭上を渡る空中廊下が同時に目に入る。
伊勢市の解説はこれを「懸造り」と呼ぶ。平らにならせない斜面に建物を架け渡す構法で、京都の清水寺がよく知られる例である。寺社ではなく商業建築にこの手法が用いられた事例は、はるかに少ない。
階数については記述に幅がある。坂の下から数えて5階建てとするのが伊勢市の説明で、旅行記事には6層と書くものもある。一方、文化庁のデータベースは各棟をそれぞれ3階建(一部2階建)として登録している。ひとつの軸組が5層あるのではなく、高さの違う地盤に別々の棟が建ち並ぶため、見え方と登録上の記載が食い違う。
屋根を見てほしい。文化庁の解説文が挙げるのは、地形に合わせた変形平面と、それに対応した複雑な屋根構成である。平らな敷地では生じない角度で棟と棟が取り合う。
屋号にも一言。「麻屋吉兵衛」から文字を採ったものとされ、もとは神宮に納める麻布を扱う商家だった可能性が指摘されている。天明2年(1782年)の「古市街並図」にはすでに「麻吉」の名が見え、これが旅館側の示しうる最も古い記録である。十返舎一九『東海道中膝栗毛』にも、弥次郎兵衛と喜多八が古市へ向かう場面で麻吉の名が出てくる。
宿泊・アクセス・撮影について
本館は私有の建物であり、営業中の旅館である。観覧券の窓口も、見学者向けの開館時間もない。内部を見られるのは宿泊客で、それ以外の人が向き合うのは外観と坂道になる。
客室は敷地全体で6室。うち4室が風呂・トイレ付き、2室がトイレ付きで、全室に冷暖房が入る。浴室は沸かし湯が2か所、利用は17時から22時まで、温泉ではない。チェックインは16時から21時、22時に施錠と消灯、チェックアウトは10時。支払いは現金またはクレジットカード。館内は全面禁煙で、玄関先に喫煙所がある。Wi-Fiは一部の部屋で使える。
階段と段差は建物のいたるところにある。敷地の条件から生じたもので、避けようがない。荷物の多い場合や足腰に不安がある場合は予約時に伝えておくと、階段の少ない客室に案内される。
バスでは、伊勢市駅前または宇治山田駅前から「古市街道経由 浦田町」行きか「古市街道経由 内宮前」行きに乗り、「中之町」下車で徒歩1分。ただし本数が多くないため、事前に時刻を確認しておきたい。近鉄五十鈴川駅からは徒歩約15分。タクシーなら伊勢市駅前・宇治山田駅前から約10分。車は伊勢西インターチェンジから約1.2キロメートルで、隣接する駐車場は宿泊客であれば無料である。
地図アプリを使う場合、旅館に隣接する浅香つゞら稲荷神社を目的地に指定すると経路が安定する。行き先を変えずにそのまま進んでよい。
外観の撮影は公道からであれば自由である。館内で撮る場合は先に断り、他の宿泊客への配慮を忘れないようにしたい。
Q&A
- 麻吉旅館本館はどこにありますか。行き方は?
- 三重県伊勢市中之町109-3、外宮と内宮の間にあたる旧古市地区にあります。伊勢市駅前または宇治山田駅前から「古市街道経由」の浦田町行き・内宮前行きバスで「中之町」下車、徒歩1分です。本数が少ないため時刻の事前確認をおすすめします。近鉄五十鈴川駅からは徒歩約15分、タクシーでは主要駅から約10分です。
- 麻吉旅館本館に宿泊できますか。
- できます。麻吉旅館は現在も営業しており、敷地全体で6室の客室と食事の提供があります。チェックインは16時から21時、チェックアウトは10時、支払いは現金またはクレジットカードです。予約は旅館の公式サイトまたは電話(0596-22-4101)で受け付けています。
- 麻吉旅館本館の指定区分と登録年はいつですか。
- 国の登録有形文化財(建造物)で、登録番号は24-0052、登録年月日は平成17年(2005年)2月9日、告示は同年2月28日です。登録有形文化財は国宝・重要文化財の下に位置づけられ、使われ続けている建物を対象とする制度です。
- 麻吉旅館本館の玄関はなぜ3階にあるのですか。
- 建物が急な傾斜地に建ち、脇の石段の坂が上層階の高さまで上がってくるためです。主玄関を3階に置くことで坂道と同じ高さになります。その下の2階に厨房と住居があり、客室は1階と3階に分かれています。
- 麻吉旅館本館は宿泊しなくても撮影できますか。
- 外観と石段の坂は公道から自由に撮影できます。坂の下から見上げる構図がよく知られています。館内は私有空間ですので、撮影する場合は事前に旅館へ確認し、他の宿泊客の迷惑にならないようご配慮ください。
基本情報
| 名称 | 麻吉旅館本館(あさきちりょかんほんかん) |
|---|---|
| 所在地 | 三重県伊勢市中之町109-3 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 24-0052 |
| 指定年 | 平成17年(2005年)2月9日登録、同年2月28日告示(第45回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造3階一部2階建、瓦葺、建築面積273平方メートル |
| 所有者 | 有限会社麻吉 |
| 公開状況 | 営業中の旅館。館内は宿泊客のみ。外観は坂道から見学可能 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)麻吉旅館本館
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004584
- 文化遺産オンライン 麻吉旅館本館
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/117464
- 伊勢市公式ホームページ 麻吉旅館本館
- https://www.city.ise.mie.jp/cul_spo_edu/culture/bunkazai_shiseki/bunkazai/yukei/1005926.html
- 麻吉旅館 公式サイト
- https://sites.google.com/view/asakichiryokan/
- 伊勢市観光協会 特集:伊勢市の文化財を見に行こう
- https://ise-kanko.jp/focus/culturalproperty/
最終更新日: 2026.07.31